Cinema discussion/ “Un monde sans femmes 「女っ気なし」シネマ・ディスカッション

Cinema discussion/ “Un monde sans femmes 「女っ気なし」シネマ・ディスカッション

投稿日時: 2013年10月20日 投稿者: 川野 正雄

セルクル・ルージュでは、新作映画についてセルクル・ルージュのメンバーが語り合いながら紹介する”シネマ・ディスカッション”を、今後不定期ですがアップします。今ある批評の形に囚われない映画評論というものに、これからチャレンジしていきたいと考えています。
第一回は、フランス映画の新星ギョーム・ブラック監督の「女っ気なし」「遭難者」です。
今回の参加メンバーは映画評論家の川口敦子さんをナビゲーターに、名古屋靖、川口哲生、川野正雄の4名です。

ギョーム・ブラック監督
ギョーム・ブラック監督

川口敦子(以下A) 最近映画批評のあり方を考えていて、座談会をやりたかったのは、それぞれが違うけど、共通の部分があるメンバーが見て、それぞれがどう感じたのかがわかりあえると、一人で見て一人の意見を書くのとはまた別の面白さがあるかなと思ったから。批評とはまた別の映画の取り上げ方を、ここではできたらと思います。
川口哲生(以下T) 映画を見終わった直後にメンバーで話した時、それぞれがそれぞれの経験や視点に基づいて、同じ映画を見ているのに映像やストーリーの違う部分を指摘をしていたり、違うものを見ているのが面白かった。そんな違いから皆がそれぞれ色々な所に行きつつ、色々な映画を見ている事がよくわかる。
『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

川野正雄(以下M) 中編で退屈だったらどうしようかと思っていましたが(笑)、思ったより遥かに良かった。昔ながらの定番バカンスものというシチュエーションで、今の人が作った印象です。オタクの主人公のキャラクターとか今時な感じで面白かった。
尺が短いけど、ラストのサプライズで、もっと見てみたい気持ちになりました。
A 「遭難者」は長めの短編、「女っ気なし」は中編、長編というにはちょっと短い。どちらも中途半端な長さで、これから何があるんだろ〜な?ってところで、終わりますよね。
名古屋靖(以下N) 好きなフランス映画。フランス独特の可愛さがあった。イギリスだとクールだったり、イタリアだったら情熱的。フランス的にライトで、出てくる人が間抜けで、そういう部分が好きなフランス映画の可愛さ。プリティではない、フランスや日本人にしかわからない可愛さがありますね。
A  メルヴィルが日本で人気があるのと通じるのかな。アメリカではそこまで受けないかもというかんじ(笑) ギヨーム監督の2本もアメリカではまだ映画祭位でしか上映されていないようです。バカンスもの(だけじゃもちろんないですが{笑})が得意だったエリック・ロメールも一般のアメリカ人にはそれほど知られてないと思うけど、日本人にはもう少し人気がありますね。
T 全てを言い尽くさない感じが良かった。尺も含めて、人間の不器用さを言い尽くさないのがいい。余白が残っている感じが、日本人にはいいのかもしれない。いわゆるフランス映画的な格好よさは全然ないんだけど。
A  監督はジャック・ロジェが好きで彼の「オルエットの方へ」は間違いなく映画を撮るきっかけを与えてくれた一本といってました。そのロジェの初期の短編「ブルー・ジーンズ」なんて、カンヌで歩いている女の子たち、追いかける男の子たちを撮ってるだけだったりして、でもそれがすごく格好いいんだけど、ブラック監督の映画からはそういう格好よさは抜けちゃっていますね。というか、カッコよさは追求していない。
M  フランス映画好きの人には、好まれると思います。
N  フランス映画ではカメラワークとか、テクニカルな部分に凝る作品が多い印象があるんだけど、これは色にはすごく気を使って撮っている。でもそれ以外には殆どこれみよがしなテクニックを弄していないのが、逆に新鮮だった。その辺の割り切りの潔さが、起伏がない映画を際立たせてるって面があるのかな。
A  ヌーヴェルヴァーグも元々は理論ばかりを振り回すのでなく、屋外に出て普通の人を普通の光の中で撮って、それが素敵だった。後から祭り上げられちゃって、何か小難しい感じのものになってる部分もあるけれど、最初は単に格好よかった、シンプルに撮ることのよさ、潔さが新しい波だった。そのシンプルさとギヨーム監督の映画は通じているかもしれない。
『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

N アメリカンニューシネマの匂いもしますよね。
M 「イージーライダー」、タランティーノ、ディランなどを、アイコン的に使って、キャラクターを表現している。
監督が生まれたのが1977年だから、部屋に飾ってあった「イージーライダー」や、ボブ・ディランの「欲望」は、監督の生まれる前ですね。
A 下ネタ満載のジャド・アパトーみたいなアメリカの変なコメディも好きみたいだし、アメリカ文化への共感はあるみたいですね。
N  キャラクターの作り方は絶妙ですね。「遭難者」という短編があっての、「女っ気なし」って作品になってますね。
『遭難者』 © Année Zéro - Kazak Productions
『遭難者』
© Année Zéro – Kazak Productions

A  登場人物が監督の分身だったりする感じもありますね。お母さんのキャラクターなんて、ちょっとイラッとするタイプだけど、うまく表現されていると思います。
T はじめ主人公にイラっとさせられた人たちが自分の中に抱えているイラっとを吐き出してピースになっていく。その展開もいい。
M クラブに慣れていない人がクラブに行った時の所在なさとか、すごくうまく描いていると思う。台詞がない場面で、語るのがうまい監督ですね。
A さり気なく引きずり込むのはうまいですよね。微妙なタイミングのずれとかは、ジム・ジャームッシュに近いかもしれません。でも、インタビューでジャームッシュの話にはあまり乗ってこなかった(笑)
なんだかバカンスらしくないバカンス映画という点では、ホン・サンス監督の「3人のアンヌ」を思い出す部分がありますね。ホン・サンスの名前はブラック監督の口からも出ました。
『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

T 「女っ気なし」というタイトルだと、男性向きにも感じられるけど、女性が見ても色々感じられる作品だと思う。男性、女性、それぞれの視点で楽しめるじゃないかな。
N  長編も見てみたいですね。
A  主役のヴァンサン・マケーニュがロッカーを演じる「TONNERRE」も完成しているので、日本でも早く公開されるよう期待したいですね。
『遭難者』 © Année Zéro - Kazak Productions
『遭難者』
© Année Zéro – Kazak Productions

「遭難者」「女っ気なし」               ”Le naufragé”                 ”Un monde sans femmes”  

『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

『遭難者』 © Année Zéro - Kazak Productions

『遭難者』
© Année Zéro – Kazak Productions

永遠に続くと思えた夏に終わりが来て、その時抱く憤りにも似た思いもそろそろ日焼けとともにうっすらとさめてきたような今日この頃。秋の深まりを感じつつ見てみたいのが、1977年生まれ、もう若くはない(その微妙に中途半端な年頃ならではの味わいがいい)フランス映画の新鋭ギヨーム・ブラック監督の2本だ。 併映される25分の短編「遭難者」と58分の中編「女っ気なし」の舞台はどちらもフランス北部の小さな港町オルト。パリから列車で行けるという地の利もあってかつてはヴァカンスの地として人気を博した町も、今や寂れて土地っ子は「土曜の夜は自殺したくなる」と嘆く。そんな退屈まみれの町のうらぶれ感と北の光と海のやわらかさ、さらにはそこに住むバーの主人やマダム、パン屋の老婆等が提供する”物語”をもさらりと取り込み味方につけて監督ブラックは、出会いと別れなどといってしまったのでは大仰すぎる人の縁をおかしくて、懐かしく、やがてつんと鼻の奥に突き上げてくる親密な時空にすくいとる。 寂しい海岸の町がいっそう寂しい季節外れにパリから自転車でやって来たサイクリスト。パンクしたバイクを脇道に投げ捨てて甘いマスクの下に蠢く冬の海みたいなその心を素早く切りとる「遭難者」は、彼にふわりと助けの手を差し延べる土地っ子シルヴァンと、素早く一線を引くパリの青年とのずれつつ近づく奇妙な一夜をぽそりぽそりと語ってみせる。 同じシルヴァンが夏の終わりの海岸にやってきたヴァカンスの母娘と同様にすれ違いながら近づいて、互いの寂しさをふっと融かし合う「女っ気なし」。エリック・ロメールやジャック・ロジェのヴァカンス映画と比較された軽やかな端正さと、ちょっとオタクな昨今のアメリカン・コメディとが交わる地点で映画への愛ばかりでない何か――人という存在への眼を感じさせて、ちくりと胸を打つ才人の登場だ。 11月2日(土)より渋谷ユーロペースほか全国順次公開 公式ページ 「遭難者」「女っ気なし」 *「遭難者」「女っ気なし」はセルクル・ルージュ メンバーによる映画座談会第一弾でも取り上げ近日アップの予定です。ご期待ください。

人はそれと知らずに、必ずめぐり会う。たとえ互いの身に何が起こり、どのような道をたどろうとも、必ず赤い輪の中で結び合うーラーマ・クリシュナー (ジャン・ピエール・メルヴィル監督「仁義」*原題"Le Cercle Rouge"より)

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