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『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』蘇った1969年のブラックミュージックフェス/Cinema Discussion-38

© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第38回は、1969年ニューヨークで開催されたハーレム・カルチュラル・フェスティバルの映像を、50年の歳月の後映画化した『Summer of Soul』です。
監督は、Hip Hopアーチストでもあり、音楽プロデユーサー、DJでもあるアミール”クエストラブ”トンプソン。
音楽監修にウエス・アンダーソンやトッド・ヘインズ作品で有名なランドール・ポスターという強力な布陣で、50年間眠っていた貴重な40時間のライブフッテージを、1本のドキュメンタリー映画に仕上げました。
完成された作品は、今年のサンダンス映画祭で、ドキュメンタリー部門の審査員大賞と、観客賞を受賞しており、ブラックミュージックファンの期待も大きな作品です。
ディスカッションは、映画評論家川口敦子に、川口哲生、川野 正雄の3名で行いました。

Nina Simon
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★プロダクション・ノートによれば『サマー・オブ・ソウル』で長編監督デビューを果たしたクエストラブことアミール・トンプソンには、半分コンサート映画、半分アメリカ史上のリアルなイベントとしてコンサートをみつめるというアイディアがあったようですが、まずはコンサート映画としてどんなふうに楽しみましたか?

・川口哲生(以下T):
POP寄りなアーティストからゴリゴリのゴスペル、スピリチュアル、そしてラテンジャズ、ブガルーまでブラックミュージックといっても多様性に満ちているのがハーレム・カルチュラル・フェスティヴァルと銘打つ由縁なのをひしひしと感じました。そしてアレサの映画でも書いたけれど、オーディエンスのノリやファッションがすごくかっこいいですよね。その一体感がコンサート映画として伝わります。惜しむらくは、曲ごとのインタビューのインサートが絶妙だけど、もっと演奏聞かせてって感じもあるのだけど。

・川口敦子(以下A):
スティービー・ワンダーがドラムを叩いてる! と驚くほどにブラックミュージック、というか音楽に関しての全般的知識が薄く、偏っている私にとっては、もちろんハーレムに集った黒人たちの黒人による黒人のためのコンサート、その記録として、会場の盛り上がり、とりわけウッドストックの対抗文化世代的な盛り上がりに対する地域的、家族的、超世代的な盛り上がりに共振するスリルも格別だったのですが、それに加えてブラックミュージックというものを体系的、俯瞰的、包括的に把握させてくれるという、ある種、啓蒙的、教科書的な一作としても(といってお勉強的な退屈さに堕すことなく)うれしい快作でした。

・川野 正雄(以下M):
単にコンサート映画というよりも、もっともっとライブ感があふれ出る感じですね。
選ばれている曲や流れもDJぽいなと思っていたら、監督のクエストラブはDJもやっているという事で、納得です。
1968~69年頃というのは、NHKのドキュメンタリーでも、よく取りあげられているんですが、世界的に大きな変革の時代だったと思います。
それまでの社会とユースカルチャーの凌ぎあいのようなムーブメントが、世界的に大きく変わってきた時代ではないでしょうか。
そして音楽も、大きく変わりゆく過渡期の時代だったと思います。
ロックの世界では、ビートルズもローリング・ストーンズもサウンドが大きく変化し、ドアーズ、ジャニス・ジョプリンなど、ブルージーかつヘヴィなサウンドが生まれた時代。
ブラックミュージックでは、R&Bやソウルから、ファンクへの移行時期。
FUNKY SOULという過渡期のサウンドがすごく生まれたのもこの時代ですね。
僕自身もこの時代の音楽がとても好きですが、クエストラブからも、出演者や楽曲への愛が強く感じられますね。

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★”ブラック・ウッドストック″というタイトル案もあったけれどウッドストックとの関連付けはやめてと、独自のスタンスを取った映画を通して再発見された”ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル″の記録映像に関して、どんな感想を?

M:このフェスの存在自体知らなかったので、この映像と合わせて驚きです。
やはり50年間眠っていた映像というのは、センセーショナルでよね。
あまりマメではない僕は、YouTubeで映像を探すことも少ない為、多くのアーチストの映像を初めて見ました。
レイ・バレット、ステイプル・シンガーズ、モンゴ・サンタマリアあたりは、映像が見れただけでも感激です。
この時代の音楽の格好良さも、改めて認識させてくれましたね。
スティービー・ワンダーもこの時期は格好良いです。
サンダンスで審査員大賞と観客賞のダブル受賞というのは、非常にハードルが高いのですが、この映画がサンダンスで生んだ熱狂が、何となく想像出来てしまいます。

T:1969年はいくつもの変革の意識を内包した年なんだと思います。10歳だった自分にはそれは当然わからなかってけれど、当時だってなんかざわざわしたものを感じていましたよね。
旧価値観に対するpeace&love でなく、やはり黒人の意識改革に立ち位置を持った映画なんだと感じます。

A:前問の答えと重なりますが、今はマーカス・ガーヴェイの名を冠されているという一区画で地元民が集ったイベントだったということ、音楽的にも、成り立ちの上でも、ローカルなものですよね。ローカルであることがステージの上、下共に参加者には意味あることだったんでしょう。見逃せないのはでも、それをビデオで記録したハル・トゥルチンってテレビ界でキャリアを積んできた制作者、監督がウクライナから移民してきたユダヤ系の、大別すれば白人、でもワスプではないってところだったり、あるいはやはり白人の往時のニューヨーク市長の再選を視界に入れたキャンペーンの一端といった性格もあるという、そんな背景が、一部ローカル局での放映はあったもののトゥルチン家の地下室に50年余りもこの刺激的な音楽イベントの記録を眠らせるって結果を招いたのかと、会場の盛り上がりと3大ネットワークをはじめとするアメリカの主流メディアの黒人音楽、黒人の位置をめぐる運動の受け止めのギャップを思ってみたくもなってきますね。

The 5th Dimmension
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★”ブラック・イズ・ビューティフル″と祝福した革命の始まりの夏、音楽と文化の上でのブラック・アイデンティティに関して、そのみつめ方(クエストラブの主張)に関してはいかがでしょう?

T:この映画のハイライトは、ニーナ・シモンのパフォーマンスだと思います。それも“young gifted & black”というよりはノートの切れ端を手にして、バンドバックにポエトリーリーディングするところ。The Last Poetsと同じ空気吸ってるハーレムですよね。

A:クエストラブはハーレム・カルチュラル・フェスティバルがそもそもマーティン・ルーサー・キングの暗殺以降、平和主義的な公民権獲得運動から暴力的な傾きを持つ運動へと転換する中で、各地で高まっていた黒人たちの怒りの爆発、暴動への対策として企画されたとも発言していますが、スタンスとしては「革命が放送されなかった夏」に芽生えていた暴力的な手段をとってでも風穴をあけるというような流れを無視しない、そんな見方をはっきりとトゥルチンの素材の中から抽出しているように見えますね。ブラック・パンサーが市長の護衛役を務めているとか。哲生くんがいうようにニーナ・シモンの詩の朗読をクライマックスとして大きくフィーチャーしてみせるとか。シモンのその後はドキュメンタリー『ニーナ・シモン魂の歌』(原題Whar Happened ,Miss Simone?)が活写しているように表舞台から退かざるを得なくなっていくわけですよね。で、ちょっとうがった見方になるかもしれませんが、結果的にそういう黒人運動の抹殺の歴史を潜り抜けた後の今、この記録が解き放たれたことで同時代には見えなかったものも見えてくるって見所もありますね。

M:ここはやはり1969年という年代と、当時のアメリカの状況抜きには語れないですね。
6週間日曜だけのフェスという事で、色々な事件もあったと思います。
40時間というフッテージから選ばれている為、どうしてもコマ切れ映像になり、多分全体像は把握しきれていないのだと思いますが、このフェスをやった意義とか、空気感、そういうものは随所で、伝わってきますね。
作品の副題「…Or, When The Revolution Will Not Be Televised」は、1971年のギル・スコット=ヘロンの曲「The Revolution Will Not Be Televised」から取られているとの事で、そこに大きなメッセージが込められているのでしょうね。
出演していない(と思います)ギル・スコット・ヘロンからの引用というのも、クエストラブならではと思いました。

B.B.KING
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★公民権運動があり人類が月に小さいけれど大きな一歩を刻み、そうして様々な変化、始まりと終わりがあった69年、どのように記憶していますか、また映画を通してどのように記憶したいと思いましたか?

A: 哲生くんから送ってもらった動画で知ったんですがギル・スコット・ヘロンには「Whitey On the Moon 」ってもろアポロ計画を皮肉った曲もあるんですね。余談ですがヘロンは死の直前までペドロ・コスタの『ホース・マネー』にもかかわっていたそうで、もっと知りたいと思ってます。この人の存在がクエストラブの今回の映画のまとめ方には大きく影を落としているんはないかしら。月面着陸が人類にとっての大きな一歩だろうが知ったこっちゃない、こっちは貧しさにあえいでるんだみたいなハーレムの面々の反応が見られたことは日本の中学生として能天気に衛星中継を見ていた自分を思い出すにつけても、この映画見てよかったとあまりにナイーブないい方で恥ずかしいけど思います。
68,69年の世界の動きに関しては間に合わなかった感にいつも苛まれてきたわけですが、当時、遠くで何かが起きてる感触はありましたよね。それが70年代の始まりと共にすごく重く、閉塞的な雰囲気に変わって、別に何かに関わっていたわけでもないのに世界が暗くなった、その転換はくっきり覚えています。

M:アポロとかロバート・ケネディ射殺とかは覚えていますが、そんなに大きなものではないですね。
音楽で言えば日本のGSに興味を持ち、そこからローリング・ストーンズに行き、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」を聴き始めたのが、この頃ですね。
すごくスリルみたいなものを感じました。
月面着陸は、テレビで中継見た事を覚えていますが、ハーレムの黒人達にとっては、宇宙の話などどうでも良く、自分達の目の前の問題が深刻だと言う事ですよね。

T:この映画のサブタイトル”revolution will not be televised”は私にとっては、大好きなギル・スコット・ヘロンの楽曲名だけれど、これが1960年代のブラックパワームーヴメントのスローガンな訳ですね。結局テレビから流れる月面着陸とは違う地平が存在するんだということ。

ヒュー・マサケラ
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★セルクルルージュでとりあげてきた『アメリカン・ユートピア』『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』との繋がりもあるように思いますが?

T:監督のクエストラブはもティーザーの中で言っているように、この時代と50年経った現在の類似点が、こうした一連の映画に繋がっているのでしょうね。クエストラブのバンドのthe rootのアルバム”things fall apart“のジャケット写真も当時の公民権運動の写真のものでしたが。

A:『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』もまた長く陽の目をみることがなかった、その理由として『サマー・オブ・ソウル』と結ばれるものがやはりなくはなかったんでしょうね。スパイク・リーが監督することで『アメリカン・ユートピア』にこめられた黒人に対する理不尽な警察の暴力、変わらない世界への訴えがより前面におしだされましたよね。『サマー・オブ・ソウル』のアメリカ、世界との繋がり。コンサート映画としての楽しみはもちろんですが、それだけでない部分の噛み応えも感じます。リーは今年カンヌでコンペ部門の審査員長を務めましたが、女性の場合もそうなんですが、そのことがまだ特別なことであるって、69年から50年、世界は変わったようで、変わっていませんね。

M:『アメリカン・ユートピア』とは、残念ながら自分の中では、直接的には結びつきません。
ステージの中で政治的なメッセージを伝えるという行為自体は、確かに近いのですが、それが2つの作品のリンケージにはならないのです。
結果的に似た構造を持っていたいう事ではないかと思いますが、ステージの上からメッセージを伝えている事は同じですね。
『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』は、時代性、これまで未公開、ブラック・ミュージック等多くの接点を感じます。
両者に見られる観客の黒人のグルーヴ感満載のダンス。これ見るだけで、その場にいたかったなと思いました。

アビー・リンカーン © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

★その他映画の見所、ここは見逃すなという点があったらぜひ!

T:アレサからの繋がりで、マハリア・ジャクソンとメイビス・ステイプルのゴスペルはやはり圧巻ですね。小学生からPOPなblackミュージックは好きだったけれど、Bowieとか聞いていた高校生の時付き合った彼女が貸してくれたstaple singersで音楽領域が一気に広がった自分としては感慨があります。
ウッドストックでも圧巻だった、スライ!かっこいいし人気があったのがわかります。
ラテンではレイ・バレットはメッセージ含めてかっこよかったです。
そして忘れてならないのは、ショーのプロデューサー、トニーローレンス。アーティストとも政治家とも渡り合うやり手の、スーツからスカーフ巻いた色々な衣装、トースティングはすごくかっこよかったです。

A:同じハーレムでもイーストハーレムのラテン系なアイデンティティもあって、と紹介される部分も面白かったんですが、ついスピルバーグのウエストサイド物語はどんなふうになってるのかなと、興味がふくらみました。キッド・クレオールたちはまたでも別のグループなのかな。すみません、ビギナーな質問をつづけてしまいますがそんなハーレムに、なのかアメリカのブラックミュージックにというのか、レゲエというのは居場所があまり見出せなかったんですか? もひとつ素朴な質問をいえばジミー・ヘンドリックスが出演を認められなかったという記事がいくつかありましたが、それはなぜだったんでしょう?

M:ジミヘンは、以前取り上げた映画にもありましたが、白人寄りに思われていたのではないでしょうか。
やはりその出演が驚きであったキューバやプエルトリコのラテン勢。
ブラックミュージックのフェスの中に、ラテン勢がいるという事実。
そしてその存在感。
ブガルー終焉期のこの時代の、レイ・バレットの圧倒的なパフォーマンスとメッセージ。
すごい時代のニューヨークなんだなと、リアルに感じました。
全盛期のスライ&ザ・ファミリーストーンも、素晴らしいパフォーマンスですし、みんなが言ってるニーナ・シモンもいいですね。
クエストラブは、次にスライのドキュメンタリー監督するとの話もあり、それも楽しみです。

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『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
8月27日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイント他全国ロードショー中
【原題】SUMMER OF SOUL (OR, WHEN THE REVOLUTION COULD NOT BE TELEVISED
【監督】アミール・“クエストラブ”・トンプソン
【出演】スティーヴィー・ワンダー、B.B.キング、ザ・フィフス・ディメンション、ステイプル・シンガーズ、マヘリア・ジャクソン、ハービー・マン、デヴィッド・ラフィン、グラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップス、スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、モンゴ・サンタマリア、ソニー・シャーロック、アビー・リンカーン、マックス・ローチ、ヒュー・マセケラ、ニーナ・シモンほか
2021年/アメリカ/英語/カラー/ビスタサイズ/5.1ch & ドルビーシネマ/118分/字幕翻訳:佐々木悦子
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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『ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡』偉大なるグラムギタリストの光と影/Cinema Review-8

Cinema Review第8回は、デビッド・ボウイのギタリストとしてグラムロックに大きく貢献したミック・ロンソンのドキュメンタリー『ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡』です。
ミック・ロンソンは、デビッド・ボウイのバックバンド、スパイダース・フロム・マースのギタリストとして『ジギー・スターダスト』などの名盤に参加し、ボウイ独特のグラムロックを創り上げました。
ボウイのバンドは1973年に離脱し、その後はモット・ザ・フープルに参加。ボブ・ディランのローリング・サンダー・レビューにも参加し、いかんなく存在感を発揮しました。
この映画は、ナレーションにボウイ、証言者として、ルー・リード、ロジャー・テイラー(クイーン)、イアン・ハンター(モット・ザ・フープル)、グレン・マトロック(セックス・ピストルズ)、アンジー・ボウイなどが登場し、我々が知らなかったミック・ロンソンの素顔について語ります。
既に劇場公開は一旦終了していますが、極上音響上映で定評のある立川シネマシティにて、7月8日〜11日まで特別上映されます。
8日の夜にはSUGIZOさんゲストの立川直樹さんのトークショーも予定されています。

レビューは、映画評論家の川口敦子に、川口哲生、川野 正雄の3名です。

ロジャー・テイラー
C)2017 BESIDE BOWIE LTD. ALL RIGHTS RESERVED

★川口哲生

ミック・ロンソンといえば、大好きなディヴィド・ボウイの初期の作品群のギタリストとして「サフラジェット・シティ」のギターソロやこの映画中でエフェクターを固定してジョン・リー・フッカーの様に弾くんだと実演している「ジーン・ジニー」でのリフとともにティーンエイジャーだった私に大きなインパクトを与えたミュージシャンである。

頭頂部からの髪の毛が段を付けてカットされていて、サイドのヴォリュームの薄い髪の毛
が妙にサラサラとなびく金色のヘアスタイルとヒールがごつい編み上げのブーツといったヴィジュアルイメージとともに。

このドキュメンタリー映画を見るまでは、「ジギー・スターダスト」eraのボウイの音楽性にかくも重要な役割を果たしていたとは、私は認識していなかった。初期のアコースティック~ロックへのこの時代のボウイは、ケンプやパントマイムやコスチュームやメイクアップ含めたヴィジュアルのGLAM性も、そしてまたその豊かな音楽性も、抜きんでたボウイというカリスマによってもたらされたという印象を持っていた。あくまで「ジギー・スターダスト」とそのバックバンドの「ザ・スパイダース・フロム・マース」という捉え方で、ミック・ロンソンのギターは勿論大好きだったけれど、ミックがギターパートだけでなく、オーケストレーションや編曲等を通じてかくも大きなボウイ世界への貢献があったことは不覚にも認識していなかった。

「スペース・オディティ」の収録にも参加しているリック・ウエイクマンがピアノを前に解説する「ライフ・オン・マース」のコード進行の話からは、ミックの音楽性に対するリスペクトがひしひしと伝わってきた。その他盟友イアン・ハンターはじめ多くのミュージシャンが彼について語っているのを見て、ミュージシャンズ・ミュージシャンとしてのミックの存在を再認識した次第である。

個人的にうれしかったのは、マイク・ガーソンのインタビューとミックにトリビュートした即興曲の演奏。「アラジン・セイン」でのアヴァンギャルドなjazzピアノソロを、かくも悲しく、硬質で、心をかきむしられるように美しいピアノがあるのかと感じていた10代の気分を思い出した。

R.I.P.ミック・ロンソン

あの頃のクリス・スぺディングやジョニー・サンダースってどうしているのだろう?

グレン・マトロック
(C)2017 BESIDE BOWIE LTD. ALL RIGHTS RESERVED

★川野正雄

ミック・ロンソンのイメージって、自分の中でどんなものだったのだろうか。考えてみると、デビット・ボウイの横で、格好いいギターを弾く怪人みたいなギタリスト。まさにこの映画のタイトルそのものだった。
しかしミック・ロンソンについて、どれだけ知っていたかというと、それはかなり浅い理解であり、改めてミック・ロンソンの人生について、ボウイ以降の活動について知った次第である。
ミック・ロンソンについて語るボウイや、イアン・ハンター、リック・ウェイクマンに、アンジーやロンソンファミリーなど、興味深い登場人物が、次々に証言をしていく。
ドキュメンタリーとしては非常にオーソドックスな作りで、いささか単調でもあるのだが、
ミステリアスな存在であったミック・ロンソンの実像が解きほぐされていく展開は、非常に面白い。
ここには数多くの発見があり、彼のキャリアに対して、自分は数多くの見落としがあった。
リアルタイムに聴けたはずの作品が幾つもあり、気づかなければ、永遠にスルーしていたかもしれない。
最大の見落としは、ミック・ロンソンが、ソロアルバムをリリースしていた事である。
映画を見た後、早速Amazon primeソロアルバム『Play Don’t Worry』を聴いてみた。確か2枚目のソロアルバムだと思うが、これがとてもいい。
まずロン・ウッドや、ロニー・レインのソロのように、英国のギタリストらしいソロアルバムであり、彼の音楽的バックボーンの深さが伝わってくる。
ミック・ロンソンここにあり!と、叫んでいるようなアルバムである。
これはもっと早く聴いておくべき一枚だった。
後年モリッシーと組んでいた事も、初めて知った。80年代英国が生んだ最高のギタリストの一人ジョニー・マーとスミスで組んでいたモリッシーが、ミック・ロンソンに声をかけるというのは、自然の流れに思える。
トニー・ヴィスコンティも言っていたが、ギタリストだけではなく、偉大なプロデューサーにも、ミック・ロンソンはなれたはずだ。
自分の認識でボウイ以降の活動というと、ボブ・ディランのローリングサンダーレビューに参加していた事くらいしか知らなかった。ディランが座長として70年代中期に行ったこのツアーは、自分の中ではロック史上最高のツアーであり、近年マーティン・スコセッシのNetflix作品『ローリング・サンダー・レビュー』や、CDのボックスセットで、間近に聞けるようになった。
このツアーにミック・ロンソンは半分しか参加していないが、彼の存在でバンドサウンドは大きく変わる。しかしこの映画では、このツアーにはほとんど触れられていない。
英国内での活動に監督はフォーカスしたのだろうか。
ミック・ロンソンは、グラムロックを作った一人であり、もっと評価されるべき人であった。それはこの映画のメッセージでもあると思うのだが、1970年代という時代性と共に、改めて多くの人に知って欲しいアーチストであった。

イアン・ハンター
(C)2017 BESIDE BOWIE LTD. ALL RIGHTS RESERVED

★川口敦子

 うわっ、あのアンジーがみごとに大阪のおばちゃん化してる――なんて、いきなり愕然としたりする程度のボウイ・ミーハーとしては、ミック・ロンソンの軌跡と銘打たれたドキュメンタリーにもまずはボウイの軌跡こそを見ようとしてしまっているわけで、でも案外、このドキュメンタリー映画自体も“傍らの人”ロンソンに焦点を合わせようとしながらそうすることで結局はボウイ=メインマンという厳然とした事実を再認識させることになっているかしらと、ぼんやり意地悪く思ったりもした。

 もちろんジギー・スターダストはスパイダース・フロム・マーズなしにジギーたり得ず、ボウイもまたミックなしにボウイたり得なかった――と、いくつもの証言を集めて検証していく映画の、ミックに光を――との姿勢は伝わってくる。なるほどなあと興味をそそられる部分も多々ある。ボウイの傍らにいて、単にギタリストとしての才のみならずアレンジャーとして、プロデューサーとしてその音楽を作り上げていった、その意味で実はボウイとミックの共作とクレジットされるべき存在(という点では『Mank/マンク』でデヴィッド・フィンチャーが光を当てたオーソン・ウェルズ『市民ケーン』の脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツのことも思い出したくなる)と、そんな見方を監督ジョン・ブルワーが映画の芯にすえようと努める様に(生意気な言い方をすれば)好感も抱く。ただその主張がもひとつガツンと来る前に、ボウイ以後のミックの挿話がぱらぱらと始まって構成が些か散漫になってるのではと少しだけ歯がゆさを噛みしめた部分が正直言えばなくもなかった。

 BBキングやチャック・ベリーのドキュメンタリーをものしている監督ブルワーは、もともとロック界でマネージャーとしてキャリアを積んでいたひとり。YES、ミック・テイラー、ジーン・クラーク等々と共に初期のボウイと契約していたこともあるという。事の次第、その表も裏も知る存在と、ローリング・ストーン誌のインタビュー記事(2018年2月2日)は伝えている。そんな背景を持つブルワーの記録映画はそもそも、ヘア担当としてやはり最初期のボウイに協力したロンソン夫人スージーがボウイの死(2016年)の3年ほど前に亡き夫ミックとの思い出を語って欲しいと求めたことをきっかけに始動した。ミックの死から20年余りが過ぎていたその時点で映画化の可否をめぐってボウイには不安もあったようだがともかく回想談の録音に協力、それがスージーの所有する大量の映像資料と共に監督ブルワーの下に持ち込まれ、そうして成った映画ではスクリーン上に姿は見せないボウイによるナレーション然と件の録音も使われることになった。と、そんなふうにこのドキュメンタリーをめぐる旧友再会的なシチュエーションを踏まえてみると、アンジーのざっくばらんさも歳を重ねた余裕と貫禄のせいばかりでもないのかもとナットクがいくような・・・。それはともかくそうした経緯、そこに感知されるボウイ以下の旧友への思い。その眩しさ、涙ぐましさが感傷に堕すことなくミックに光をとの映画の主張を照射していく。していくけれど、記録映画としては先に触れた構成のゆるさのせいでもひとつ主張を主張し切れずにいるかなと、繰り返せば残念さも残る。

もっともがつんと主張し切らない映画の感触はミック・ロンソンという傍らの人のそれとも共振していそうで切り捨て難さが浮上する。今さらながらに確認すればボウイとはひとつの役割を脱ぎ捨ててまた次の役を演じていくパフォーマーに他ならず、ロックスターという役がら、そのひとつのフェーズが終われば脇役、サイドマンは容赦なく切捨てていく、そういう残酷さも鮮やかに身につけていてだからこそスターの質を全うし得たのではなかったか。そんなひとりに対し、ミックは英国北部の田舎町の庭師としてもしかしたら平穏に余生を送れたかもしれないひとりだった。そういう”いい奴″として、ブルワーの映画が光をあてるイアン・ハンターとの相性のよさはスリリングに迫ってくる。その意味ではモット・ザ・フープルの行路を振返るドキュメンタリー『すべての若き野郎ども モット・ザ・フープル』でイアン以外のメンバーがミックはだれとも口をきこうとしないと齟齬を語ってみせること、視点の異同がもたらすそのあたりの微妙なニュアンス、差違にもこの際、注目してみたい。

立川シネマシティ
7月8日(木)~11日(日)の4日間上映
SUGIZOさん+立川直樹さんのトークショー
8日(木)18:20~