『スイート・シング』戻ってきたアレクサンダー・ロックウェル/Cinema Review-12

©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED

セルクルルージュのシネマレビュー第12回は、アメリカン・インディペンデント映画界の奇才アレクサンダー・ロックウェルの新作『スイート・シング』です。ロックウェルの監督作品が、日本で公開されのは、オムニバス作品『フォー・ルーム』以来25年ぶりとなります。
日本でのブランクはありますが、さすがロックウェルと呟きたくなる作品に仕上がっています。
レビューは、映画評論家川口敦子と、川野 正雄です。

★川口敦子

『スウィート・シング』を前にして懐かしいな、とまず思った。監督・脚本のアレクサンダー・ロックウェル、その名前に久々に旧友と再会し、健在ぶりを確認し、よかったねと心の底で小さく呟きたくなるような親密な気持ち、自然に湧き上がる懐かしさを覚えたのだ。
日本で公開される新作は何年ぶりになるのだろう。昨今のプロフィールでは92年、サンダンス映画祭のグランプリ受賞作『イン・ザ・スープ』がまず紹介されている。確かにモノクロで描かれる監督志望の青年をめぐるささやかな奮闘の物語も、往時の愛妻ジェニファー・ビールスに敬愛するカサベテス組のシーモア・カッセル、ブレイク寸前のスティーブ・ブシェミと、商売よりは”好き″を優先のキャスティングにしても、新作『スウィート・シング』と響きあうインディならではのパーソナルな感触に包まれて、世知辛い世の中にふっと風穴を開けてくれる。その意味で『イン・ザ・スープ』が優しい気持ちに満ちたロックウェルのキャリアを代表する快作であることに意義なしではあるのだが、それ以前にもオフハリウッドの御大サミュエル・フラーをリスペクト全開でフィーチャーし、ヌーヴェル・ヴァ―グ愛もまた開示したささやかなロードムービー『父の恋人』があったこともこの際だからさらりと思い出し、そうしてそんなロックウェルがかいくぐったハリウッドとインディペンデント監督たちの束の間の蜜月時代、21世紀の今を去ることほぼ30年前の映画の置かれたスリリングな時空、その懐かしさの奥行もまた嚙みしめてみたいと思う。

振り返れば『イン・ザ・スープ』が大賞に輝いたのと同じ年、『レザボア・ドッグス』で注目の新鋭とサンダンスでも熱い視線を集めながら受賞を逃したタランティーノが皮肉にもカンヌを経て新たな時代の寵児となり、以来、彼が牽引したハリウッド90年代のインディ旋風の下、サンダンス発の新鋭4人が競作したオムニバス『フォー・ルームス』。その一編を撮ったロックウェルはスタジオの勝手な編集によって意にそまぬ結果を差し出す羽目となる。ミラマックスの庇護の下、ヒットがなによりのスタジオの商業ベースに与しながら究めたい自身の領域をしぶとく生かす柔軟さと器用さとを身につけて時流に乗ったタランティーノの成功をしり目に尻すぼみのキャリアを強いられたロックウェル、彼のその後の歩みは脚光を浴びる新時代のインディのまさに対極で、撮りたいものを撮りたいように撮る自由を死守してハリウッドと距離をとる懐かしくも頑固なインディのスタンスのことを改めて想起させもするだろう。

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久々の新作はしかし、そんな行路へのリベンジというような気負いの力こぶなどとは無縁、みごとにあっけらかんと我が道を往く。その軽やかな頑なさに惹き込まれる。
床上浸水の被害にあって手にした保険金、それをそっくり制作費にあてて、娘と息子と妻が主要キャストを務め、教鞭をとるNYU映画科の学生をスタッフに――と低予算のスタイルの懐かしさもさることながら、カラーフィルムで撮った白黒の粒子の粗い映像のざらりとした肌触り、そこに息づく生の涙ぐましさ、詩情、その時代を超えた普遍の美質にはもう一度、巻き込まれずにはいられなくなる。その名にちなんだビリー・ホリデイが守り神としてヒロイン ビリーのモノクロの世界に色鮮やかに侵入してきたりする、物語りの闊達さも見逃せない。とりわけ少年マリク(テレンス・マリックの影)と弟ニコ(ウォーホルの歌姫の影)とビリーが、大人になれない親たちの世界を逃れて解け出す冒険譚。『地獄の逃避行』と『スタンド・バイ・ミー』の出会う所と評されもしたそこに少しだけ『狩人の夜』の記憶もかすめるようなその時空でみつめられる無垢、イノセンスの領分、その真正の懐かしさ! 酒浸りの父(演じるウィル・パットンも懐かしのインディ系怪優。注目のケリー・ライカート監督作での健在ぶりも要チェック!)の弱さも突き放さないロックウェルのパーソナルな映画は、なけなしの小遣いをはたいてクリスマスにウクレレ(おもちゃまがいのそれではあっても)を娘に贈るだめ親父のだめなりの想いをそっと祝福する。そんなやわらかな記憶が胸に降り積もり、映画をいっそう懐かしいものとする。それは昔はよかった――なんて後ろ向きの感傷とは別の、人の心の核心を突くやさしい気持ちの懐かしさといっていいだろう。

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★川野 正雄

アレクサンダー・ロックウェル、懐かしい名前である。
彼の代表作『イン・ザ・スープ』は、僕がSundance Film Festival in Tokyoの仕事をしていた時に上映し、ゲストとして来日したシーモア・カッセルとは,
親しくなる事が出来た。
ユタのサンダンス映画祭で再会した時には、ジーナ・ローランズを紹介してもらい、憧れのカサベティスファミリーに接する最良の時間を提供してくれた恩もある。
そんな個人的な思い出もあるが、作品に出てくるスティーブ・ブシェミや、ジム・ジャームッシュの当時のフィルムメーカーぽさに随分と感化され、自分にとって『イン・ザ・スープ』は忘れられない作品となっている。
続いて見たロックウェルの作品は、クエンティン・タランティーノら当時のアメリカン・インディーズを代表する4人の監督で撮ったオムニバス『フォー・ルームス』である。
映画の舞台になったロスのホテル、シャトー・マーモントには、当時出張で行った際に宿泊した事もあった。

そんな感じで、90年代中期の僕はこの世界にどっぷりとハマっていた。
しかしその後ロックウェルの軌跡は、タランティーノとは陰と陽のように対照的であり、作品が日本で公開される事はなく、僕の中でも忘れていた存在になっていた。
資料を見ると「フォー・ルームス」から何と25年ぶりの日本劇場公開である。その間に6本の作品があるが、ロックウェルの監督生活は、同期のタランティーノとは随分と違った物になってしまった。

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この『スイート・シング』も、自分の子供たちを出演させているというパーソナルな一面から自己資金と、クラウドファンドで製作したという。
スタッフは自らが教鞭をとるニューヨーク大学大学院映画部の学生たちを起用している。
そして映像は16mmフィルム。カラーで撮影し、モノクロに転換させるという当時のサンダンス作品でよく見られた手法。
当時カメラマンのエレン・キュラスにモノクロームについて聞いたら、同じ事を言っていたのを思い出した。
『イン・ザ・スープ』や、先頃亡くなったシーモア・カッセルへのオマージュも、密かに込められている。
そんな感じでミラマックスが世界中の映画業界を席巻していた時代の匂いが強く漂い、ロックウェルのインディーズ監督的なこだわりが、徹底して貫かれている。
それはジョン・カサベティスの系譜を強く感じされるものであり、、90年代前半のアメリカン・インディペンデントのスピリッツをそのまま持続している事が、この作品からは強く伝わってくる。
しかしそれは決してオールドスクール的なものではなく、今の時代にロックウェルはきっちりと向き合っている。
忘れられた存在になっていたロックウェルだが、日本での長い空白期間の間に、映像作家として進化し、よりエッジが効いた作品を作るようになっていた。

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作品の中も、設定年代は提示されないが、いつの時代でも通用する普遍的なメッセージが込められている。
主人公の女の子の名前はビリー。絶妙のタイミングで、先頃ドキュメンタリー『BILLIEビリー』を見たが、ビリー・ホリディにちなんだ名前である。
映画は、ビリーを中心にしたダメな大人たちによって苦しめられる子供たち。その子供たちの自由への疾走が、子供たちの目線で描かれている。
『スタンド・バイ・ミー』的という意見も見かけるが、『スイート・シング』は、よりシニカルかつスリリングに、大人と子供を対比しながら見つめている。
父、母、母のパートナー、出てくる大人たちはロクでもない。
日本でもモラルが崩壊しているような事件も起きているが、境界線がわからなくなっている大人たちなのだ。
その大人たちと、ちょっと弾けた子供たちの関係を描くロックウェルの視線は暖かい。
中でも子供たちのリーダー役になるジャバリ・ワトキンスの存在感が素晴らしく、魅力的だ。
そして観客の心の中に長く生き続ける強いメッセージが込められている。

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途中でウイリー・ウイリアムスのレゲエクラシック『ARMAGIEDON TIME』が流れ、ロックウェルの音楽的センスの良さに驚いたが、最後に『スイート・シング』は、ヴァン・モリソンからの引用だと気づかされる。
ロックウェルの音楽的センスは、タランティーノよりもクールなのだ。
そしてこれからのインディーズ映画のお手本のような作品を作った、アレクサンダー・ロックウェルの健在ぶりに拍手を送りたい。

10月29日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開中

原題:Sweet Thing|2020年|アメリカ映画|91分|DCP|モノクロ+パートカラー
監督・脚本:アレクサンダー・ロックウェル
出演:ラナ・ロックウェル、ニコ・ロックウェル、ウィル・パットン、カリン・パーソンズ
日本語字幕:高内朝子 配給:ムヴィオラ
公式サイト

『スターダスト』ジギー・スターダスト前夜のデビッド・ボウイ/Cinema Discussion-39

©️COPYRIGHT2019SALON BOWIE LIMITED,WILD WONDERLAND FILMS LLC

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第39回は、若き日のデビッド・ボウイを描いた「スターダスト』です。
「ジギー・スターダスト」で世界的にブレイクする前夜、アメリカをプロモーションで訪れたボウイの苦闘と進化を描いた物語です。
若き日のボウイを演じる主演はミュージシャンのジョニー・フリン、監督はドキュメンタリー映画でキャリアを積んだガブリエル・レンジです。
ディスカッションは、映画評論家川口敦子に、川口哲生、川野 正雄の3名で行いました。

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★デイヴィッド・ボウイのブレイク前夜を描く『スターダスト』、まずは感想を。映画を見る前に予想していたものと比べていかがですか?

川口哲生(以下T):映画を観る前の予想とはいろいろな意味で大きく異なる内容でした。前にセルクルルージュで取り上げたミック・ロンソンのbio pic『ビサイド・ボウイ』でメンバーともども乗り込んだアメリカでの市場の違いやマネイジメントの問題でごたごたのツアーとなったのは観ていたので、そんな感じの英国的、グラム的なものと、全土でとらえた(NYやLAだけでない)アメリカ的なものとの文化的相克といった映画かなと思っていました。
まあ、それもあるんだけれど、よりボウイの抱える内面的な葛藤や恐怖をこの映画を進めていく推進力に据えているところが意外でした。ジギースターダストとかシン・ホワイト・ジュークとかたくさんのペルソナを演じるに至るボウイの原初的な恐れを読み解くというか。。。

川野 正雄(以下M):改めて考えてみると、ジギー・スターダスト以前のボウイの事は、遡ってのアルバムで聴いてはいますが、そんなによくは知らなかったんだなと思いました。
デビッド・ボウイの回顧展「DAVID BOWIE is」などで、音楽制作に関する知識は多少得ていましたが、売り出す為にどうしていたかなどは、全く考えた事もなかったです。
ボウイファンの為の伝記映画と思っていましたが、そういう映画ではないですね。
あくまでもボウイは素材で、英国人アーチストの成功前夜を描いたロードムービーと表現した方が良いような作品だと思いました。
迷走するボウイが描かれているのも驚きでした。
逆にそれが新鮮で、ボウイも人並みの苦労があった事を理解するいい機会になったと思います。

川口敦子(以下A):タイトルをある種、鵜呑みにしてデイヴィッド・ボウイの音楽もフィーチャーした伝記映画を想像していたので、やはりン?! と意外な感じを最初は持ちました。でも、アメリカの旅、そして少し唐突な感じはありますが、よく言えば説明的ではないフラッシュバックで省察される兄テリーの挿話、彼との関係、そこから発現してくるボウイ自身の内面に向けた恐怖といった部分にフォーカスしていく展開を私は肩すかしな第一印象をうっちゃって案外、楽しみました。音楽ファンにはちょっと違うって印象の方が強いのかもしれませんね。

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★「事実にほぼ基づく話」(What follwsis is (mostly) fiction)との字幕に導かれて映画は始まりますが、事実を並べただけの伝記映画ではないこと、その点をどう受け止めましたか?

M:Mostlyがキーで、どこまでが真実でどこまでがフィクションなのか、映画ではわからないのが、この作品ではポイントだと思います。
その死によって、ボウイの一般的な存在感はカリスマから神的なものへと昇華していますが、それをあっさりと人間に引き戻す作品なのではないでしょうか。
ボウイがビザの都合で、バックバンド無しのドサ周り的プロモーションをしていたなど、想像した事もなかったです。
冷静に考えると1971年という時代を考えると、アメリカでは英国のアーチストへの期待度は、ほとんど無かったのではないかと思います。
その当時のアメリカのロックシーンは、セルクルルージュでも取り上げたジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスやドアーズのジム・モリスンが亡くなり、一方ニューヨークではこの映画にも出てくるベルベット・アンダーグラウンドのルー・リードが脱退と、正にカオスな時代だったのではないでしょうか。
ブラックミュージックも先般1969年開催されたブラックミュージックの祭典の記録映画『サマー・オブ。ソウル』をご紹介しましたが、ファンク・ミュージックが生まれ、大きく進化した時代です。
更に南米ではレゲエやサルサも、世界的にジャンルとして確立されたのもこの時期。
片や英国のロックシーンは、グラムロックが少しだけ評価されていた事が作品からもわかりますが、ビートルズも解散、ローリング・ストーンズもレーベル立ち上げという変革期で、大きなアメリカでのモチベーションは無かった時代だったと思います。
そういう背景の中でのボウイの悪戦苦闘ぶりが面白かったですね。

A: この点に関しては監督ガブリエル・レンジがインタビューで想像の自由を行使したといっている通り、かなり自由に(笑)作っているようです。会話の多くは想像から生まれたものとも述懐してます。レンジはドキュメンタリーを出自としていますが、ここでも”ドキュドラマ″的なアプローチをとっていたようで、ジョージ・W・ブッシュが暗殺されたらと架空の暗殺事件を”でっちあげた″モキュメンタリ―『大統領暗殺』(06)では世界中で物議を醸しています(不勉強ですみません! 日本公開されているんですね)。監督のそんな志向をふまえて見直すと、ボウイをめぐるフィクションとしてもっと楽しめるかもしれません。ちなみにディランを追った『ドント・ルックバック』でも知られるD.A.ペネベイカーが72-73年の長期ツアーの最後を飾るロンドン、ハマースミス・オデオン劇場でのボウイのライブ公演に迫ったドキュメンタリー『ジギー・スターダスト』が来年早々、再公開されるので、そちらと見比べてみるのもまた一興じゃないでしょうか。ちょっと前にレヴューで紹介した『ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡』もこの際、もう一度、見直したいですね。

T:ボウイというパーソナリティのイメージが強すぎるので、単なるbio pic的なものは難しいのでは。こういった新たな切り口やリアルとフィクションの境界のあいまいさが必要だったのだと思います。
また、楽曲が使えないゆえに簡単ではなかったところもあるのかな。

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★兄テリーの病がジギー・スターダストというもうひとつの人格を得ることへとボウイをむすびつけていくという部分、妻アンジーの描き方、アメリカのパブリストとの関係、それぞれどう見ましたか?

A: 多重人格的にいくつもの”顔/仮面″を突けてはまた脱ぎ捨てて別の人格を生き始める、ボウイのアートライフの神髄をこの兄の存在を通してみつめる――というのがこの映画の大きな柱ですよね。話術として、もうひとつな部分もありますが、その目の付け所は興味深く迫ってきました。それと同様に、あるいは私にとってはいっそう面白かったのがアメリカ人パブリシストとの珍道中、ロードムービーの部分で、主演のジョニー・フリンがボウイというよりちょっとヴィゴ・モーテンセンに似てる? からかもしれませんが、『グリーン・ブック』を彷彿とさせなくもなかったりもする。ユダヤ系アメリカ人と英国からきた”エイリアン″の違いを超えた友情という殆どいい話、エンタテインメントな趣も垣間見えて、だからいっそう、兄との挿話の暗部が生きるとなれば映画としてもっとよかったと思うのですが、それぞれの良さが絡み合って相乗効果とまでいっていないのが少し残念かな。
もひつ妻アンジー、アメリカ人ということも思ってみると、ローグの『地球に落ちて来た男』のアメリカ、その苦しさにずぶずぶと溺れていくボウイの姿も想起してみたくなる。で、昔、アレックス・コックスに取材した時、『シド・アンド・ナンシー』を英国対アメリカみたいに単純な図式にして解釈しないでね、と釘をさされましたが、レンジ監督の中には英国人としてみるアメリカということもなかなかしぶといテーマとしてありそうにもみえないでしょうか。
そういえばレンジ監督は次回作としてベルリン時代のボウイとイギーの生活を描くという脚本を準備しているそうで、ここでの英と米のテーマ、続いていくのかしら(笑)

T:敦子さんが言うように、絡む人たちの人種やパブリシティ業界といった感じや、アメリカの都市の性格の振れ幅やらがロードムービーぽい感じも生んでいましたね。けしてロード自体は輝かしい成功は生まないが、何か内面の変化を生む過程のような。

M:兄テリーとの関係性は、新鮮でした。兄からの影響自体は割と書かれていますが、ジギー・スターダストへと繋がっていくのは、事実かどうかわかりませんが、説得力があるように思いました。
アンジーはミック・ロンソンのドキュメンタリー『ビサイド・ボウイ』でも強烈な印象でしたが、ボウイにとってはやはり重要な存在だったという事を改めて認識しました。
少し気になるのは、パブリスト、ロン・オバーマンのキャストが、マーク・マロンであった事。ロン・オバーマンは、2019年76歳で亡くなっているのですが、この映画で感じる程の年齢差はありませんでした。
1943年生まれで、1971年は28歳。ボウイとは3歳しか年齢が離れていません。
作品の印象だと30歳くらい離れていて、ベテランのパブリストがボウイを連れて全米周る構図になっていますが、実際にはほぼ同年代。
ボウイの音楽や才能をよく理解して、若いA&Rマンが必死に売り込んだのが、実際だったのではないかと推察します。
しかしキャスティングはベテランコメディアンのマーク・アロンであった事で、ここには監督の大きな意図があったのではないでしょうか。
映画でもRCAへの移籍を示唆する場面がありますが、オバーマンはボウイの成功に少なからず影響を与えており、マーキュリーにそのまま在籍していたら、また違った展開になっただろうなと想像してしまいます。
ボウイにイギー・ポップの話をする場面もいいです。
因みにオバーマンは、ボウイの後にブルース・スプリングスティーンを担当し、コロムビアレコードが、スプリングスティーンを切ろうした行為を阻止するなど、大変優秀なA&Rマンとして知られています。

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★キャスティングに関しては? そっくりさんではないボウイ役ジョニー・フリンについては?

M:いくら似た役者がやってもボウイ本人を超える事は出来ないので、良いのではないでしょうか。熱烈なボウイファンは違和感を感じてしまうと思いますが、映画的表現として、ジョニー・フリンは、悩める若きアーチストをしっかり演じていたと思います。
思い出したのが、複数のボブ・ディランを描いたトッド・ヘインズ監督の『アイム・ノット・ゼア』です。
似せるという事ではなく、偶像としてディランやボウイを描いている点で共通点があります。
事実にほぼ基づくと言いながら、決してこの映画は『ボヘミアン・ラプソティ』ではないと思います。

A:ボウイの素敵はルックス面でも無二のものだから、フリンはその難関に敢えて挑戦した勇気を讃えたいですね。彼はアサイヤスの映画にも出てますね。その関係からかアサイヤスとカップルだったミア・ハンセン=ラブの『グッバイ・ファーストラブ』のエンディングに「The Water」って彼の歌がいい感じで使われていましたね。
いい味出していたといえばパブリシスト役のマーク・マロン、彼はアレサ・フランクリンの伝記映画『リスペクト』でも彼女のアトランティックのプロデューサー ジェリー・ウェクスラー役を快演しています。ぜひ、チェックしてみてください!
もひとり子役からしたたかに脱皮してきたジェナ・マローンのアンジーもいいですね。特に髪を切って眉もない後半のアンジーっぷりはなかなかです。

T:まあどうしてパーツの細さがない、繊細さがないとボウイのイメージってあまりにも強いから感じてしまいますよね。笑
でもジギースターダスト前のあの長髪時代のボウイのもがきを演じるのには、ボウイのファンであるけれどただの物まね屋さんにならないフリンでよかったと思います。演奏シーンもボウイのオリジナルの楽曲ではなく、カバーしていたブレルの重く暗い時代の楽曲『アムステルダム』だったのも逆に変な物まね的な印象でもなかったし。

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★遺族の許諾を得られずオリジナルのボウイの曲が一切ないという点に関しては?
同様の窮屈さを逆手にとった『JIMI:栄光への軌跡』もありましたが?

M:アンジーや息子のゾーイが承諾しなかったという事ですが、家族は『ボヘミアン・ラプソティ』を求めているのかなと感じました。
アンジーは『ビサイド・ボウイ』でも強烈なおばちゃんぶりを発揮していましたが、簡単には了解してくれなさそうです。
ボウイの家族のトラウマ、空気を読めない部分など、ネガティブな描写も多く、承諾されないのもやむおえないですね。
ただやはり楽曲使えたら、もっと印象は違い、もっと多くのボウイファンの共感を得る事が出来たのではないでしょうか。
逆にヤードバーズやジャック・ブレルのカバーから、ボウイのルーツを感じるという事が出来たのは良かったです。

A: ここがボウイのファンには物足りなさの元凶となるんでしょうが、苦しい中でジャック・ブレルやヤードバーズのカバーを入れ込んで、前夜の興味深さとしている点は面白いですよね。

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★ここを見ると面白い、ここを見れば楽しめるというポイントは?

T:アメリカ到着時に空港に迎えに来るところから始まる、ユダヤ人担当パブリシストとの関係性がこの映画の見どころだろうな。川野君の様にリアルのオバーマンの目利きぶりについて詳しくなかったので、彼のレコードコレクション見るとサンタナとかで、本当にボウイを理解しているのか疑わしくなるし、引き合わせる業界人やプロモーションも全く的外れだったり。この辺はボウイだけでなくオバーマンについてもMOSTLY というフィクション性ももりこんでいるのかと思うぐらい。それでもジギースターダストの幕開けにロンドンまで来ているってのが、どこまで事実でどこまでがフィクションか、興味深かった。

M:ボウイも普通の人間であったという事です。
ボウイの熱烈なファンの方には違和感があるかもしれませんが、伝記映画ではなく、アーチストとパブリストのロードムービーとして見ると、発見も多いはずです。

A: 繰り返しになりますがアメリカとボウイって部分は個人的に興味深かったです。シュナーベルの『バスキア』ではウォーホル役をそっくりさん演技も交えてものしていたボウイですが、それを思ってみても今回の映画で(十分とはいえないけれど)描かれているファクトリー、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ルー・リード、そしてウォーホルとのすれ違いの部分はとりわけ興味深く迫ってきました。

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『スターダスト』
10月8日よりTOHOシネマズ シャンテ他全国公開中。
配給リージェンツ
DAVIDBEFOREBOWIE.COM

人はそれと知らずに、必ずめぐり会う。たとえ互いの身に何が起こり、どのような道をたどろうとも、必ず赤い輪の中で結び合うーラーマ・クリシュナー (ジャン・ピエール・メルヴィル監督「仁義」*原題"Le Cercle Rouge"より)

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