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1959年 東京生まれ。 以来東京に住み続けていますが、2010年1年間は香港に住んでいました。 長い間海外の文化から刺激を受けてきましたが、海外に一度住んだ事で、日本の良さを、改めて見直しています。 英国の音楽とスタイル、フランスの映画と車、暑い国の料理と日本の文学を好んでいます。 1987年以降P Picasso, 下北沢ZOO~SLITS、DJ BAR INKSTICK, Faiなどのクラブで、DJとして活動。 2006年以降DJは休止していたが、2016年より再開。 ファンデーションである英国音楽や、MODSシーンのイベントで、ルーツミュージックを中心にプレイしています。 現在UKファッションの老舗Ready Steady Go!のリブートプロジェクトを展開中。 Music: 60~70's Rock, Rare Groove, Rocksteady, Jazz Funk, Folk. Cinema: Roman Polanski, Jean Pierre Melville, John Cassavetes,Michelangelo Antonioni Style: READY STEADY GO! 6876,Duffer of ST George, YMC, FARAH Food: exotic food.モロッコ、イスラエルなどの料理。

『ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021』ジャームッシュを見て、今何を思う/Cinema Discussion-37

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ドイツ版ポスター

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第37回は、シネマ・ディスカッションでも常に注目している監督ジム・ジャームッシュの特集上映レトロスペクティブ2021を、ご紹介します。
1986年に日本で初めて劇場公開されてから35年の時を経て、初期作から最新作まで豪華12作品が、7月2日〜22日まで都内のミニシアターを縦断して上映される豪華な企画です。
既に上映はスタートしていますが、大好評で、地方での展開も決定したとのニュースも聞いています。
上映作品は、『パーマネント・バケーション』『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ダウン・バイ・ロー』『ミステリー・トレイン』『ナイト・オン・ザ・プラネット』『デッドマン』『ゴーストドッグ』『コーヒー&シカレッツ』『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』『パターソン』『ギミー・デンジャー』『デッド・ドント・ダイ』の12本です。
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』『パターソン』『ギミー・デンジャー』の3本は、こちらのシネマ・ディスカッションでも取り上げていますので、是非そちらもご覧下さい。
また公開に合わせて、セルクルルージュ・ヴィンテージストアでは、ジャームッシュ作品のオリジナルポスターを特集販売しております。
このディスカッションのビジュアルとして、ポスターをご紹介していますので、是非ご覧下さい。

ディスカッションは、映画評論家川口敦子と、川野正雄の対談形式で行いました。
二人とも語りたい事は沢山あり、とても12本全部に触れる事は出来ませんでしたが、ジャームッシュへの想いが溢れる時間となりました。

「ダウン・バイ・ロー」ドイツ版リバイバルオリジナルポスター

★1986年『ストレンジャー・ザン・パラダイス』が公開されて日本初お目見えとなったジム・ジャームッシュですが、当時、どんなふうに最初のジャームッシュを受け止めましたか?

・川野 正雄(以下M):最初はご多分に漏れず『ストレンジャー・ザン・パラダイス』ですね。
ジョン・ルーリーの軽妙さと合わせて、本当に新鮮でした。
モノクロ、マイアミ、ドッグレース、スクリーミン・J・ホーキンスなど、今でも思い出せるエッセンスも重要です。
ジャームッシュ自身のルックスの印象も相乗効果もありますが、音楽的な要素というのが、すごく重要だったと思います。
ジョン・ルーリー、トム・ウエイツ、イギー・ポップ、ジョー・ストラマー、ルーファス・トーマスなど、実際にミュージシャンも多く出演。しかも一人一人がレジェンドでもあり、最高でしたね。
実は『ダウン・バイ・ロー』は、当時あまり入れ込めなかったです。沼のあたりの展開の画面が暗くて、まったり感じてしまったのです。
ただこの機会に見直すと、印象は変わりました。
改めて見ると、序盤の空と街の景色など、映像も素晴らしいですね。
それと思った以上に長回しの芝居が多かったです。
ロベルト・ベニーニが実は影の主役だと、再認識もしました。
構図も含めて、スタイリッシュな感じと、ユーモアのセンスが。当時はすごく先進的で新鮮だったのではないでしょうか。

・川口敦子(以下A):公開を前に映画誌にとどまらずいろんな雑誌で『ストレンジャー・ザン・パラダイス』が話題になり始めたのはちょうど映画評論の仕事を始めようとしていた頃で、まだ自由に試写が見られるわけではなく、でもどうしても見たいとやきもきしていたのを覚えてます。で、85年の2月にパリに行ったとき、ちょうどサンタンドレ・デザールって小さな映画館で運よく上映していたのを雨漏りの座席でみることができたんです。その体験は私の映画史上でもとびきり忘れ難いものになってます。ハリウッドを中心とした往時の大作のこれでもかって山盛り感の対極でそぎ落とす贅沢を究めた『ストレンジャー・ザン・パラダイス』って映画とその作り手ジャームッシュ、そのデッドパンな姿勢には実際、おおっと魅了されずにいられませんでしたね。新鮮だった。加えてパリで見たプリントのモノクロの黒の黒さ! それも感動的だったな。
その黒の深さとも通じる仏頂面のクールは映画と相前後して”フェイク・ジャズ″バンド、ラウンジ・リザーズを率いて来日したジョン・ルーリーの磁力とも共振して、インクスティックでのコンサートの後、突撃的なインタビューとかしたなあと、すみません老人の懐古モードの自慢話みたいになってますが(笑)、いってしまえばこの映画とジャームッシュ、その出自であるニューヨーク、ダウンタウンのインディな面々は私にとって実際、事件といってもいいくらいのインパクトで迫ってきたんですね。

「コーヒー&シガレッツ」アメリカ版オリジナルポスター

★ミニシアター・ブームがあり、映画だけでなく非メジャーなものがもてはやされる”気分″があった80年代、セルクルのメンバーもメルボルンのニューウェーヴ誌CROWDに東京通信したりしましたよね。そんな時代と往時のジャームッシュ旋風は切り離せない印象がありますが、そのあたり振り返ってみてどんなふうに?

M:ラウンジ・リザーズ!僕はツバキハウスで見ました。
全くお客さんが入っていなくて、冷房が効きすぎて、会場内が異常に寒く、ライブ中にトイレに行ってしまいました。
するとライブ中なのに、やはり寒かったのか、ジョン・ルーリーもトイレにいて、握手してもらいました。
実はこの時代を懐古的に考えるのは、あまり好みではありません。
何かサブカル祭り的に浮かれていた気がして。
ただ当時の映画やカルチャーは素晴らしいものも多く、人が入る事で経済的にも活性化し、かなりマニアックな作品も日本で脚光を浴びるようになったと思います。
アメリカ人の友人が、日本は世界中のアート系作品が見られる。アメリカはニューヨークなど一部でしか見れないと、嘆いていた事をよく覚えています。
当時はゴダールの再評価など、アート系劇場の数も多く、観客も多く、正にジャームッシュは、その中心の存在ではなかったかと思います。
またジャームッシュ自身が日本へのシンパシーが強く、90年代にはビクターが制作費をかなり出していた事もあり、よりジャームッシュ作品は身近で、魅力的な存在だったのではないでしょうか。
それからジャームッシュはキャスティングが魅力的ですね。
永瀬正敏、工藤夕貴の日本人キャストに、イギー・ポップ、トム・ウエイツなど、ミュージシャンの使い方もうまい。
さらに、ビル・マーレィやアダム・ドライバー、ウィノナ・ライダー、ロベルト・ベニーニ、ジョニー・デップなどスターの個性を引き出すのも絶妙で、日本人のツボにはまるのではないでしょうか。

A:多分、その只中にいたからだと思うんですが「サブカル祭り的に浮かれていた」80年代のある種のうっとうしさって確かにありますね。でもミニシアターとインディ系配給会社の旺盛な活動のおかげで出現した”映画都市TOKYO″の名にふさわしい何でもみられる状態は今から思うと本当にスリリングでもありました。面白い、だから見たいってそういう気持ちだけでPFFがニューヨーク・インディ特集して子供みたいだったスパイク・リーやちょっとつっぱってかっこつけてる(ところがかわいい感じもした)ジャームッシュやその公私ともにのクールなパートナー、サラ・ドライバーを東京に呼んでしまう。そんな時代の豊かさを牽引したフランス映画社がジャームッシュをがしっと守って温かくバックアップしていたのも印象的でした。大事なことだとも思います。単に流行として受け入れ、消費して後はご勝手に――みたいな、ありがちなコマーシャルな仕組みにのみこまれないための防御壁となっていた。もちろんジャームッシュ自身の資質もあると思います。「友人、この人のために書いてみたいと思える人、一緒に仕事をしたいと思える人と組んできたしこれからもそうしていきたい。ひょっとするとそれってプロフェッショナルじゃないってことを示すのかな」と笑いつつ「でもそこにはプロフェッショナルなつきあいというのと別の信頼感が生まれてくる」「ヒエラルキーが嫌いだからクルーも少人数の方が気持ちいい、これもプロじゃないってことかな」と続けたジャームッシュのジャームッシュらしさはそんなアマチュア(愛のために作る人)な信念を今も守る素敵な頑固さにあると思う、それを曲げずにいられるように支える存在、環境がとりわけ80年代の東京にはあったともいえるんでしょうね。
その意味では今回、″ミニシアター・ジャック”という形でレトロスペクティブが展開されるのも感慨深いものがありますよね。

「ミステリートレイン」ドイツ版オリジナルポスター

★それから35年、ビート、オン・ザ・ロード、ストレンジで美しい世界、アメリカ(とストレンジャー;NYC,中西部)、ロックンロール、クール、アマチュアの美、詩、ユーモア等々、ジャームッシュを語る時、浮かんでくるキーワードがありますが、映画の、そして世の中の様々な変化の中で変わらないジャームッシュの映画の面白さ、はたまた作り手としての興味深さはどこにあると思いますか?

M:ロードムービーが元々は中心にあるように思います。
初期の作品の映像は、トム・ディチーロが撮影していたと思いますが、徹底して見せ方に拘っていますね。
ジャンルは結構変わりますが、根底に流れるのはR&Rスピリッツだと思います。
ロックが持っていた精神みたいな部分を、映像で様々なテーマを用いながら表現している。そう思っています。
作品の守備範囲も広いです。最近はゾンビ、バンパイヤなど、ジャンル物も多いですが、西部劇に、コメディ、ドキュメンタリーと、驚くほど多彩で、それぞれをジャームッシュ節で演出しています。
どの作品見ても、どこから切り取ってもジャームッシュですね。

A:あ、ディチロがブレイク寸前のブラッド・ピット主演で『ジョニー・スエード』を監督した時に取材したんですが、その映画にニック・ケイブ扮するスーパークールなアンダーグラウンド界のスーパースターが登場する、銀髪のリーゼントで、それをジャームッシュだって思い込んでる観客も多かったと笑ってみせて、でもジムをクールの代表にしたがるのは世の中の方で、彼自身はあくまでどこまでも自分の映画を撮ることをめざしてるだけだと、で、そんな彼の映画は人生の表皮が取り去られてふっと真実が顔をのぞかせる瞬間のおかしさを鮮やかに掬い上げるともいっていて、なるほどそういうふっとした瞬間、間(ま)の美学みたいなものが変わらぬ魅力かなあと思いますね。詩情っていってもいいものかもしれないですね。もともと詩人をめざしていたってこととも関係しているのかな。これこれこうでこうなったみたいに理路整然とした散文的な展開とちょっと別の所にある何かをぶれずに捕まえようとしているんじゃないかしら。

★今回の特集の中、この一本といったらどれを? 理由は? 一本に絞るのが難しかったらいくつかでももちろんオッケーです。

M:『ジョニー・スエード』に、ニック・ケイブ出てましたね。
確かにジャームッシュとイメージが被ります。
トム・ディチーロも含めて、この手の作品への注目度が高かったと思います。
実はジャームッシュ作品、全部見ています。
これは私には珍しい事です。
最新の『デッド・ドント・ダイ』を見逃していたので、この機会に見ましたから、完全制覇。
『ミステリー・トレイン』『ナイト・オン・ザ・プラネット』。
この2本のオムニバスが好きです。
次のエピソードへの期待感がすごいんですよね。見ながら。もっと見たい〜。こういう
感覚を大事にしたいです。
最近の作品では『パターソン』がいいですね。
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』は、モロッコのタンジェの景色と相まって、これまた大きな刺激を受けました。

Å:『パターソン』は私もすごく好きです。変わり映えのしない毎日のつまらないできごとに目をやって、そんな中でも生起するささやかな物事の変化を慈しむ、そうやって起承転結に追いまくられるドラマを退けて詩の心を掬い取る、そういう姿勢が静かな映画を力こぶなしで支える感じがいいなあと。そのくせ、あの主人公の背景にもしかしたら中東戦の傷があったりもしそうで――と静かさの奥の闇みたいなものもそっと吞み込んでいるんですよね。主演のアダム・ドライヴァーは『デッド・ドント・ダイ』にも続いて登場して、ジョン・ルーリー、トム・ウェイツとジャームッシュが結成していたという長身で細長い顔の人仲間、リー・マーヴィン同盟だったかクラブだったか、その新たなメンバーに加わった感じですね。
あと詩情といえばジャームッシュじゃなければ撮れないウェスタン『デッドマン』の死との伴走もやはり忘れ難い。その意味では初めの一歩の『パーマネント・バケーション』の漂流するマンハッタン、そこに浮上した詩の感覚も今、改めて見直したいと思います。

「ナイト・オン・ザ・プラネット」アメリカ版ポスター

★その他の作品でも構いませんが、忘れ難い場面とか台詞とか、出演者とかは?

M:今回は上映されませんが、『ブロークン・フラワーズ』は、ジャームッシュらしくないテーマでしたが、ロマンチックな気分になりましたね。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』のジーナ・ローランズのタクシー客は良かったです。
『ミステリー・トレイン』のジョー・ストラマーは、まともに芝居はしていませんが、やはり存在感が素晴らしかったです。
『デッドマン』も、全体に画面も展開も重かったですが、ニール・ヤングのサントラと映像のシンクロが素晴らしくて、非常に印象に残っています。
ジョニー・デップも、この作品では本当に格好良くて。ポスターのビジュアルもよく、テーマ的には地味ですが、存在感はピカイチの作品と思います。
地味な作品でしたが『ゴーストドッグ』も好きな作品です。日本の武士のスピリッツを、ジャームッシュらしい解釈で描いているのがいいですね。
この時期のジャームッシュは、少し不調な時期だったようにも思います。テーマ的にも悩んでいたようにも、ちょっと感じています。
『デッド・ドント・ダイ』のティルダ・スィントンもですが、剣の立ち回りの演出が、ジャームッシュはうまいですね。

A:『パーマネント・バケーション』の青年と少年の間みたいな主人公が床にマットをしいただけの空っぽの部屋でポータブルのレコード・プレイヤーをかけて踊る場面は有名ですがきゅんと胸をつくものがあって今も時々、見たくなります。恥ずかしさすれすれの青春って感じが懐かしい。
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』の白髪みたいなロングヘアもよかったけれど『ブロークン・フラワーズ』のチェックのネルシャツはおったみたいなティルダ・スィントンのアメリカ女なりきりぶりもいい感じでしたね。英国のパンクレディから見事に変身してた。あと、やっぱり『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の車にからんだ3人の図は強烈に瞼に、胸に刻印されてます。
忘れ難さは音楽にもたくさんあってI put a spell on you 忘れられないし、『デッドマン』のニール・ヤングとのコラボレーションも外せませんね。

「デッドマン」ドイツ版オリジナルポスター

★日本の作り手への影響も感じますか?
M:多くの監督が影響受けていると思いますが、ジャームッシュのセンスをそのままフォロワー的に取り入れる事は難しいのではないかと思います。

A:そうですね、ジャームッシュ以後がもう四半世紀、どころか30年以上もあるってすごいことだなあ。影響受けてないといえる人の方が少なかったりするかも。でもまあ山下敦弘監督作の最初の頃を見た時にはああって感じました。今回の特集上映のパンフレットに寄稿されてるようですが(笑)

★”変わらないジャームッシュ″と先ほどいいましたが、セルクルルージュでも取り上げてきた近作では変化も感じられるような、、、いかがでしょう?
わかりやすくなりましたよね。

M:テーマがストレートになってきて。インディーズ感は薄れたかもしれません。
『デッド・ドント・ダイ』は、何故作ったのかなと思いますが、豪華キャストですね。
演出のテイストなどは変わりませんね。ジョーク的な部分は特に。

A:ぶれてはないけど成熟はしてる感じがしますよね。巧さみたいなものを目指すことは決してないんでしょうが、でも巧くなった部分はやはりある。自然にね。なーんて本人が聞いたら怒るでしょうが・・・。意識してるわけではないのでしょうが『ブロークン・フラワーズ』の後には『リミッツ・オブ・コントロール』、『パターソン』の後には『デッド・ドント・ダイ』って巧さや成熟をはねのける意思が素敵です。

★今後のジャームッシュに望むことは? こんな映画を見たい、こんな人と組んでほしいといった希望は?

M:好きなようにやってもらい、それについていくだけでしょうか。あんまり考えた事もないのですが。どうせなら、ジャームッシュで、マーロン・ブランドとか見たかったですね。
今から可能な役者だと、本当のビッグネームとやるのを見たいです。
アル・パチーノとか、ロバート・デ・ニーロ、ハリソン・フォードみたいなスターを使ったコメディとか、ロードムーヴィーを見てみたいです。

A:ビッグネームという意味では『デッドマン』でロバート・ミッチャムと組んだ時のことを身振りや声色を使いつつすごく面白おかしく話してくれたのも印象的でした。ブランドとの組み合わせは確かに見たかったですね。
「だって人生にプロットなんてないから」って筋を追うことに汲々とするような映画は撮らないできたわけですが、原作ものはどうなのかな。師でもあるニコラス・レイの『夜の人々』のリメイクとか。アルトマンが同じエドワード・アンダーソンの原作で『ボウイ&キーチ』を撮りましたが、ジャームッシュ版見てみたいです。

「デッドマン」アメリカ版オリジナルポスター

ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021は、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイント、アップリンク吉祥寺で、7月2日より上映中。今後地方展開もありますので、公式サイトで上映をご確認下さい。

ジム・ジャームッシュ©︎Sara Driver

『ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡』偉大なるグラムギタリストの光と影/Cinema Review-8

Cinema Review第8回は、デビッド・ボウイのギタリストとしてグラムロックに大きく貢献したミック・ロンソンのドキュメンタリー『ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡』です。
ミック・ロンソンは、デビッド・ボウイのバックバンド、スパイダース・フロム・マースのギタリストとして『ジギー・スターダスト』などの名盤に参加し、ボウイ独特のグラムロックを創り上げました。
ボウイのバンドは1973年に離脱し、その後はモット・ザ・フープルに参加。ボブ・ディランのローリング・サンダー・レビューにも参加し、いかんなく存在感を発揮しました。
この映画は、ナレーションにボウイ、証言者として、ルー・リード、ロジャー・テイラー(クイーン)、イアン・ハンター(モット・ザ・フープル)、グレン・マトロック(セックス・ピストルズ)、アンジー・ボウイなどが登場し、我々が知らなかったミック・ロンソンの素顔について語ります。
既に劇場公開は一旦終了していますが、極上音響上映で定評のある立川シネマシティにて、7月8日〜11日まで特別上映されます。
8日の夜にはSUGIZOさんゲストの立川直樹さんのトークショーも予定されています。

レビューは、映画評論家の川口敦子に、川口哲生、川野 正雄の3名です。

ロジャー・テイラー
C)2017 BESIDE BOWIE LTD. ALL RIGHTS RESERVED

★川口哲生

ミック・ロンソンといえば、大好きなディヴィド・ボウイの初期の作品群のギタリストとして「サフラジェット・シティ」のギターソロやこの映画中でエフェクターを固定してジョン・リー・フッカーの様に弾くんだと実演している「ジーン・ジニー」でのリフとともにティーンエイジャーだった私に大きなインパクトを与えたミュージシャンである。

頭頂部からの髪の毛が段を付けてカットされていて、サイドのヴォリュームの薄い髪の毛
が妙にサラサラとなびく金色のヘアスタイルとヒールがごつい編み上げのブーツといったヴィジュアルイメージとともに。

このドキュメンタリー映画を見るまでは、「ジギー・スターダスト」eraのボウイの音楽性にかくも重要な役割を果たしていたとは、私は認識していなかった。初期のアコースティック~ロックへのこの時代のボウイは、ケンプやパントマイムやコスチュームやメイクアップ含めたヴィジュアルのGLAM性も、そしてまたその豊かな音楽性も、抜きんでたボウイというカリスマによってもたらされたという印象を持っていた。あくまで「ジギー・スターダスト」とそのバックバンドの「ザ・スパイダース・フロム・マース」という捉え方で、ミック・ロンソンのギターは勿論大好きだったけれど、ミックがギターパートだけでなく、オーケストレーションや編曲等を通じてかくも大きなボウイ世界への貢献があったことは不覚にも認識していなかった。

「スペース・オディティ」の収録にも参加しているリック・ウエイクマンがピアノを前に解説する「ライフ・オン・マース」のコード進行の話からは、ミックの音楽性に対するリスペクトがひしひしと伝わってきた。その他盟友イアン・ハンターはじめ多くのミュージシャンが彼について語っているのを見て、ミュージシャンズ・ミュージシャンとしてのミックの存在を再認識した次第である。

個人的にうれしかったのは、マイク・ガーソンのインタビューとミックにトリビュートした即興曲の演奏。「アラジン・セイン」でのアヴァンギャルドなjazzピアノソロを、かくも悲しく、硬質で、心をかきむしられるように美しいピアノがあるのかと感じていた10代の気分を思い出した。

R.I.P.ミック・ロンソン

あの頃のクリス・スぺディングやジョニー・サンダースってどうしているのだろう?

グレン・マトロック
(C)2017 BESIDE BOWIE LTD. ALL RIGHTS RESERVED

★川野正雄

ミック・ロンソンのイメージって、自分の中でどんなものだったのだろうか。考えてみると、デビット・ボウイの横で、格好いいギターを弾く怪人みたいなギタリスト。まさにこの映画のタイトルそのものだった。
しかしミック・ロンソンについて、どれだけ知っていたかというと、それはかなり浅い理解であり、改めてミック・ロンソンの人生について、ボウイ以降の活動について知った次第である。
ミック・ロンソンについて語るボウイや、イアン・ハンター、リック・ウェイクマンに、アンジーやロンソンファミリーなど、興味深い登場人物が、次々に証言をしていく。
ドキュメンタリーとしては非常にオーソドックスな作りで、いささか単調でもあるのだが、
ミステリアスな存在であったミック・ロンソンの実像が解きほぐされていく展開は、非常に面白い。
ここには数多くの発見があり、彼のキャリアに対して、自分は数多くの見落としがあった。
リアルタイムに聴けたはずの作品が幾つもあり、気づかなければ、永遠にスルーしていたかもしれない。
最大の見落としは、ミック・ロンソンが、ソロアルバムをリリースしていた事である。
映画を見た後、早速Amazon primeソロアルバム『Play Don’t Worry』を聴いてみた。確か2枚目のソロアルバムだと思うが、これがとてもいい。
まずロン・ウッドや、ロニー・レインのソロのように、英国のギタリストらしいソロアルバムであり、彼の音楽的バックボーンの深さが伝わってくる。
ミック・ロンソンここにあり!と、叫んでいるようなアルバムである。
これはもっと早く聴いておくべき一枚だった。
後年モリッシーと組んでいた事も、初めて知った。80年代英国が生んだ最高のギタリストの一人ジョニー・マーとスミスで組んでいたモリッシーが、ミック・ロンソンに声をかけるというのは、自然の流れに思える。
トニー・ヴィスコンティも言っていたが、ギタリストだけではなく、偉大なプロデューサーにも、ミック・ロンソンはなれたはずだ。
自分の認識でボウイ以降の活動というと、ボブ・ディランのローリングサンダーレビューに参加していた事くらいしか知らなかった。ディランが座長として70年代中期に行ったこのツアーは、自分の中ではロック史上最高のツアーであり、近年マーティン・スコセッシのNetflix作品『ローリング・サンダー・レビュー』や、CDのボックスセットで、間近に聞けるようになった。
このツアーにミック・ロンソンは半分しか参加していないが、彼の存在でバンドサウンドは大きく変わる。しかしこの映画では、このツアーにはほとんど触れられていない。
英国内での活動に監督はフォーカスしたのだろうか。
ミック・ロンソンは、グラムロックを作った一人であり、もっと評価されるべき人であった。それはこの映画のメッセージでもあると思うのだが、1970年代という時代性と共に、改めて多くの人に知って欲しいアーチストであった。

イアン・ハンター
(C)2017 BESIDE BOWIE LTD. ALL RIGHTS RESERVED

★川口敦子

 うわっ、あのアンジーがみごとに大阪のおばちゃん化してる――なんて、いきなり愕然としたりする程度のボウイ・ミーハーとしては、ミック・ロンソンの軌跡と銘打たれたドキュメンタリーにもまずはボウイの軌跡こそを見ようとしてしまっているわけで、でも案外、このドキュメンタリー映画自体も“傍らの人”ロンソンに焦点を合わせようとしながらそうすることで結局はボウイ=メインマンという厳然とした事実を再認識させることになっているかしらと、ぼんやり意地悪く思ったりもした。

 もちろんジギー・スターダストはスパイダース・フロム・マーズなしにジギーたり得ず、ボウイもまたミックなしにボウイたり得なかった――と、いくつもの証言を集めて検証していく映画の、ミックに光を――との姿勢は伝わってくる。なるほどなあと興味をそそられる部分も多々ある。ボウイの傍らにいて、単にギタリストとしての才のみならずアレンジャーとして、プロデューサーとしてその音楽を作り上げていった、その意味で実はボウイとミックの共作とクレジットされるべき存在(という点では『Mank/マンク』でデヴィッド・フィンチャーが光を当てたオーソン・ウェルズ『市民ケーン』の脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツのことも思い出したくなる)と、そんな見方を監督ジョン・ブルワーが映画の芯にすえようと努める様に(生意気な言い方をすれば)好感も抱く。ただその主張がもひとつガツンと来る前に、ボウイ以後のミックの挿話がぱらぱらと始まって構成が些か散漫になってるのではと少しだけ歯がゆさを噛みしめた部分が正直言えばなくもなかった。

 BBキングやチャック・ベリーのドキュメンタリーをものしている監督ブルワーは、もともとロック界でマネージャーとしてキャリアを積んでいたひとり。YES、ミック・テイラー、ジーン・クラーク等々と共に初期のボウイと契約していたこともあるという。事の次第、その表も裏も知る存在と、ローリング・ストーン誌のインタビュー記事(2018年2月2日)は伝えている。そんな背景を持つブルワーの記録映画はそもそも、ヘア担当としてやはり最初期のボウイに協力したロンソン夫人スージーがボウイの死(2016年)の3年ほど前に亡き夫ミックとの思い出を語って欲しいと求めたことをきっかけに始動した。ミックの死から20年余りが過ぎていたその時点で映画化の可否をめぐってボウイには不安もあったようだがともかく回想談の録音に協力、それがスージーの所有する大量の映像資料と共に監督ブルワーの下に持ち込まれ、そうして成った映画ではスクリーン上に姿は見せないボウイによるナレーション然と件の録音も使われることになった。と、そんなふうにこのドキュメンタリーをめぐる旧友再会的なシチュエーションを踏まえてみると、アンジーのざっくばらんさも歳を重ねた余裕と貫禄のせいばかりでもないのかもとナットクがいくような・・・。それはともかくそうした経緯、そこに感知されるボウイ以下の旧友への思い。その眩しさ、涙ぐましさが感傷に堕すことなくミックに光をとの映画の主張を照射していく。していくけれど、記録映画としては先に触れた構成のゆるさのせいでもひとつ主張を主張し切れずにいるかなと、繰り返せば残念さも残る。

もっともがつんと主張し切らない映画の感触はミック・ロンソンという傍らの人のそれとも共振していそうで切り捨て難さが浮上する。今さらながらに確認すればボウイとはひとつの役割を脱ぎ捨ててまた次の役を演じていくパフォーマーに他ならず、ロックスターという役がら、そのひとつのフェーズが終われば脇役、サイドマンは容赦なく切捨てていく、そういう残酷さも鮮やかに身につけていてだからこそスターの質を全うし得たのではなかったか。そんなひとりに対し、ミックは英国北部の田舎町の庭師としてもしかしたら平穏に余生を送れたかもしれないひとりだった。そういう”いい奴″として、ブルワーの映画が光をあてるイアン・ハンターとの相性のよさはスリリングに迫ってくる。その意味ではモット・ザ・フープルの行路を振返るドキュメンタリー『すべての若き野郎ども モット・ザ・フープル』でイアン以外のメンバーがミックはだれとも口をきこうとしないと齟齬を語ってみせること、視点の異同がもたらすそのあたりの微妙なニュアンス、差違にもこの際、注目してみたい。

立川シネマシティ
7月8日(木)~11日(日)の4日間上映
SUGIZOさん+立川直樹さんのトークショー
8日(木)18:20~