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THE MAN meets DJ Scratchy

『THE MAN × DJ SCRATCHY Japan Tour 2015』Kyoto
『THE MAN × DJ SCRATCHY Japan Tour 2015』Kyoto

今年のクリスマスイヴ、元東京スカパラダイスオーケストラの冷牟田竜之さん率いるTHE MANから、素晴らしいクリスマスプレゼントが届くことになった。
1978年以降クラッシュのツアーDJとして活躍し、スカやレゲエとパンクの融合を実現させたDJ SCRATCHYことBarry “Scratchy” Myers とのジョイントLiveが、東京と京都で実現することになったのだ。
昨年のクリスマスイヴには、同じ会場になる渋谷LA MAMAで、野宮真貴さんとのクリスマスらしい素敵なコラボレーションをファンにプレゼントしてくれたTHE MANだが、今年は彼らのルーツともいえる80年前後のロンドンのクラブシーンを彷彿させてくれるようなLIVEを期待したい。
DJ SCRATCHYは、ドン・レッツと共にロンドンのパンクシーンに大きな影響を与えた英国ロックシーンのインフルエンサーというべき人物でもあり、クラッシュのツアーDJや、LIVE前に会場に流れるクラッシュ独自のBGMを選曲したDJのパイオニアである。
多分DJ SCRATCHYやドン・レッツ以前には、DJが音楽シーンに影響を与えるという存在になる事はなかったのではないかと思う。
DJ SCRATCHYにとっては、今回が4回目の日本ツアーだと聞いた。フジロックフェスティバルにも参加しているが、これまで僕は残念ながら彼のDJを生で聴いてことはないので、今回は非常に楽しみにしている。

DJ SCRATCHYが、DJをスタートしたのは1976年ロンドンのカムデンロックにあるクラブDINGWALLSである。
DINGWALLSは、後年ジャイルズ・ピーターソンの ‘Talkin Loud and Saying Something’でアシッドジャズムーヴメントの聖地となるクラブだが、当時はアメリカから来たラモーンズが初ライブを行ったり、パブロックのグループが演奏をしていた。
その流れなのか、DJ SCRATCHYは、パブロックの雄ドクター・フィールグッドのステージにも参加していた。
ドクター・フィールグッドは、パンク前夜の英国のムーヴメントであったパブロックの中心的存在で、日本でも御馴染みのウイルコ・ジョンソンが、ギタリストとして参加していたグループである。
音楽的にはグラムロックからパンクへの過渡期のような時代であり、R&Bをリスペクトしながら、ソリッドでエネルギッシュなロックを産み出していた。

そのドクター・フィールグッドのDJをDJ SCRATCHYがしていたことと、クラッシュのDJをした事は無関係ではないと思う。
同じくパブロックの人気グループだったグラハム・パーカー&ザ・ルーモアのホーンセクションは、クラッシュの『LONDON CALLING』のホーンセクションと同じチームであり、THE MANのホーンセクションにもつながってくる演奏スタイルだった。

https://youtu.be/zzxzHA3zliw

当時ジョー・ストラマーが結成していたいたバンド101ERSも、パブロックと呼んでも良いようなグループだった。
この音源ではニューオリンズの名曲『JUNCO PARTNER』を演奏している。
数年後同じカバー曲がレゲエバージョンに生まれ変わって、クラッシュの4枚目のアルバム『サンディニスタ!』に収録されており、日本公演でも演奏された。
ニューオリンズのルーツ的なR&Bは、DJ SCRATCHYのレパートリーの一つであり、ドクター・フィールグッドもカバーで取り上げていた。
ジョー・ストラマーの『JUNCO PARTNERS』へのこだわりも含めて、当時のシーンでリスペクトされていた事がよくわかる。
同じころコヴェントガーデンのニールストリートにあったクラブROXYでは、ドン・レッツがレゲエをかけながらDJを始めており、パンクミュージックとレゲエの橋渡しをしていた。
クラッシュの曲で『1977』というタイトルがあるが、何かが起き始めていた1976年に、DJ SCRATCHYは、DJとしてのキャリアをスタートしていたのである。

DJ SCRATCHYがクラッシュのライブDJを始めたのは、1978年の仮釈放ツアーのファイナルになったロンドンミュージックセンターでのコンサートのようだ。きっかけはDINGWALLSでの彼のプレイを聴いたジョー・ストラマーが気に入り、声をかけた事だったらしい。
その後クラッシュ初の北米ツアーとなったパールハーバーツアーや、翌年のSIXTEEN TONS TOURに参加するようになり、レギュラーのクラッシュファミリーの一員となっていった。
パールハーバーツアーのハイライトとなったニューヨークのパラディアム公演には、アンディ・ウォホール、ニコ、デボラ・ハリー、ジョン・ケージなど、当時のNYセレブが集結した。また伝説のクラブスタジオ54には、メンバー全員で繰り出し、彼らの曲作りへのヒントを得る事が出来たのではないかと思う。
そういう環境でのDJプレイは、DJ SCRATCHYにとっても、重要な経験だったのではないだろうか。
DJ SCRATCHYがプレイしていた訳ではないので、多分カセットテープだと思うが、彼の選曲を初めて聴いた日の事は鮮烈に覚えている。
1982年1月24日の渋谷公会堂、クラッシュの日本公演初日である。会場に一歩足を踏み入れると、聴こえてきたのはそれまで聴いたことのないオリジナルスカ、レゲエDJ、そしてダブだった。
多分その時代に知っていたのはスカならスペシャルズ、レゲエならボブ・マーリーにピーター・トッシュに、ジミー・クリフ位。ダブはクラッシュの『サンディニスタ!』で初体験だったかもしれない。
当時はそれが誰の選曲かも知らなかったが、ライブ前に聞いたレゲエDJやダブの格好良さがともかく衝撃的だった。
ポール・シムノンがいつもツアー中は、デカいラジカセでセレクトされたレゲエを聴いているというエピソードにも影響され、その時味わった刺激を求めて、後年自分はDJをやるようになったような気がする。

日本公演にも同行したペニー・スミスの写真集からポールお気に入りの一枚を選んでもらった。
日本公演にも同行したペニー・スミスの写真集からポールお気に入りの一枚を選んでもらった。

後日見た追加公演やTV放映公演のわかりやすいセットリストとは違い、初日のクラッシュはその前にツアーしていた北米でのLIVEに近い構成だったと思う。
『夕陽のガンマン』のテーマで登場し、1曲目は当時は新曲で馴染みのなかった『SHOULD I STAY OR SHOULD GO』。
知らない曲で戸惑う中2曲目から『ONE MORE TIME』で早くもレゲエ/DUBが炸裂。ジョー・ストラマーは二日酔いなのか、ステージに嘔吐用バケツを持ち込んでの激しいパフォーマンスで、初めて相対する日本の観客との間合いを計りながらの展開。終盤のアンコールも『ARMAGIDEON TIME』に『BANKROBBER』と、レゲエチューンが並ぶ日本初上陸のステージだったが、個人的には一生忘れられない一夜になった。

その日のBGMに受けた感動が、28年を経過して蘇った日があった。2010年香港で見たゴリラズのLIVE会場である。ゴリラズはブラーのデーモン・アルバーンのユニットだが、このツアーにはギターでミック・ジョーンズ、ベースにポール・シムノンというクラッシュのメンバー二人が参加し、クラッシュ以来という二人揃ってのワールドツアー(ステージでも右サイドにポール・シムノン、左サイドにミック・ジョーンズというクラッシュのステージと同じ布陣)だった。
LIVE前の会場では、30年近く前のクラッシュの時と同じオリジナルスカや、レゲエDJにダブが、独特のリズムで流れていたのだ。DJ SCRATCHYのセレクトかどうかは不明だが、デーモン・アルバーンが、クラッシュやDJ SCRATCHYの世界観を深くリスペクトしている事がダイレクトに伝わってきた。今や英国を代表するミュージシャンのデーモン・アルバーンも、DJ SCRATCHYチルドレンというべき存在なのだ。
因みにライブ自体は、デ・ラ・ソウルら複数のヒップホップアーチストがフロントアクトを務めていた。
このスタイルは、僕がロンドンのレスタースクエアで観たビッグ・オーディオ・ダイナマイトのデビューアルバムツアーと同じ構成である。

https://youtu.be/rTul7hEfxKY

DJ SCRATCHYはクラッシュ以外にも、イギー・ポップ、クランプス、ポーグス、ブラック・ウフルーなどのツアーDJも務めているが、後年ジョー・ストラマーのソロ活動のツアーDJもしていた。
DJ SCRATCHYの音楽性は、ジョー・ストラマーに最も近いのではないかと思う。
クラッシュ解散後、ヒップホップなど新しモノ好きのミック・ジョーンズは、前述のドン・レッツとビッグ・オーディオ・ダイナマイトを結成。
レゲエが好きなポール・シムノンは、中南米の香りがするようなロックバンドハバナ3AMを結成。
トッパー・ヒードンは、グルーヴィなソロアルバムを発売と、個々の音楽的個性が表面に出るようになってきた。
ジョー・ストラマーは、ラティーノ・ロカビリー・ウォーやメスカレロスなど、彼自身のユニットを結成し、よりグローバルな肌触りの音楽を生み出していた。
レゲエ、スカは当然だが、ニューオリンズ、ラテン、チカーノ、ジプシーサウンドなど、グローバルな音楽へのDJ SCRATCHYの幅広い守備範囲は、ジョー・ストラマーとの共感性が高かったと思う。
そういう意味では同じようにレゲエとパンクを繋いだ存在だが、よりクラブサウンド的なエッセンスが強いドン・レッツよりも、ルーツミュージック色が強いという意味では、ギャズ・メイオールに近い存在かもしれない。
余談だが縁あってロンドンのポートベローにあるジョー・ストラマーの家を訪問した際、レコード棚にはギャズ・メイオールの作ったGAZ ROCKIN’BLUESのカセットが並んでいた。

ポールと同じくペニー・スミスの写真集から、一番ジョーお気に入りのショットを選んでもらった。
ポールと同じくペニー・スミスの写真集から、一番ジョーお気に入りのショットを選んでもらった。

最近のDJ SCRATCHYのセレクトは、彼自身のHPや、セルクルルージュでも参加しているMIX CLOUDに、の中に、SCRATCHY SOUNDSというページがあるので、是非とも聞いてみて頂きたい。
クラッシュのライブ前BGMの雰囲気は、トロージャンから出ている彼の選曲したレゲエコンピレーション『SCRATCHY SOUNDS』から味わうことが出来る。

DJ SCRATCHYのレゲエコンピレーションアルバム。
DJ SCRATCHYのレゲエコンピレーションアルバム。

前述したドン・レッツの最近の選曲は、BBCのRADIO 6チャンネルで、ネットでも聞くことが出来るので、聞き比べて頂くと面白いだろう。

そしてTHE MANである。THE MANについては、一度ご紹介しているが、7月にルパン三世をテーマにした『TABOO 皆殺しの唄』を、チャーリー・コーセイさんとの共演でリリース。
その後開催されたBILLBOARD TOKYOのライブでは、チャーリー・コーセイさんとのユニットの集大成ともいえる素晴らしいステージを見せてくれた。
いつものライブハウスとは違う都会的な会場であったが、一段とアップグレードしたパフォーマンスで、バンドとしての成長や成熟を強く感じる事が出来た。

多分今は次なる展開をリーダーの冷牟田さん中心に練っているタイミングだと思う。
冷牟田さんのDJを聴いていると、常にクラッシュの音楽はイメージ出来るし、彼の音楽的な根底に与えた影響を感じる。
この時期でのDJ SCRATCHYとの共演によって、1970年代末期のロンドンのように、バンドとDJの間の緊張感から新たな化学反応が生まれ、大きな爆発がある事を期待したい。
DJ SCRATCHYは、THE MANのファンの為にどのようなセットを用意するのか、そしてTHE MANはどのようなステージを用意して、英国ロックシーンのレジェンドであるDJ SCRATCHYと対峙するのか。
今年のクリスマスイヴ、日本のスカ/ロックシーンに新たな伝説が生まれることは間違いない。

THE MANのLIVE 桜井有里/藤巻鈴奈 (SAKURAI YURI/FUJIMAKI REINA)
THE MANのLIVE
桜井有里/藤巻鈴奈
(SAKURAI YURI/FUJIMAKI REINA)

THE MANのメンバーである冷牟田竜之さん、青木ケイタさん、中村和輝さんからも、セルクルルージュを読んで頂いた皆様に向けて、このライブにかける熱い気持ちのメッセージを頂いていますので、是非ご一読下さい。

2013年のFUJI ROCK FESTIVAL
深夜にも関わらず、異常な熱気が渦巻くテントの中でDJ SCRATCHYのプレイを目の当たりにしました。
一緒にやれて本当に光栄です!
THE MANとDJ SCRATCHYで作りあげる、熱気渦巻く空間をぜひ皆さんにも体感していただきたい。

青木ケイタ Keita Aoki(THE MAN baritone sax / flute)

ライブ直前、ステージ袖でDJのプレイとオーディエンスの歓声を聴き、会場の熱気を感じながら心を集中させていく
いつもやってる事です
名だたるバンドと共に世界を股にかけてきたLEGENDのプレイを全身で感じ、大きなプレッシャーと共にステージへ駆け上がりたいと思います
DJ SCRATCHY × THE MAN
どんな夜になるか、想像しただけで興奮しています
皆さんも是非体感しに来て下さい
会場で待ってます

中村和輝 Kazuteru Nakamura(THE MAN guitar)

十代の頃
THE CLASHのライブを体験するには
VIDEO TAPEしかなかった。
必死で手に入れた
ハマースミスオデオンでの
ライブ。
ライブスタートのSEは
ジョニー・キャッシュのSixteen Tons

それをレコードでかけてたのが
DJ SCRACHYだ。
彼のプレイでジョニーキャッシュを知った。
彼のRUDE STYLEを象徴する曲だと思う。

CLASH TOUR オフィシャルDJ
所謂 ROCKでDJするオリジネーターだ。

今回光栄な事に彼とライブする事になって興奮している。

真のPUNKROCK LEGENDのプレイと
THE MANの演奏、
その激突の現場を
見逃さないで欲しい。

冷牟田竜之 Tatsuyuki Hiyamuta(THE MAN alto sax / agitate-man)

『THE MAN × DJ SCRATCHY Japan Tour 2015』TOKYO
『THE MAN × DJ SCRATCHY Japan Tour 2015』TOKYO

■12月21日(月) 京都 METRO
「THE MAN × DJ SCRATCHY Japan Tour 2015 in KYOTO」OPEN 18:30 / LIVE START 19:30
前売¥3,500 /当日¥4,000 (ドリンク代別途)
■12月24日(木) 東京 渋谷La.mama
「THE MAN × DJ SCRATCHY Japan Tour 2015 in TOKYO X’mas SP」OPEN19:00 /START19:30
前売¥4,000 /当日¥4,400 (共にドリンク代別途)

MIX CLOUD LCR Disco-23

しばらく変化球が続いていましたが、
いろいろ忙しくなる年末ですし、
70’sディスコな曲ばかりで混ぜてみました。
下記LCR Disco-23のリンクボタンを押して頂くと、
MIX CLOUDのページにジャンプします。
楽しんで頂けたら幸いです。

LCR Disco-23
shuroom

  1. Let Me Down Easy / RARE PLEASURE 1976
    1976年ディスコ初期の隠れた名盤でRARE PLEASURE唯一の12inchシングルです。ドリーミィなアレンジと女性ヴォーカルのサビが心地よい、まさにディスコ・ミュージック。イントロのピアノリフは様々なHouseでサンプリングもされました。

  2. Shine on Silver Moon / MARILYN McCOO & BILLY DAVIS Jr. 1978
    元5th DIMENTIONのリード・ヴォーカルだった夫婦は1976年のミディアム『You Don’t Have to Be a Star』でビルボードの一般及びR&Bチャートで1位を獲得しています。そんな彼らが1978年に放った軽快なディスコ・チューンです。共同プロデューサーにはBILLY DAVIS Jr.と並んでSTEVE CROPPERの名前もあります。

  3. Shining / VENUS DODSON 1979
    『Weekend』が有名なPHREEKのヴォーカルVENUS DODSONのアルバム『Night Rider』からの12inch。LEROY BURGESS作曲・プロデュース、TEE SCOTTリミックスの疾走感溢れるディスコ・ブギーです。

  4. Gotta Get It / TONY VALOR SOUNDS ORCHESTRA 1976
    TOM MOULTONと共同で数々のディスコヒットを持つプロデューサーTONY VALORのファースト・アルバム『Gotta Get It』からの12inchシングル。渋い男性ヴォーカルやブリブリのクラビネット音がファンキー度数を引き上げています。もちろんミックスはA TOM MOULTON MIXです。

  5. Ten Per Cent / DOUBLE EXPOSURE 1976
    世界初の一般向け商業用12inchとしても有名なシングル。Salsoulサウンドを象徴するEARL YOUNGのドラムスを強調&ストレッチしたダンサブルなリミックスはWALTER GIBBONSによるもの。House Musicが単純な4つ打ちリズムでも、テクノとは違うソウルやエモーショナルな魅力を併せ持つのは、彼らの生演奏から特にドラムスがサンプリングされていたのもその要因のひとつだと思われます。

  6. Extra Extra (real all about it) / RALPH CARTER 1976
    アメリカの人気子役RALPH CARTERが14歳の時にリリースしたアルバム『Young and in Love』より。当時日本でも大ヒットした懐かしいこの曲も納得のA TOM MOULTON MIXです。

  7. Bourgie’, Bourgie’ / JOHN DAVIS with MONSTER ORCHESTRA 1979
    フィラデルフィアのプロデューサーJOHN DAVISが自身のオーケストラでASHFORD & SIMPSONのガラージ・クラシックをカバーした、プロモオンリー12inchシングル。ディスコ全盛のこの頃は、とにかくたくさんのオーケストラ名義のアーティストがいましたが、JOHN DAVISのそれは『Love Magic』を始め、数多くのヒットを持つディスコ・オーケストラの代表格です。

  8. Theme from “Shaft” / THE LOVE UNLIMITED ORCHESTRA 1979
    BARRY WHITEお抱えのオーケストラ1979年作12inchシングルA面。ISAAC HAYESによる『Shaft』のテーマをオリジナルのクール感を損なうことなくディスコ・カバーしています。

  9. Joyce (instr.) / PAPA JOHN CREACH & THE MIDNIGHT SUN 1975
    どちらかと言えばJEFFERSON AIRPLANEやHOT TUNAなど、San Franciscoロック界隈での活躍が目立っていたヴァイオリニストのシングルで、Buddahレーベルの記念すべき1番目の12inch。こちらもA TOM MOULTON MIXです。

  10. Moon Maiden / LUV YOU MADLY ORCHESTRA 1978
    DUKE ELLINGTONの曲をフリーキーにカバーして、WALTER GIBBONSがリミックスした12inchシングル。ヴォーカルはもちろん演奏やアレンジも一筋縄ではいかない変態ディスコです。
    WALTER GIBBONSは、ダンスフロア向けに音のバランスを変えたり、マスターを切り貼りするなどして楽曲を再構築したリミックス盤制作の始祖。彼がAIDSで亡くなる前年の1993年もDJとして来日しており、体調優れない中でキャスター&背もたれ付の椅子に座りながら真剣に仕事をする姿は今でも忘れられません。

  11. Out of My Hands (club mix) / UNFINISHED BUSINESS 1987
    このレコードだけ1987年のHouse初期作品を持ってきてしまいました。オリジナルはOMNI 1981年の同名曲。歌を含め原曲の魅力を損なうことなく、若かりし頃のFRANKIE KNUCKLESがディープにリミックスしUNFINISHED BUSINESS名義でリリースした12inchシングルです。オリジナルよりリズムをシンプルにする事でグルーヴ感を立て直し、ホーンを加えてよりドラマチックな楽曲に生まれ変わっています。

  12. Cocomotion’ 79 / EL COCO 1979
    RINDER & LEIWSによるディスコ・プロジェクトEL COCOの、サンプリングネタとしても有名な彼らの代表作79年リミックス・ヴァージョン。雰囲気のあるLOFTクラシックです。