CINEMA DISCUSSION -6/『グランド・ブダペスト・ホテル』/ Welcome to Wes Anderson’s World

© 2013 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
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セルクルルージュのシネマ・ディスカッション第6弾は、6月6日に公開されましたウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』です。
全米で新記録の1館当たりのアベレージ動員があったという前評判通り、都内の初週週末は、ほぼ全館全席満席だったとか。
メンバーはいつものように、映画評論家の川口敦子をナビゲーターに、名古屋靖、川口哲生、川野正雄の4名。
今まで取り上げた作品は、それぞれ監督の作品をかなり見ていたのですが、今回のウェス・アンダーソン作品は、川口哲生、名古屋靖は初見。
ということで、ビギナーの視点を交えながらのディスカッションとなりました。

川口敦子(以下A)
ウェス・アンダーソンの映画をこれまであまり見てこなかったということですが、先入観のない眼から見て監督としての面白さはどのへんにあると感じましたか? 世代的には過去にとりあげたジャームッシュやコーエン兄弟とほぼひと世代違う1969年生まれになりますが、ソフィア・コッポラらの含めたアメリカの90年代的感性を担った層との近さ、遠さといったことも少し考えてみたいですが、どうでしょう?

名古屋靖(以下N)
僕は好きになった監督を掘り下げたりするのは嫌いではないですが、それらは極めて限定的で偏っています。その上食わず嫌いと言うか、選り好みが激しいせいか、せっかくの面白い作品を沢山見逃している事と思います。
この映画を見て久しぶりに「映画って面白い」と感じました。
ただ、自分の趣味の範囲かどうか?と言われれば、正直まったく守備範囲外。強力なお薦めや今回のような機会がなければ、きっと映画館どころかDVDでも観る事もなかったと思います。本当にもったいない!
この作品はなかなか突っ込みどころが見つからないほど、エンターテイメントとして完成しています。だから、どこがどうよかったか?という質問には答えづらい映画とも言えます。凝りに凝った数々の素晴らしいパーツ等をいくらなぞっても、その集積以上の面白さや満足感がある事は実際に映画を見てもらわないと分らないと思うからです。

例えれば、キャラクター達はそんなに好きでなくても行けば絶対に楽しめるパーフェクトなアミューズメント・パーク、ディズニーランドに近いかもしれません。
完璧主義っぽい監督の徹底したこだわりが細部にまで及んでおり、脚本も映像も人も舞台も小道具も緻密に練られていて、まさに「ウェス・アンダーソンの世界」がそこに展開しています。
彼の創る世界に素直に身を任せる事ができれば、あとは何も考えずに楽しめばいい。しかし彼の作る世界は、決して難しかったり偏ったものではなく、なるべく多くの人に観てもらうために大きく門を開いているような、暖かさや親しみを感じる魅力にあふれています。そこがディズニーランドと似ているところです。

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川口哲生(以下T)

私もこのシネマディスカッションを始めるまでは、若い頃の一時期のように映画をたくさん見なくなっていました。見逃したりフォローできていない作品や監督も多いです。ウェス・アンダーソン監督について言えば『ダージリン急行』のあの3人が、朱色からオレンジの背景にカメラに正対しているヴィジュアルを見て観ようと思っていましたし、サントラも聴きましたが。
今回GBHを観て、とても面白かったですし、幅広い層の観客をおいていかないエンターティメントと趣味性が両立していて、久しぶりに「映画」を観たという感じがしました。私たちLCRのメンバーの好みもそれぞれズレ(結構大きいズレですよね、笑)がありますが、みんなどちらかというと自分の世界観に引っかかるクセの嗅ぎ分け方が違うと思いますし、アンダーソン監督はなんかその「かわいい」「おしゃれさ」がかえって遠さになっていたという観もあります。
世界観としては私は大好きですね(笑)。一つ一つの細部の積み上げがすごいのに、これ見よがしにならずに(エレベーター内とか1カット1カットすごいのに)全体としてエレガントで、ノスタルジックで、チャーミングな感じ。質感が伝わります。

川口敦子(以下A)
今回、みなさんが過去のアンダーソン映画を見ていないと仰るのをきいて、正直、え、そうなのと意外でした。絶対、みんなはファンだろうなあと思っていたので。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『ライフ・アクアティック』『ダージリン急行』(パート1として併映される短編『ホテル・シュヴァリエ』がまたいい!)と、今回の『グランド・ブダペスト・ホテル』(以下『GBH』)の素敵に勝るとも劣らない世界がこれまでのウェス・アンダーソンの映画にはいくつもあって、映画誌だけでなく様々なメディアにも取り上げられてきた印象があったし、評価も高かったので、その名も面白さもかなり広範に浸透しているものと勝手に思い込んでいたのです。
でも伝わってなかったんですねえ。
しかも伝わっていたら真っ先に喜んでもらえると(決めつけますが)思う、セルクルルージュ(以下LCR)のメンバーにも、というのを聞いて、本当に面白い映画の本当の面白さを伝える努力をもっとしなくては、と改めて反省したりもしたわけです。なーんて野暮ったく深刻な言い方がまったく似合わないのがウェス・アンダーソン監督の映画ですけど。

LCRで取り上げてきたジャームッシュやコーエン兄弟と比べてもより広い観客を獲得する要素を備えた監督ではないでしょうか。あるいは同世代で親交もあるソフィア・コッポラと比べてもより正統的に映画ファンに訴えるものをもっているようにも見えますね。シネフィル的な層にばかり受けるというのでもなく、過度にオタクっぽいばかりでもなく、もちろん怠惰なエンタメでもなく映画の面白さをいろいろに、そしてエレガントに見せてくれる、娯楽映画の王道をきちんとまず押さえているのがアンダーソン監督のよさで、また強さでもあるので、広い層に支持されるのがいっそ当然、というか当り前にこういう映画が見られているというのが、映画が世界的に国民の娯楽として機能していた時代にはあったんでしょう。それが健全な状態じゃないかしらと。

川野正雄(以下M)
僕がこれまで見た作品は『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』だけです。その時は仕事でサントラを使いたい企画があり、観に行きました。初めて見た印象は、随分洒落た演出で、細かい気配りが効いているなという点です。
ただ自分がずっぽりはまるタイプの映画ではなかったので、何となく『ダージリン急行』とかは、見逃してしまっています。
ブレイクした順でいうと、サンダンスから出てきたアメリカン・インディペンデントの主流を作った監督たち、同じホテル物『フォー・ルームス』のタランティーノや、アリスン・アンダース達よりも、二世代くらい下ですよね。
サンダンス組でいうと、今やメジャー監督のブライアン・シンガーやデビット・O・ラッセルよりもさらに後、年齢的にも若い。
だからセンスというか、表現のアプローチや、演出で凝る部分の違いを、タランティーノ世代とは、違うな〜と感じました。

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A:
確かに、長編デビュー作『アンソニーのハッピー・モーテル』(96年 劇場未公開)の頃は、サンダンスの薫陶を受けた同時代のインディ(まずモノクロの短編を撮って、認められサンダンスのラボに参加。という経路はハリウッドがインディ新星に注目した90年代にアメリカ映画の常道のひとつとになってましたね。『アンソニー~』のもとになった短編の時点では『パリ、テキサス』の脚本L.M.キットカーソンが絡んでいます)の中でも、少し前のタランティーノのがむしゃらさに比べると、同じテキサス州のオースティンを拠点としたリチャード・リンクレイターの、当時、“X世代”なんていわれた青春もの――の系譜にあてはまりそうな部分もあるんですけど、既にこの時点でそれだけじゃない何か、生きることの普遍的な厳しさを、笑いをまぶしつつも見すえて、それをきちんと物語りとする力を備えている気がしました。

『アンソニー~』では ピンボールの場面とか、トリュフォーの『大人は判ってくれない』にさりげない目配せとなっていて、後に撮ることになるCMで自らも出演して『アメリカの夜』リスペクトを表明したアンダーソンのヌーヴェルヴァーグ好きがみてとれる。その後の映画でもタランティーノ的に見て見てこれも見てというような好きの示し方ではないけれど、いわゆるオマージュ的な過去の映画の取り込みはありますね。
『ダージリン気急行』のルノワール『河』や『~テネンバウムズ』のオーソン・ウェルズ『偉大なるアンバーソン家の人々』とかはよく指摘されています。ただし引用されるのは映画だけでなく絵画や音楽(ブリティッシュ・インヴェイジョン系が好きとのコメントを読んだ気がしますが、音楽にはDEVOのマーク・マザーズポウがずっと参加してきた。『ムーン・ライズキングダム』のベンジャミン・ブリテン「青少年のための管弦楽入門」とか、古典も守備範囲)文学(ターザンで知られる作家エドガー・ライス・バローズが曾祖父にあたるそうです。

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『GBH』ではツヴァイク、『~テネンバウムズ』ではJ.D.サリンジャーーがモチーフになっています)の分野でも、これでもかというやり方でなく、でも気づいてみるとどんどん興味深くなるように知識や愛が鏤められている。
『GBH』では絵が筋の上でも重要な役割を果たしますけど、『~テネンバウムズ』でも『天才マックスの世界』でも、壁には登場人物の性格描写として連動したり、そうでもなかったりするんですが、ともかく額に入った絵がずらりとかかっている。まあ、そうやってアートを金としてみせびらかすことを疑いもなくしているアッパーミドルな暮らしや私立校の世界を、叩くのではなくある種、受容しながら皮肉るスタンスも面白い。映画だけじゃない引用という点に戻れば、ああ、映画って総合芸術だったんだなと、ちょっとまぬけな感動を噛みしめたくなったりもしますね。往年のハリウッド映画がそうだったように、衣装とか装置とか、小道具とかすみずみまで楽しませてくれる意匠がある。
自分の世界を妥協なしで追究するという意味でのインディペンデントな作家精神を保持しながら、でもハリウッドである程度の規模の予算や演技の質を確保して撮る方がふさわしい映画だと自覚しているような点もいいと思います。テイストは違うけどそこは、やはり自分の独特の世界観や感受性とハリウッド的作品スケールの両立の上に作家性を輝かせているティム・バートンの行き方とも通じているかもしれませんね。

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M:
今回の作品も、フォックス・サーチライト・ピクチャーズ作品ですよね。確かサーチライトの第1作は、サンダンスでグランプリを取ったエドワード・バーンズの『マクマレン兄弟』だったと思うのですが、その頃、隆盛を極めたメジャー・マイナー=ミラマックスを頂点とするスピリッツみたいなものを、感じました。

A:
これまでの映画でもいえるのですが新しさよりは少し懐かしいオーセンティックなものへの興味が映画を貫いているように思います。今回のグランド・ホテルという欧州、貴族社会の社交場として機能した(昨今はやりの隠れ家的なプチホテルとは別の)時空の取り上げ方もそうですね。あるいはルビッチの映画やヒッチコック30年代の映画を今回、参照したといっていますが、目配せとか引用とかということよりも映画的表現としてもまた新しさよりも正統を睨んでるところがあるように思いますが、どうでしょう?
例えば手持ちの移動撮影が流行りの昨今ですがあくまでトラッキングショットにこだわるとか、演技や世界の作り方にも自然主義ではない徹底した様式を究め、そこにリアルさを現出(架空の国をリアルに撮ることの完璧さ)させていますが?

N
特にホテルの色々なシーンで左右対称シンメトリーの平面構成を目にする事が出来ます。理想的な様式美を積み重ねる事で架空の国ながら歴史あるヨーロッパを見せてくれています。
しかし、如何にもヨーロッパ的な長い年月を感じさせる塵の積もった重厚さではない、もっと軽くてファッショナブルな様式美で描いているところに監督の強いこだわりとお洒落なセンスを感じます。
お話も思ったより人が次々死ぬわりには軽快なリズムで進んで行くし、そこかしこに、くすっと笑いがちりばめられていて、上品なコメディーの雰囲気もあります。それ以外にも魅力盛りだくさん過ぎて下手するとハチャメチャになるところを上手にまとめて見せているのは、撮影方法も含めて、ギリギリや異系を好まないオーセンティックなものを好む監督の安定したバランス感覚が理由の一つかもしれません。
また、一昔前のアメリカ人なら、ヨーロッパに対するコンプレックスや憧れの気持ちをもっと露骨に表現したはずが、この作品を観るかぎり、世代の違いなのか何の気負いもなく余裕すら感じさせます。
GUCCIのクリエイティヴ・ディレクターにアメリカ人のトム・フォードが就任した時も時代が変わった事に驚いたものですが、今回の映画を見ても次世代の人々には、ヨーロッパとアメリカの距離感と言うか上下関係は近づきつつあるのを確認出来ました。

T
今回の映画のキーとなる色彩のグラデーション(キーであるMENDL’Sの菓子箱や配送車、ホテルの外観のピンク、内装の赤から朱色、そして紫の衣装(グスタヴなんて紫に赤のパイピングのあるジャケットにラベンダーのパンツ!)が設定の東欧、ゼロ・ムスタファの出自も相まってすごくノスタルジックだけど、正真正銘のヨーロッパの中心とはまた違う、「架空の国リアルさ」を生んでいるように思います。
わからないけれどエンディングのコサックダンスみたいなアニメや、パリのジョー・ゴールデンバーグで聴くようなジプシーぽい音楽など中心ではなく周縁といった外し方も、監督の価値観なのかな。(cf.ダージリン急行も)

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A
単なる懐古趣味とかレトロ・ブームみたいなものとは違う感触、いつの時代にもある失われた美や価値への郷愁のようなものではあっても、そこに絶対的な喪失感が淡くしぶとく漂っているといったらいいのかな――『GBH』の頭にある本の導入部、既に失われた価値を思ってその価値の失われた時代を生きるというような、オーセンティックなものへの興味がアンダーソンの映画を貫いているように思います。あるいはルビッチの映画やヒッチコック30年代を参照したという点に関しても、目配せとか引用とかということだけでは語り切れない姿勢を示しているのではないでしょうか。
M:
僕は何故かビリー・ワイルダーを、ウェス・アンダーソンから連想しました。ビリー・ワイルダーはハリウッドの人ではありますが、東欧(ハンガリー)の出身でアメリカに亡命、生粋のアメリカ人とは全然違う監督で、ヨーロッパ的なエッセンスの強い人です。
しかも彼の育った街の名前はスハ・ベスキヅカ(ドイツ語でズーハ)というらしく、どことなく今回の舞台ズブロフカと近い響きがあります。
ビリー・ワイルダーというと、後年のコメディのイメージが強いけど、初期の作品は、レイモンド・チャンドラーが脚本書いた『深夜の告白』とかは、素晴らしいフィルム・ノワールだし、ヘップバーンの『麗しのサブリナ』のお洒落さとか、すごく多彩な人なんですよね。
若い頃は『フォー・ルームス』の舞台になったシャトー・マーモントに籠って脚本書いていたりしたそうです。
豪華キャストの使い方、軽やかな演出、スノッブだけど嫌みじゃないセンスなど、どこかでビリー・ワイルダーのオーセンティックな部分も、アンダーソンは意識しているのではないでしょうか。

A:
ストーリーテリング、その効率を究めるということが根幹にきちんとあるのもいいと思います。今回の映画にしても話はここからそこへと複雑にこんがらがっていく、けれどもそれを単純に無駄なく語ってみせる、潔さと呼びたい物語術を身につけている。ばたばたと登場人物が死んでいくのも、要らない説明や自分のこだわりよりは物語の醍醐味を優先するやさしげな監督の外見からはちょっと想像できない作り手としての厳しさがあるようで興味深いですね。そしてその厳しさ、優雅な酷薄さが、現代のインディにもハリウッドにも欠けている、往年の監督たちの当り前の力だった、それが正統的な価値だったといえるようにも思います。このあたりは語り出したらきりがないのですが、最初期からアンダーソン映画を追い監督にインタビューもしてきたMatt Zoller Seitzによる”The WES ANDERSON COLLECTION”というヴィジュアル本が素晴らしく視覚的に監督の世界を掘り下げてくれているので、重くてベッドではなかなか読めませんが、ぜひご一読をおすすめしたいです。
“MUSEUM OF WES ANDERSON”という彼の世界観をガイドする映像もあります。

A:
その意味で単にかわいい、おしゃれ(そのポイントも現代のアメリカ監督では他に追随を許さぬものがありますが)だけでない衣装、セット、小道具等々の細部が光りますがそのあたりについてはどうご覧になりましたか? 
N:
お菓子のパッケージがかわいかった。色やロゴを含めたデザインはもちろんの事、リボンを使った箱の閉じ方など、実際にありそうな方法で可愛くて贅沢な小箱。もちろんお菓子自体やお菓子職人の彼女も含めて、このMENDL’Sのエピソードやビジュアルが映画全体をお洒落で軽快なタッチになるよう一役買っていますね。

A:
例えば今回の東欧の表現にしても冷戦時代を通過したホテルのがらんとしたスペースの作り方とかベルエポックがら大戦を経た西洋文化や貴族社会の興亡、時代への目としてみても、面白いと思います。
壁が崩れる前のベルリンに映画祭で通った頃、東側に行くと、整然とした道路の広さとか、佳き時代の名残りをとどめつつ、同時に西の物質的な豊かさから取り残された索漠とした感じが相まった奇妙な時空にすべり込んだ感じがありましたが、その面白さを映画のホテルの時代による移り変わりがよく掴んでいるように思いました。
でもリアリズムとは違うんですね。ホテルのスタッフのユニフォームの紫とか、真っ赤なエレベーターの内装とか、すごくありそうだけど現実とは違うでしょう、違うけれどリアルに感じられるという微妙な線をついてくる。その突き方がセンスのよさなんだと。
衣装で印象に残るものは沢山ありすぎですけど、中で例えばつなぎというかジャンプスーツというか、DEVO的衣装が『アンソニーの~』の頃から繰り返し各作に、その映画の意匠に合わせて微調整しつつ登場してきて、基本は登場人物を語るためのルックであり衣装なのですが、静かに趣味も盛り込まれてる感じがします。

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M:
ロスのビバリーにあるバーニーズ・ニューヨークと、この映画のファッション、パッケージ、インテリアなどの空気感が近いと思いました。
監督の私服も、バーニーズに売ってそうだし、アメリカの中での究極のセンスの良さというか、そういうイメージです。
ロスのバーニーズは、ニューヨークのバーニーズよりも、コンシェルジュやバレットパーキングなどのサービススタッフ、店内のカーペットの色使いなどの内装、そういったエッセンスが、すごく作り込まれていて、洗練されているんですよ。
PRADAのCFや、今回のウイリアム・デフォーのジャケットなんかも、すごくバーニーズ的だと思います。

A:
箱庭的、ミニチュア的、ドールハウス的、断面的な世界、その完璧な作り上げ方についてもご意見を。

N:
箱庭的、ドールハウス的な世界についてですが、監督の予算と今の技術があればCGでいくらでもリアルなホテル外観は表現出来たはずです。しかしそれを選ばない監督の美的センスに賛同します。決して諦めではない、ありきたりでない表現方法を模索した結果があのミニチュアであり、結果この映画のかわいいイメージを決定づけています。

A:
箱庭的、ミニチュア的、ドールハウス的、断面的な世界もまた趣味、個人的嗜好を反映しつつ、スタイルとしてもう少し美意識を絡めた選択なのかしらと思えます。横移動の多用、スコープサイズ(今回はスクリーンサイズの時代による変化が断行されていますが、『~アクアティック』でも最初の所のプレミア上映される海洋ドキュのスタンダードサイズを両脇のカーテンでさらりと示していた、ちょっと先行する実験として面白いですね)とも関連していると思いますが、ともかく『~テネンバウムズ』の一家の家、外観と各階の示し方、『ライフ~』の海洋冒険記録映画チーム兼研究者兼疑似家族の拠点となる船、ストップモーション・アニメーション『ファンタスティックMr.FOX』の家等々、その小宇宙の断面的切りとり、完璧な作り上げ方にはついつい引き込まれずにはいられない磁力があります。これは小さな予算で現地でありものを利用して撮るインディ映画(『ストレンジャー・ザン・パラダイス』とか、それゆえの面白さが光る映画ももちろんあります)ではなく、やはりセットの力がものをいうわけで、先ほどふれたスタジオ時代のハリウッドとも通じる作品規模が必要という点につながってくわけです。

衣装もキャラクターを真正に描く上で凝るというのが大前提でしょうが、でもこの人、服が、着ることが、好きなんだろうなあという感触が映画から溢れ出てきて目につきますね。監督その人の着こなし(本人のインタビュー動画もぜひチェックしてみてください)を反映して、プレップ校仕込みの崩しトラッド技がその映画の中でも楽しめる。ちょっと子供の頃をぬけだせないキャラクターのお子様なお洋服をぬけだせない、みたいなナード系も楽しくて、『~テネンバウムズ』のビル・マーレイの研究対象の少年とか『ムーンライズ~』のボブ・バラバンの真っ赤なダッフルコートとか、あと足元のつんつるてんぶりの可愛さ、計算されたソックスの色使い、毛皮にだってローファーってあたりも好きです。Mr.FOXのコージュロイのスーツ、肩回りをきつきつにフィットさせるのがウェスの好みとか、パンツのすそは短めにとか特典映像の出演者やスタッフのコメントからも監督自身のファッションが映画のキャラクターに投影されているのがわかります。

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M:
登場人物が人形のように見えるのは、すごく特徴的だと思います。
どうやったら、ああいう風に人形的に撮れるのか、よくわからないのですが…。
キャラクターの造形が、アニメチックな訳でもないのですが、リアリズムとは対極にある戯画的なスタイルで、それが独特の世界を構築して、楽しい。
当然相当ポスプロには予算がかかっているでしょうから、ある程度のバジェットがないと成立しない世界なのかもしれませんが。
今回も色んな俳優が出ていますが、明らかに監督にデフォルメされてしまっていますね。ハーヴェイ・カイテルやティルダ・スウィントンが、その代表格ですが。
多分脚本だけ読んでも、この映画の素晴らしさって、わからないんじゃないかなと思いました。
脚本の先にある部分、それがきっと監督の頭の中には構築されていて、それはもう誰にも想像もつかないし、追いつかない世界。
ブラッド・ピットを使ったソフトバンクのCFを見ても、彼の卓越したイマジネーションの一端が感じられると思います。

A:
で、ちょっと脱線ですが監督のおしゃれ度で見た映画はありますか?
N:
作る映像のお洒落具合でなく、ご本人のおしゃれ度となると、正直、監督さんでお洒落だなあと思った人は思い出せません。ウェス・アンダーソン監督は確かにちょっとおしゃれさんですね。

A:
少し外れますが取材の記憶でいうとポランスキーがおしゃれでしたね。ロケ取材だったのでいってしまえば現場の作業衣なんですけど、いかにも上等なVネックセーター(ベージュ。茶系のグラデーション使い、色の統一感はアンダーソンのお得意技ですね)を脱力でふわっと纏った感じが、『チャイナタウン』に出ていたご本人を思い出してもらうとわかりますが、決してルックス的に恵まれてはいないのに、ゲンスブールとも通じるのかな、いい感じの作り方をみせない見せ方の年期が入っていて、おおっと感じ入りました。
撮影風景のスナップとかをみるとアンダーソンも“脱力”ができてますよね。あと、現場につきもののTシャツルックみたいな写真を見た覚えがない。それこそ往年の監督たちの現場での簡素だけれど正装の基本、そこに崩しをさらっと入れていて、憧れます(笑)
ポランスキーといえば彼の『ゴーストライター』で素晴らしい味を出していた女優オリヴィア・ウィリアムズのよさを最初に見せたのがアンダーソンの『天才マックスの世界』だったんじゃないでしょうか。アンダーソンはポランスキー・ファンと認め、怪物的監督ジョン・ヒューストンの娘で怪優ジャック・ニコルソンのフィアンセだったアンジェリカ・ヒューストンだからこそ怪物的父で夫のロイヤル・テネンバウムと堂々、拮抗する一家の女主人役に起用したといってますね。
もしかするとそんなアンダーソンに興味をもってポランスキーは『天才マックス~』を見たのでは、そこで女優ウィリアムズを知り『ゴースト~』に起用したのではないか、なんて想像したくもなります。
この際だからさらにいえば『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のM・ブランドが飛び降りる前にガムを手すりにつけるように、ガムをちょこっとだして壁につける場面をアンダーソンが繰り返し撮ってるのを見たベルトルッチがお返しのように『ドリーマーズ』で『~テネンバウムズ』みたいな室内テントの場を撮り、『孤独な天使たち』で『~アクアティック』のポルトガル語のボウイに目配せしてイタリア語の「スペイス・オディティ」を使ったのではなんて、思うと楽しくなってきます。

M:
ポランスキーはお洒落ですが、割とシンプルですよね。僕がカンヌで見かけた時は、アイボリーの麻のジャケット着ていました。
以前デビット・O・ラッセルと話した時に、「ポランスキーいいよね」という点で、意気投合しました。
アメリカのクリエイティブな監督達に、ポランスキーが与えている影響って、かなり大きなものがあるのでしょうね。
ポランスキーもポーランドで東欧出身。ビリー・ワイルダーと同じく亡命者です。
今回の舞台設定や時代設定から、そういう先輩監督へのリスペクトとか、文化的な憧憬、そういった要素もあるのではないでしょうか。
監督自身のスタイルでいうと、ウェス・アンダーソンは飛び抜けていますね。ビスポークスーツにワラビー合わせるみたいな、ヨーロッパ的な着こなしが巧いです。
映画監督って、ものすごく考えなくてはいけない事が多いから、自分のファッションまで気を回す余裕がないんじゃないかなって、個人的には思っています。
だからいつもトレードマークのように同じスタイル(服は違っても)の監督が多いような気がします。
自分のファッション考えるより、役者の衣装や美術考えたい、そう考える人が多い職業ではないでしょうか。自分のスタイルはいつも同じような感じで、上質なものをその範囲で選べばいい、独断的ですが監督のスタイルって、そういうイメージです。
この映像で、少しアンダーソンのファッションが見れますが、現場で動きにくいスタイルで、演出しています(笑)。

A:
ついでにホテルが舞台になった映画で記憶に残るようなものもありますか?

N:
ホテルが舞台の映画については、好きなのはS.キューブリックの『シャイニング』。
厳密に言うと冬期休業中のお話なのでコンシェルジュも客もいませんし、ちょっと違うかもしれません。

M:
さっき言った『フォー・ルームス』。
気になって、一度シャトー・マーモントに泊まってみました。
ホテルスタッフが主役という点でも、この映画とは近いエッセンスがありますね。

A
アンダーソン自身の映画でも、実はすでに『~テネンバウムズ』のロイヤルがホテル暮らしからエレベーターボーイに転落するとか、『~アクアティック』のシトロエンっていう名の島の四つ星ホテル、主人公がハネムーンに行ったけど、今は廃墟のそこで銃撃戦という展開がありました。短編『ホテル・シュヴァリエ』の黄色いバスローブも忘れ難いですね。

A:
ボーイズクラブな映画(繰り返される父と子のテーマも含めて)という面も一貫していますが、女性の描き方についてはどうみますか? キャスティングについては?

N
グスタヴとゼロの関係は見ていて気持ちよく一貫していましたね。父と子ではないですが、描かれている師弟関係は親子以上の絆を感じました。さらにコンシェルジュ友愛会のまさに(オールド)ボーイズクラブ的な活躍は、ヨーロッパの歴史と信仰や規律を気持ちよく見せてくれたと思います。
どうしても登場人物については豪華な男優たちに目が行ってしまいます。良く練られた納得の配役は俳優陣もノリノリで演技している感じが良く出ています。全てのキャストが適材適所に配置されていて、時代の流れに合わせて役者が入れ替わっても分りやすく、違和感ありませんでした。
女性の描き方は少々供え物的扱いな感じが。
何故頬に大きなアザがある必要があるのか最後まで分らなかったゼロの彼女アガサは可愛く描いてたけど、ティルダ・スウィントンの役柄マダムDは、中身はともかく外観はもはや女性という歳では無かった。
今回の映画は確かにボーイズクラブな印象で、女優の出る幕はあまり無かったように感じます。

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T
グスタヴとムスタファの関係は父子でないが故に深い師弟愛に満ちたものに思えました。ポエティックな言い回しでのゼロとアガサへの教えは微笑ましいですね。アガサは数少ない女性としてきちんと描かれた登場人物だと思います。
アガサはのあざは(ティルダの原形を残さない老いも)不完全性の象徴かもしれないが、そんなものを飛び越えたようなまっすぐさは監督の女性像なのかも知れません。

M:
『アデル、ブルーは熱い色』のレア・セドゥが出ているんですよね。彼女はPRADAのCFにも出ていますが、ちゃんと抑えるキャストは抑えているんだなって(笑)、思いました。
ウイリアム・デフォーは、僕がベルリン映画祭行った時、審査員やっていて、よく見かけたんですが、すごく渋かったです。久々に彼を生かしきった作品を見たように思います。

A:
次にこんなものを撮ってほしいというのはありますか?

N
まずは、ウェス・アンダーソン監督の他の作品をチェックしないとダメですね。
今回も含めて、自分の趣味や傾向とは関係ない所にこの監督の作風があります。
ですので、希望はありません。
全編よかったのですが、エンドロールが楽しかった。その時に出てくるスクリーン右下のアイツの動きがスゴく良かったw 。この辺も含めてすごいお金掛かっているのに、力の抜けた軽さと余裕がおしゃれでかわいい映画だと思います。
今回のような完璧主義的な作り方をしていれば、次回も是非観たい監督です。

M:
僕も名古屋君と同じなのかな。すごく良いのですが、自分とは距離感があります。
だから次回作って言っても、難しいな。
自分の想像つかない世界の監督ですから、いつまでも自由に作って、驚かせて欲しいです。

A
戦争映画を撮らせてみたいです。今回も、これまでもちょっとそういう場面はあっておっと引き込まれましたが、長編として見てもたい気がします。
『ホテル・シュヴァリエ』の続きの恋愛映画も月並みな希望ですが見たいです。

『グランド・ブダペスト・ホテル』
TOHOシネマズ シャンテ、シネマカリテ ほか 全国公開中

配給:20世紀フォックス映画

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