Cinema Discussion-12/『EDEN/エデン』 DJ in Paris

© 2014 CG CINEMA – FRANCE 2 CINEMA – BLUE FILM PROD – YUNDAL FILMS
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新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション、12回目となる今回は、クラブDJの心象風景や活動に挑んだ意欲的なフランスの音楽映画『EDEN/エデン』です。
セルクルルージュの当初からのコンセプトでもある音楽と映画をクロスオーバーさせた作品であり、これまでも多く取り上げてきたフランス映画ということもあり、この『EDEN/エデン』は、特集的にこの座談会だけではなく、映画監督中野裕之さんのレビューや、川口敦子による監督インタビューも、今後アップしていく予定です。

出演者には何回かここで取り上げたギョーム・ブラック監督作品の常連ヴァンサン・マケーニュや、『フランシス・ハ』に主演したグレタ・ガーウィグもいて、セルクルルージュには馴染みやすいメンバーが並んでいます。

ディスカッションメンバーはいつものように川野正雄、名古屋靖、川口哲生、映画評論家川口敦子の4名に加え、特別ゲストとして、下北沢ZOO、SLITSというクラブをオーガナイズした山下直樹さんにも参加して頂きました。今回もナビゲーターは川口敦子です。

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川口敦子(以下A)
この作品は珍しいクラブDJにフォーカスした映画です。多分ここまでフォーカスした作品は無かったと思いますが、どのような印象でしたか?

名古屋靖(以下N)
ちょうどこの映画の設定とほぼ時を同じくして、90年代初頭ヨーロッパを発端にSecond Summer of Loveのムーブメントが起こり、4つ打ちのDance Musicでひたすらに踊るRaveやPartyが一般的になって行きました。Hip Hopカルチャーは別として、このころからRockではなくDance Musicが不良な若者達の音楽の代名詞に取って代わって行ったように感じます。憧れがロック・ミュージシャンでなくDJに向かうのも自然な流れとなった後、クラブDJにフォーカスした青春映画の登場は必然だったかもしれません。
さらにジャンルの細分化が進行し、繁栄と衰退のスピードも加速度が増している現在、昔のように十把一絡げで人々をひとつにまとめる力はもう音楽にはないのかもしれません。そんな現状では自分まで届かない新しい音や情報も多く、僕らもまだ未聴のものに対して積極的にチェックを怠らないようにしないと、せっかくの素晴らしい音楽を知らずに死ぬのは不幸です。もし、HouseやGarageを知らない方や今まであまり好きでなかった方も含め、この映画を観てこれらの音楽の素晴らしさを少しでも知ってもらえたら嬉しいです。定額制聴き放題が主流となりつつある今、「No Music No Life」とは言えないほどすでに音楽は価値のないものに変貌しつつあります。そんな時代に『EDEN/エデン』はGarage/Houseというマニアックな音楽を主役にしたとても貴重な映画だと思います。

山下直樹(以下Y)
思っていたよりドラマな内容でした。DJといっても色々なジャンルがあるわけですが、ガラージというジャンルであるから、
こういう悲哀が出るのかなと思いつつ、一般の人がそんな細かいこと分かるのかな?とも思いました。
が結果としては流行廃りに翻弄される若者という大きな括りで理解は可能なのかな〜とか。

川口哲生(以下T)
80年代の半ばから90年代にかけて、いわゆるクラブやDJが音楽好きな人間にとってライフスタイルの大きな部分を占めた時期があったと思います。いろいろな時代や都市で、その時々のアートや音楽とのかかわり方で、ジェネレーションを切り取って描いてきた映画にとって、この時期を『あの時代』という共感や自分にもあるほろ苦さを持って描くにはクラブDJへのフォーカスは必然だったと思います。それもニューヨークやロンドンで無くパリというのが面白いと思います。

川野正雄(以下M)
自分もDJをやっていたので、よくわかるのですが、高揚感、追求心、喪失感など、DJをやっていると誰しもが経験するDJの心象風景が、うまく描かれていて、すごく共感を覚えました。
多少売れても経済的に苦しい様子などは、東京もパリも変わらないのだなと思いました。
全編を通じて、すごくリアリティのある映画だと感じました。
音楽の力を信じている若さの時代、そして音楽だけでは出口の見つからなくなる時代。
音楽と向き合いながら、どう生き抜いていくのか。
そういう事を考えさせれられました。

A:実の兄をモデルにし、彼自身も脚本に参加していることもあって、単にクラブ・シーンを追うというより、あくまで人とその生の行路に寄り添っていく視点が監督のこれまでの映画とも一貫したものでいいと思いました。
クラブDJという存在をファショナブルに描こうとは全然していない点もいいですね。その世界ならではのリアルさをきちんと押さえ地に足ついた描写にしているように見えました。同時にどんな世界にも通じる好きなことに夢中になり、行きづまり、という普遍性も視界に入れているあたりもミア・ハンセン=ラブの映画だなあと感じました。

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A:青春映画としてはどのように評価しますか? 共感出来た部分はありますか?

Y:個人的にはどの役の人にも感情が移入出来なかったので ? なんですが
クラブを運営する側の目線には共感出来ました(笑)

N:青春映画に共感できるほどもう若くはないのですが、シーンの描き方や、主人公の当然のようにダメになっていく姿はリアリティがあり、見ていて不服ありませんでした。過剰な演出を避けてあえて淡々と時が進んでいくのも現実的で説得力ありました。

T:青春映画というと気恥ずかしいけれど、まさに自分たちが生きてきた年代とも重ね合わせてみました(年代としては一回りぐらい上になるのだけど)。特に駆け出しのころの、すべての出会いが活き活きとしていて、それを共有する仲間たちがいるあの感じ。将来は見えないけれど、何か自信に満ちた日々。年代の切り取り方をかければ『グリニッジヴィレッジの青春』とかにも通じる「何かが生まれる前夜の高揚感」とでも言うのかな。
そして、それを取り巻く腺病質的シリルや写真家の女の子や、神学専攻しているルイーズとかの群像としての感じ。
それに自分も住んでいたときのパリでの生活も重なる、たとえばルイーズがバイクの後ろに乗ってセーヌ沿いを送ってもらうシーンや、パーティの後でのピエ・ド・コションでのたわいも無い盛り上がり等々がまさに「青春映画」としてキュンときました(笑)。
MOMAのPS1でのピークから翳っていく中でのガールフレンドのタイプの変化やその関わり方の中に描かれているものにも大いに感じるものがありましたが(笑)。

A:前のコメントとも関連しますが、人を中心に描き、また今回は20余年をカバーする群像劇でもあるので、普通の青春映画としても面白く見ることができました。
冒頭のパラダイスへの巡礼部分、パリの地図帳を繰って場所を確認するところとか、名画座の場所を探してって自分の経験とも重なる感じでジャンルは違ってもすることは同じ、という意味でも何かに夢中になる、ひとつの季節の始まりから終わりまでを、感傷に堕すことなく、といって冷たく突き放すのでもなく静かにみつめる姿勢が好きですね。

M:時代ごとに主人公のガールフレンドが登場してきますが、彼女達の付き合い方は、実に等身大で、DJやクリエイティブな事を目指す若者達にはよく見かける風景だったと思いますが、微妙な男女の琴線が描かれていて、良かったです。
ガールフレンドの女性達は、自分の知り合いにもいそうな感じで、親近感を感じました。
それからDJだけではなく、コミックや写真など、クリエイティブ集団で活動しているのが、フランス的だなと思いました。フランスやパリというロケーションで、若いアーティスト達が生きている〜そんな印象がありますね。

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A:フランスのクラブシーンや、DJの生活が描かれています。
イメージしていた或は体験したクラブシーンと比べて、リアリティのあるものでしたか?
クラブシーンの本場であるアメリカやイギリスでもなく、フランス独特の要素を感じる部分はありましたか?

T:音楽的にハウスにはまっていたわけでないから、88年から89年にパリに住んでいたころは、セーヌの船でやるレゲエのダンスホールとか変なところの方が行っていました。
ロンドンから来る友達は、「パリは音楽的にはダサい」といつも言っていました(笑)。
でもそのころ、RADIO NOVAがWORLD MUSICとかスポットを当てたり、デビッド・バーンやメシオの生声で「やっとパリで聞くラジオができた」みたいな番宣やりだしたり、映画の1シーンのような局のジングルを作ったり、私の中では結構カッコいいなと感じていました。RADIO FGはエレクトロ・ディープハウスみたいな感じで私は聞いていませんでした。
一度キッド・クリオールの奥さんのアドリアーナから紹介されたパリのモデルみたいなカップルを訪ねたとき、大箱のクラブに連れて行かれたけれど、まさにエレクトロハウスって感じでした。ゲイぽかったかな。
その後に川野くんとも80年代初めに行ったバン・ドゥーシュに流れたけれど、
感じるのはパリにはやっぱりクラスがあるから、ドレスで決めたこの映画のマルゴみたいなおばさまが遊んでいるんだよね。行くとこにもよるのだけど、ブルジョアの遊び人おばさまみたいなのがパリのクラブの独特さみたいにも感じる(笑)。
この映画よりちょっと前の時代ですね。

M:パリのクラブは、最初に行ったのが、1981年です。川口君と一緒にル・パラスやヴァン・ドゥーシュに行きましたが、当時から打ち込み的なDANCE MUSICが結構かかっていた印象があります。
その時はYMOや、ブロンディの『RAPTURE』がかかっていた事を覚えています。
お客さんはお洒落だけど、すごくアヴァンギャルドや印象は無く、特に踊りが旨いとか、そういう印象もありません。当時流行り始めたエレクロニック・ポップスの印象だけが残っています。
そういう意味では、この『EDEN/エデン』と、相通じるものがあるのかもしれません。
DJの感覚でいうと、フランスは英国や米国或はドイツのようなクラブミュージックの原産国ではありません。fnacで売っているようなアフリカ系のサウンドやセルジュ・ゲンズブールのようなフランス独自の音楽文化もありますが、クラブミュージックを輸入しているという点では、日本と同じような感覚だということが、この映画からも強く伝わってきました。
そういうバックボーンなので、NYに行ってすごくハイテンションになったり、テコ入れに米国からDIVAを呼んだり、リミックスに力を注いでいったりする感覚は、すごくよく理解出来ました。

N:90年代フランスには行っていなかったので、現地のクラブシーンを直接見たわけではないですが、監督のインタビューにもあるように、かなりリアルに描いているように思います。当時必ず週2回Houseのレコードを買って、毎週末西麻布・六本木・芝浦方面に遊びに行っていた頃の東京のクラブシーンとも重なります。ただ、東京のシーンとこの映画との違いは、オーディエンスが踊りながらヒット曲をみんなで歌う点です。日本人は英語が苦手なので、流行っている曲をフロアでみんなで大合唱する事はまずありませんでしたね。

A:残念ながらもともとそんなにあるわけでもない私のクラブ・ライフは80年代半ばで終了しているので、特にフランスに関しては往時も触れていないので何とも言えない所です。
ただ、クーポールがああいう形で使われているのかというのはちょっと感慨深いものがありました。『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のダンスもあそこでしたよね。
ジョニー・アリディの娘のローラ・スメットの演じるマルゴーの感じはでも、なんか雰囲気でてるなあと、友達にいるかもという感じで微笑ましかったです。

Y:リアリティはあったと思います。自分は多くのDJやラッパー、バンドの人たちと接しましたが
自分があの主人公の立場であるDJとして動いてないので正確かどうかは今でも分かりません。
ただクラブをやっていた自分が見ても陳腐な表現がある箇所はなかったように思います。
DJがお店側からお金を払っていないゲストが多すぎると指摘されるシーンは笑えました。
同時に他所のクラブは最新のテクノ?か何かでお客さん集めてるから君たちもそれでいけとか
言われてましたが。自分はそういう乱暴なことは言わなかったですけど(笑)
ゲストの数の規制は細かくやっていたと思います。メンバー一名につき5人でその中に彼女や親友とか
すごく近い人を必ず含めるようにとか、、、(笑)そうしとかないと別枠で来られてしまうからです。
「リストに名前無いよ」というと「すみません彼女なんです、お願いします!」とか言われて断れないので(笑)
こういうやりとりはクラブ特有のものではないでしょうか。ライブハウスでもゲスト枠というのはあるかと
思いますがクラブのそれとはニュアンスが違っていると思います。店内に人が一人でも多くいるというのは
イベントにはとても大切なことです。タダで入っているゲストは人の少ない時間にフロアーで踊ったりして
その日の演出に一役買う立場でもあるからです。そこが受け身に徹するライブハウスのゲストとは意味が違うところです。
ただしそのゲストを上手くコントロールしないとタダで入りたがる知り合いだらけになってしまうし、
そのゲストが外出してコンビニでお酒買って飲んで来られたりすると、クラブはお酒でも儲かれない(笑)
トータルの売り上げが悪いとDJのギャラも下がってしまう。一番得するのは誰なのか、、、、
それはその日を楽しみにしてきたお客さんになっていることは間違いないのですが、ここが歪んだ世界であると思います。
そのお客さん達が毎回増えていけば良いのですが、飽きられたりするとそうもいかなくなりますので。
あの短いシーンの意味は自分には瞬時に理解出来る場面でした(笑)そういうこと普通に伝わるのかな〜??(笑)
あとラストシーンは良かったです。出来たら主人公が関わった女子をあそこに全員出して踊ってほしかったですかね(笑)

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A:作品は前半パート『PARADISE GARAGE』と後半パート『ロスト・イン・ミュージック』に分かれています。
それぞれの見所は、どういう部分でしょうか?
また時の飛ばし方については、映画の語り口としていかがですか?

M:「PARADISE GARAGE」:DJは、レコードさえあれば、やるだけなら誰でも出来る。だけど人に楽しんでもらえるDJを出来る人は限られている。
持って生まれたセンスと、時代的なタイミングが合うと、DJは成功するのですが、そういう縁とか因果関係みたいな部分が、うまく描かれていた。
ポールが、どんどんDJとしてのステイタスが上っていく高揚感が旨く伝わってきました。
よくわかっているなというのが実感です。
「LOST IN MUSIC」:後半は、やはりリアリティがあるけど、辛い展開。
やりたい音楽と、客受けの良い音楽とのギャップ、ゲストばかりで、有料入場者の少ないイベント、テコ入れのゲスト招聘など、クラブ関係者には耳の痛いエピソードは、万国共通でした。
ラストシーンの会話は好きです。
細かいエピソードを綴りながら、時空は結構大胆に飛びますね。説明不足的な要素も垣間見ますが、フランス映画的で良かったです。

N:この作品はHouseやGarageという音楽が主役の映画なので、それらを知らないと少しだけ分かりづらいかもしれません。Garageの発祥から、それがいつどのように衰退して行ったか?時流や音楽的な流れをちょっとだけ予習することでこの映画をより面白いものにしてくれると思います。
Houseは88年頃に開発された音楽の方法論で、Garageはその元ネタであったりHouseの起源でもあります。正直「フレンチ・タッチ」というムーブメントを当時認識していなかったので、詳しい事は分かりませんが、この映画の中で語られるGarageはそこから発展した、Garage House, UK Garageと言われた主に歌入りのゴージャスな4つ打ちHouseが中心なようです。
前半パートは、その世界的音楽潮流に巻き込まれながら人気者になっていく群像劇を無邪気に描き、後半パートは、人気衰退とともに主人公が自分を見つめ直しながら人として成長する姿をパーソナルにシリアスに描いています。それをGarageやフレンチ・タッチのの浮き沈みと重ねて見せることで当時を知る方や、そのジャンルに傾倒していた方にとっては至極解りやすいストーリーになっています。
実際に自分自身は1994年以降HouseやGarageから別の音楽に傾倒していたのですが、その頃から4つ打ちのHouseリズムがヒットしすぎて一般化し、日本でもJ-POPやCMでHouseだらけになった事でClub Musicとしては衰退していく姿を見ていた自分には、とても共感できる話でもありました。

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T:先に述べたように絶頂期への道と、その後の時代とのずれみたいなところでの主人公ポールの心の有り様。
特に別れた後での、ジュリアやルイーズとの再会の中でのポール。
そしてドラッグやアルコール依存から脱するために重要なターニングポイントとなる、心の底から『もう自分ではどうにもできないことを認め』新しい人生のスタートに向かっていくポール。シリルのホワイトボードへの落書きを消すシーンやロバート・クリーリーの詩のシーン。
時の飛ばしかたは、昇りと降りの対比を際立たせているのかな。

A:前半の高揚感、失楽園になってからの停滞感、それでも自分をまげずにいることの悶々は繰り返すようですが普遍的な主題としてよく描かれていると思いました。
一日とか一週間とかの出来事でなくタイムスパン、広がりのある時系列の中で人の歩みを追うのがこの監督の今までの映画でもスタイルとなっていて、小説を読んでいくような感触がありますね。デビュー作『すべてが許される』と次の『あの夏の子供たち』では前半が父の物語、後半が娘のそれと折り返し点をまわって物語が別の誰かに引き継がれ、でも記憶として前半部分が照射されるような独特の構造で、しかも新人らしからぬ手際でそれを語り切る所が監督の力を示して素晴らしかった。前作の『グッバイ・ファーストラブ』もヒロインの15歳からほぼ10年弱の歳月を追い掛けていく。節目節目に挿入される日付や年号が映画のリズムを作ってもいました。今回もタイトル・ロゴと同じ書体の年号の挿入、それが後半にいくにつれてばらばらと束のように飛んでいく時の速さ、虚しさ等々を思わせ、語られない部分の物語までを斟酌させるような独特の効果を生んでいるように思えました。

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A:ドラマを極力排する語り口についてはどうですか? 淡々と歩行を重ねるようなスタイルは。
ロベール・ブレッソン的とも言えますが。

M:フランス映画的ですね。ものすごくドラマチックではないです。愁嘆場になりそうなエピソードの描写も、淡々としていたと思います。
更に行間を観客それぞれが読まないといけない展開も、フランス映画的だと感じました。
詩の引用は、ブレッソンの『多分悪魔が』を思い出しました。
70年代と90年代という背景やテーマの根本的な違いはありますが、繊細な青年シリルは、『多分悪魔が』に出てくる青年達と同じイデオロギーを感じました。

A:デビュー作を製作する筈だった製作者アンベール・バルザン、自殺した彼を『あの夏の子供たち』の仕事中毒のプロデューサーのモデルともしているハンセン=ラブですが、そのバルザンはブレッソンの『湖のランスロ』に出ており、また『たぶん悪魔が』の第二班助監督も務めています。ハンセン=ラブが18歳の時に初めて見たブレッソン映画がまさに『湖のランスロ』で、彼が出ていたと言われて驚いた。バルザンにとってもブレッソンが精神的な父のような存在ときいて同じ何かをもつ者どうしという感じで繋がりを感じた。最初に彼のオフィスを訪ねた時、窓から『たぶん悪魔が』で使われた教会がみえて、その景色があるってことをバルザンが誇りにしていると初対面の開口一番語ったことも感動的だったと監督は以前、取材した時に明かしてくれました。ブレッソンは影響というか、そのスタイルを自分の映画にまだまだ踏襲できてはいないけれど、自分にとってすごく大きな存在でその映画言語、映画から感じ取れる純粋性の探究に最初にみた時から魅了された、ともいっていました。
ピュアな表現の探究、求心性という部分が通じるように感じられます。
歩行のリズムも独特ですね。

T:母親への金の無心のシーンとか、クラブ帰りの女の子がTシャツを借りて着替えるシーンとか、リフレインの中に状況のドンズマリ感が募っていくのが感じられた。

A:劇中で使用された楽曲で、気になった曲はあるでしょうか?
また主人公がはまっていくハウス〜ガラージシーンや、ダフトパンク、ラリー・レヴァン、トニー・ハンフリーなど、有名なDJのエピソードや関連が描かれますが、この作品の音楽的な部分に関しては、どのような印象でしょうか?

Y:個人的には色々なジャンルのDJがあるとして、その中でガラージというものに関しては特に、定義自体が無意味であり、ガラージとはラリー・レヴァンという人の音楽感そのものなのでは?と解釈しています。
それは音楽をジャンルで括らずとにかく自由な選曲で人を楽しませること。もちろんここにDJの技量が関わってくることにはなりますが、垣根を取っ払う事、基本はその精神だと思います。
ただ多くのフォロワーは心酔しすぎるが故に物真似となってしまいがちです。ラリーがかけたガラージクラシックスと同じものをかけるその時間に本来は自分自身の選曲センスを発揮すべきであるのですが
なかなかそうはいかないのでしょう。変化を好まない人の方が多かったりもしますし。ダフトパンクはおそらくですがそういう旧態依然としたフランスの保守的なシーンに身を置いていたことが
逆に雲の晴れ間を見つけ易い立場になったのではないかと感じます。彼らの出だしがハウスでもガラージでもテクノでもロックでもないとてもエッジーな音になったのは、
もしかするとガラージの精神が生かされていたのかもしれないなとか(笑)。地方から面白い音楽が現れがちなのはそういう理由もあるのではないでしょうか。
出番は多くないですけどダフトパンク役の二人の存在はこの映画のストーリーの重要なポイントになっていると思います。
何かに気付きが有った人と無かった人の差といいますか。

N:オープニングで、Party明けの帰り道のシーンで流れるSUENO LATINOの『Sueno Latino』は秀逸です。一瞬で当時にフラッシュバックできるまさにアンセムです。この曲はLCR Disco-9でもヴァージョン違いですが取り上げています。
あとは、ALYUSの『Follow Me』、MKの『The Mkappella』は当時大好きな曲でした。

T:音楽的背景に詳しい名古屋君に教えてもらったり、1992年のMUSIC MAGAZINEでの今野裕二さんのラリー・レヴァンのインタヴューを改めて読むと、ゲイ文化の中で「単なるディスコ、パーティではなく、ひとつの生き方,皆がハッピーになれるところが“ガラージ”だった」のだろう。つまり1970年代後半から1987年にNYのパラダイス・ガラージを体感していた人は、その雰囲気を特定の楽曲から思い起こすのだろう。歌詞の内容にもメッセージがあり、みんなで盛り上がった。
同じガラージといっても、この映画では90年代のフランスでこれらの音楽を聴いた、パーティをした、こうした音楽を人生の一部にした人たちの共通言語として語られている。
そうしたその場所,その時へのノスタルジーは本当には理解できないけれど、音楽の底にあるメッセージは世界いろいろなところで、それぞれのシーンを生んだのだろうし、自分の体験したシーンと重ね合わせて、ズレや重なりを含めてこの映画を観た感じがする。

M:Joe Smoothの『PROMISED LAND』。
スタイル・カウンシルもカバーしていますが、メジャーな曲のせいか、すごく耳に残りました。
スタイル・カウンシルに関しても、随所にひっそり登場していましたね。特に『SHOUT TO THE TOP』が、思わぬ使い方されてました。
ラリー・レヴァンは、東麻布のEND MAXで来日してDJをした際に、DJブーズの脇で、ずっとプレイを見ることが出来ました。
僕はハウス/ガラージには詳しくないですが、さすがというか、ジャンルを予想以上にクロスオーバーして、実に旨く盛り上げるのに、驚いた記憶があります。もっと難しい選曲をするのかと思っていましたが、意外にポップでもあり、すごく楽しかったです。
有名な遅刻は、その日もしていたと思います。

A:この作品と比較したいような音楽映画はありますか?

M:マンチエスターのファクトリーレコードやクラブハシエンダを描いた『24アワー・パーティ・ピープル』。
よりミュージシャン寄りで、メッカ英国の映画ですが、クラブシーンに正面から向き合う作品としては、同じ匂いがする映画です。

Y:実在したマンチェスターの音楽シーンを描いた『24アワー・パーティ・ピープル』ですかね。
実際『EDEN/エデン』の試写のあとに持ってるDVDもう一回観ました(笑)ニュアンスはだいぶ違いますが。
この『EDEN/エデン』のように何かがだんだん廃れていって翻弄される主人公を描いたような内容の映画は
音楽ものじゃないのをいくつか観てる気がするのですが今これといって名前が出て来ないです。

A:川野さんや山下さんもあげているマイケル・ウィンターボトムの『24アワー・パーティ・ピープル』のことは私も思いました。主演のスティーヴ・クーガンのなんか鼻につく感じとか英国映画っぽいんですが、内側からの眼で描いているのは通じる所でしょう。その意味ではキャメロン・クロウのローリング・ストーン誌記者としての体験に基づく『あの頃ペニー・レインと』もありますが。
音楽ではないけれど一つの時代をやはり現場を知る者が描いた好ましさという点ではジュリアン・シュナーベルの『バスキア』もそこに居合わせた者だからこその物悲しさをつかまえていて私は好きでした。
ちょっとまた別のアプローチですがガス・ヴァン・サントの『ラストデイズ』、同じ監督の青春映画ですが『ドラッグストア・カウボーイ』のアップ&ダウンの描き方にも少しだけ通じる部分があるんじゃないでしょうか。

A:女性監督らしいと感じる部分はありますか?

T:結婚した元の彼女たちの生活とかの描き方とか女性の気持ちの描き方。
ひとつはディテール、ポールスミスのtシャツは貸さないとか、朝のテーブルセッティングみたいな細かいところ。

A:母と息子の描き方(笑)

M:数名の彼女との交流の場面でしょうか。よくありがちなエピソードが続きますが、女性のポールに対する愛情や気持ちみたいな部分が、丁寧に描かれていたと思います。

A:最初にシリルがいう「沈黙を聴いていた」との台詞に関していかがですか?
また画面に侵入してくるメイルのテキストや詩や手紙を読む人の侵入、ロバート・クリーリーの詩に関してはどう見ましたか?

N:
最初のシリルの台詞は彼の不安定でナイーヴなキャラを表す叙情的な表現で、これがフランス映画だという事をまず頭に置いておく為のいい装置になっていました。ただ、アニメーションの鳥が飛んでいくシーンはどんな意味があったのか?残念ながら僕には分かりませんでした。
それとは逆に、画面右下のメールのテキスト、クリーリーの詩、その詩を読む人の挿入などの演出は、使用している音楽と同じく、アメリカ人を馬鹿にするくせにマルボロが大好きなフランス人のアメリカに対する憧れが表現されていると思うのは自分の勝手な妄想でしょうか?

T:鳥の幻影(CGみたいなもの)と含めトリップ感のあるシーンですよね。
クラブに入って行く、高揚感と音圧が段々増していく感じと、フロアから離れて外に出て行くときの音圧の低下の感じがトンネルを抜けていくみたいで実体験とかぶる感じかな。

A:最後にベッドの上でクリーリーの詩の本を置いてひとり横たわるポールの時間、そこで彼はシリルのいった沈黙を聴く所へと到達しているというのかな。最初、夜明けの森にひとり迷い込んでいた彼にはまだ聴けなかった何かがここでは聴けている。そんな成長の物語という意味で青春映画の快作なんだと思います。
これまでの映画でも監督は不可視のものを感覚するという部分を大事にしていた、あるいは死者を自分の裡に生かすことで前に進んでいくということも。その主題とも通じるかもしれません。またビートの詩が示す記憶と過ぎ行く時と大きな輪の中の人という存在といった見方は前3作の最後に挿入された様々な詩や歌と同じひとつのことをいっているようにも思えます。決して楽観するのではなく、悲観するのでもなくあるがままに世界を受け容れる、観照する姿勢。ハッピーエンドに行きつかないでいられることが彼女の映画作りでは大事なんだといってもいいかもしれないですね。

A:セルクルルージュで取り上げているギョーム・ブラック作品で御馴染みのヴァンサン・マケーニュ、「フランシス・ハ」のグレタ・ガーウィグも出ていますが、キャスティングに関して感想は?

© 2014 CG CINEMA – FRANCE 2 CINEMA – BLUE FILM PROD – YUNDAL FILMS
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M:ヴァンサン・マケーニュのプロデューサーは、前述の『24アワー・パーティ・ピープル』に出てくるファクトリー・レコードのプロデューサートニー・ウイルソンによく似ていました。あえての役作りかなと思ったほどです。

T:ヴァンサン・マケーニュはいつものようにいい味を出していた。
薄い前髪かきあげながらの醸し出す憎めなさと男気が良いですね。
グレタは、前に取り上げた作品と違うちょっと落ち着いた役どころ、レナード・コーエンしか聞かないみたいなコメントで伝わるニュアンスは面白いね。

N:ヴァンサン・マケーニュとグレタ・ガーウィグの2人は味のあるいい演技を見せてくれていますね。特にヴァンサン・マケーニュは登場するなり画面が一段明るくなったような気がしました。映像より音楽が際立った印象のドキュメンタリータッチのこの映画に彼の独特のキャラクターが華を添えてくれたような印象です。

A:ギヨーム・ブラックが『女っ気なし』で起用したコンスタンス・ルソーはハンセン=ラブの『すべてが許される』を見たのがきっかけだったと確かいってましたね。その彼が『女っ気なし』の最後に使っていたジョニー・フリンの曲をミア・ハンセン=ラブも『グッバイ・ファーストラブ』で使っている。同じ年に発表された映画なので見て使ったというわけではないと思うのですが。どうでもいいけどちょっと気になります。

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A:これから作品を見る方に対して、ここを見て欲しいというポイントはありますか?

Y:これまでの人生でクラブに行った事があるという方達には興味深く観れる映画ではあると思います。
DJってそんなこと考えてやってるんだなとか単純ですがなかなか知れないですしね。

M:やはりDJの真実の生活みたいな部分でしょうか。華やかさとは裏腹の生活とか、音楽への愛情とか。ドラッグとかそういう部分もありますが、
あまりクラブとか興味ない方にも、是非見て、何かを感じて欲しいと思います。音楽を聞いたり、クラブに行くきっかけになればと思います。

N:見どころ(聴きどころ)は「音楽」です。
「House&Garage」です。

A:クラブや音楽の描き方はもちろんですが、それだけでない映画としての面白さも見逃さないでほしいですね。

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『EDEN/エデン』
9月5日より新宿シネマカリテ、大阪ステーションシティシネマほか全国順次公開

以前このサイトでもご紹介しましたが、都内最強といえるサウンドシステムを持つ劇場立川シネマシティ極上爆音上映も決定しています。

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