新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第26回は、60年代のロンドンを描いた『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ』に続いて、70年代英国北部の音楽シーンに熱狂する若者達を描いた『ノーザン・ソウル』です。
前回のシネマ・ディスカッションでは、60年代英国のモッズシーンからスウィンギング・ロンドンの流れをドキュメンタリーで辿りましたが、この『ノーザン・ソウル』は、『さらば青春の光』や、『トレイン・スポッティング』の系譜になる音楽+青春の英国らしいドラマ作品です。
製作年度は2014年。イベント上映はありましたが、5年越しの日本正式上映となります。
監督はエレイン・コンスタンティン。ノーザン・ソウルシーンには後追い世代ですが、細部まで凝った演出をしています。
今回のディスカッションメンバーは、映画評論家の川口敦子と、川野正雄の2名です。
敦子(以下A):『ノーザン・ソウル』はタイトルにも掲げられた英国60年代後半から70年代にかけてのユースカルチャーを軸にしてますが、モッズといえばの川野さんはこの北部イングランドのワーキングクラスの白人青少年が夢中になったアメリカのレアなソウル音楽探しとダンス、ファッションをからめたサブカルチャーとの繋がりとかにも興味をもってらしたの?
川野(以下K):英国では60年代後半になると、モッズの進化系でノーザンソウルのムーヴメントが起きたのですが、自分もモッズへの関心の延長線上にノーザンソウルがありました。初期のモータウンサウンドがモッズ的なソウルミュージックとすると、その辺の音楽がファンクへと変化していく過程のは境期にあたる1967~1974年くらいのファンキーソウル的なサウンドを、80年代後半DJをやっていた時代に、必死に探していました。
80年代後半は、英国でレアグルーヴブームが起き、ノーザンソウルをよりファンキーにした70年代中期のブラックミュージックが、一大ムーヴメントとなったのですが、自分もその影響がありました。
その時代はノーザンソウルというくくりで、レコードを探していたわけではないのですが、結果的に今見るとノーザンソウルのレコードが多く手元にあります。
またその頃READY STEADY GO!で輸入していた英国のDUFFER OF ST GEORGEは、映画『ノーザン・ソウル』に出てくるような70’sスタイルで、そちらも当時は必死に買っていました。
8つボタンのダブルのスーツ、ニットのレターカーディガン、スポーティなウインドブレーカー、ショート丈のレザージャケット、プレスの効いたフレアーのパンツなどですね。
でも当時の自分この映画に描かれているようなノーザンソウルの知識はなく、米国のサザンソウルに対峙する意味合いで、デトロイトやシカゴなど米国北部のソウルをノーザンソウルと解釈していました。
でもこの映画に描かれているノーザンソウル=原産地ではなく英国北部発祥のソウルムーヴメントが、真の姿なんですよね。
A:無知の強味でいっちゃいますがあのバギーパンツってボウイの「ヤング・アメリカンズ」の時のスタイルとも通じてるみたいに見えるけど、アメリカのソウルだし、影響関係があるのかなあ、なんて思ったりもしたのですが・・・。
K:時代的に「ヤング・アメリカンズ」と被りますよね。先生のファッションがまんまでしたね(笑)。ボウイも元々モッズですから、当時ノーザンソウルは聞いていたと思います。「ヤング・アメリカンズ」のソウルの世界感は異なりますが、「Knock on wood」のカバーレコーディングなどで、ヴィンテージソウルへのリスペクト感は強いですね。
モッズの時代から、英国の若者の米国ブラックミュージックへの憧憬は、奥が深く、それがノーザンソウルへとつながっていますね。
60年代にモッズだった人達は、そのままブラックミュージックの進化と共にノーザンソウル的なサウンドに流れて行ったと思うのですが、この映画の主人公のように、70年代になってノーザンソウルを入り口にして、音楽に入って行った人も少なからずいるのではないかと思います。
なので、この頃のシーンは、ハイブリッドなジェネレーションで構成されていたと推察しています。
映画の中に出てくる若い子達がレコードを買いにアメリカ行きたいというくだりは、単純なんだけど、その気持ちはよくわかります。実際当時からレアな7インチシングルは、すごく高額で取引されていたようです。少し上の世代の人達は、どんどんアメリカにレコードハンティングしに行っていたのではないでしょうか。
A:監督のエレイン・コンスタンティンは90年代の若い子たちをフィーチャーした写真で注目されフェイスやヴォーグで活躍、パルコのコマーシャルを撮ったりもしていたそうですが、ランカシャーで過ごした10代の頃にアメリカのソウルに夢中になりはしたものの、66年生まれ、ノーザン・ソウルをクラブで実際に体験するにはちょっと幼すぎたようですね。でもファッション写真を経験したことでルックの重要さを意識するようになった、髪型や服装、メーク、細部が疎かだったり間違っていたりする映画は見るに堪えないとインタビューでも発言してます。その意味でこの映画はオーセンティックに当時を伝えているんでしょうね。あのダンス、ちょびひげ、服装、髪型も今から見るとダサ可愛いみたいで微妙ですが(笑)
K:なるほど、監督は66年生まれですか。JAMなどのネオモッズや、先ほど言ったレアグルーヴブームが青春時代だったのではないでしょうか。
映画に出てくるダンスやファッションは、NYのブレイクダンスや、ジャージ系ファッションに相通じる部分がありますが、監督はその辺の再現性には、すごく気を使っているなと思いました。
クラブシーンの空気感の演出も、すごくうまいと思いました。最近の映画では、体感的にわかっていない表面的なクラブシーンが出てくる作品があるのですが、この作品のDJシーンは、すごく実際の現場の熱量が伝わってくるんですよね。
リアリティという意味では、当時の地方都市にはライブハウスやクラブもなかったでしょうから、映画に出てくる公民館や、ソーシャルクラブみたいな場所で、実際にパーティやライブをやっていたみたいで、そこの貸し借りのやりとりなども面白かったです。
80年代終わりにロンドンに行った際には、週末教会をクラブにしている場所に連れて行かれたのですが、そういうワンナイトクラブみたいなスタイルも、すごく英国的だと思います。
英国北部のそういった文化が、NYなどにどのように伝染していったのかも気になります。
ノーザンソウルダンスについては、こちらのショートムービーでよくわかると思います。
https://youtu.be/dzRgiGuGDmc
A:週末だけおしゃれして”フィーバー”するって意味では『サタデー・ナイト・フィーバー』と通じてなくもないし、DJコンビがアメリカをめざすって部分はセルクルのシネマディスカッションでも取り上げたミア・ハンセン=ラブの『エデン』フランスのサブカルチャーとも通じているようで英国だけではない繋がりも面白かった。もちろん英国の映画の流れの中でとらえても興味深いですよね。『土曜の夜と日曜の朝』とかに始まる”怒れる若者”たち、前回の「マイ・ジェネレーション」ともつながりますよね。
https://youtu.be/FvmNocKBiHA
K: ファッションも70年代はグラマラスで…。前回『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ』で描かれたスウィンギング・ロンドンの華やかさが、更にメインストリームは派手になっていたと思います。サンローランに代表されるパンタロンが男性ファッションにも飛び火して、映画の中でもふんだんにフレアーパンツは出てきますね。
ネクタイも拳骨みたいに、結び目は太く、幅も太く、派手でした。
彼女の働いているお店が、BIBAというのもよかったです。
DJ映画として、ジャンルは違いますが、主人公の影響の受け方や、音楽へののめりこみ方は『エデン』にもつながりますね。
『エデン』とは時代も違いますが、フランスと英国のDJ文化の違いというか、お国柄の違いも見比べると、すごくわかるのではないかと思います。
ワーキングクラスの若者の怒りやエネルギーみたいな熱量は、英国映画独特ですよね。
アルバート・フィニーが亡くなってしまいましたが、『土曜の夜と日曜の朝』が、この手の英国映画のルーツですね。
80年代になりますが、敦子さんがおっしゃっていた『ヤング・ソウル・レベルス』にもつながりますね。
A:”ノーザン・ソウル”という要素を取り去るといかにも普通の青春映画。でもその普通さを細部がきっちり支えているのがいいと思います。川野さんはどのあたりが一番の見どころと思いましたか?
K: そうですね。70年代版『さらば青春の光』とも言えますね。
普通に青春映画と見ても、十分楽しめると思います。
大人しい男子が先輩や友達の影響受けて、シーンにのめりこみ、ドラッグや彼女問題が発生するなど、ある意味お決まりのパターンなんですが、バックボーンがノーザンソウルシーンですし、演出のテンポが良いので、楽しく一気に見れてしまいます。
その中に英国映画らしいエッセンスが溢れているのが魅力ですね。
1番の見所は、英国のDJ〜クラブシーンの様々なエッセンスのルーツが、この映画の中に込められているという事だと思います。
そして個人的に嬉しいのは、音楽とファッションの関係性が濃い映画だという事です。
A:『カメラを止めるな』じゃないですが、イギリスでこの映画はもともと穴埋め的な小規模公開になるはずだったのが、SNSで拡散され拡大公開、予想外の大ヒットとなったそうです。口コミで広がる要素、感じましたか?
K:これはやはり英国の中に、ノーザンソウルのエッセンスが奥深く眠っていたのだと思います。マンチェスターのロックバンド、ストーンローゼスも、ファンデーションはノーザンソウルと言われています。以前こちらのサイトでも紹介しましたが、今やDJの大御所であるFATBOY SLIM/ノーマン・クックと下北沢のZOOで一緒にプレイした際、彼のダンスを見ましたが、この映画に出てくるノーザンソウルダンスのステップでした。
マーク・アーモンドやデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズなども、ノーザンソウルシーンに出入りしていたと言われています。
そういった土壌があってのヒットではないでしょうか。
名古屋君の好きなサル・ソウルや、90年代に流行ったフリーソウルは、日本でもファンが多いと思います。しかしノーザンソウルは非常にニッチな存在で、一つのカテゴリーとして、日本の中で認知されてきたのは、この20年くらいではないかと思います。
最近ではレコードガイドブックが発刊されたり、コンピレーションCD、インターネットなどで情報も取れますし、MODS MAYDAY JAPANなどのイヴェントではノーザンソウルをかけるDJや、独特のダンスを踊る人も多くなっています。
以前に比べてノーザンソウル入門の敷居は低くなっていますから、今回の公開はいいタイミングかと思います。
A:日本でも熱烈に公開を望む面々の働きかけで公開にこぎつけたんですね。
そういう公開方法が広がるとうれしいですね。
K:そうですね。
実際には“ノーザンソウル“って、すごく規定のしにくい音楽ジャンルというか、カテゴリーだと思います。自分もこの映画を見るまで、全く知らなかったことが多々ありましたから、見て目から鱗が落ちる感じでした。
元々好きな人達には伝説のWIGAN CASINOのシーンなどは、見ものの一つだと思います。
レコードのレーベルを隠すDJはいますが、その行為をカバーアップと言うのも知りませんでした。7インチのDJ文化、くるくるスピンするダンス、ノーザンソウル特有のテンポの速い楽曲など、細かい見所は随所にあります。
まずはこの映画を見て頂き、より多くの方にノーザンソウルの素晴らしさを、味わって頂きたいですね。
northernsoul-film.com
『ノーザン・ソウル』
2/9(土)より公開中:東京・新宿シネマカリテ、兵庫・神戸・元町映画館
2/16(土)公開:大阪・シネマート心斎橋
愛知・名古屋シネマテーク、京都・出町座など以降全国順次公開