砂塵の鬼才/サム・ペキンパー 情熱と美学

©2005-2015 El Dorado Productions. All rights reserved.
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サム・ペキンパー、この名前を聞くと、今でも胸がざわついてくる。
自分が映画を本格的に見始めた時代に、最もスリリングでエキサイティングな作品を作っていたのが、サム・ペキンパーなのだ。
サム・ペキンパーという名前を聞くと、わけのわからない期待感で、当時は胸が高鳴ってきたのだ。
今回サム・ペキンパーのドキュメンタリー『サム・ペキンパー 情熱と美学』が公開されると聞き、久しぶりにその胸のざわつきが蘇ってきた。

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このドキュメンタリーは、当時のペキンパーのインタビューや撮影風景などの記録映像、彼の家族、恋人や友人といった近親者と、スタッフや役者の現代のインタビューに、ダスティン・ホフマンやスティーブ・マックイーンを含む当時の貴重なインタビューで綴られている。
僕自身は、特別彼のバイオグラフィーに詳しかった訳ではない。
今回この作品を見て、初めて知ったしたことが数多くあり、自分が殆どサム・ペキンパーという人間については、知識が無かったことを、改めて認識をした。

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ペキンパーの監督作品は14本と、意外に少ない。少ない理由は、トラブルが多く、撮れない時期が長くあった為だ。
想像通りであるが、予算とスケジュールを守れず、アルコールとドラッグと仲の良いプロデューサーとしてはあまり付き合いたくないタイプの監督だったのである。
彼の監督作品全てを見ている訳ではないが、70年代前半に連続して製作された『わらの犬』『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』『ゲッタウェイ』『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』『ガルシアの首』の5本は、リアルタイムで劇場で見て、その後何回か見直している。
このドキュメンタリー映画を見ながら改めて俯瞰すると、1969年の『ワイルドバンチ』から、1977年の『戦争のはらわた』までの僅か8年間が、多分彼のキャリアの中では、最も充実していた時期であった。

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サム・ペキンパーというと、まず思い起こすのが砂塵や荒野の風景だ。
僕が最初に見たペキンパー作品は、TVの吹き替え版で何気なく見たチャールトン・ヘストン主演の『ダンディー少佐』である。
『ベンハー』のハリウッドスターが、騎兵隊の軍服を着て騎乗からライフルを撃つこの西部活劇は、それまでTVで見ていたティピカルな西部劇とはどこか雰囲気違う斜に構えた空気感があり、奇妙に印象に残っていた。それがサム・ペキンパー作品と知ったのは随分後になってからだった。

西部劇史上に残る傑作となった代表作『ワイルドバンチ』を見たのは後年になってからだが、どの作品にも荒野や砂塵がつきまとう。
現代劇の『ゲッタウェイ』ですら、アリ・マッグローはインタビューで「あれほど埃まみれの映画はなかった」と言っている。
このドキュメンタリーも、オープニングは、『ワイルドバンチ』に出てくるメキシコの荒野である。
監督のマイク・シーゲルは、『ワイルドバンチ』に出てくるアシエンダを探しまわったという。
このオープニングシーンを見ただけで、ペキンパーファンは、一気に懐かしいペキンパーの世界に引き戻される筈だ。

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ペキンパー作品のもう一つの特徴は、砂塵や荒野が似合う一癖も二癖もあるような男達が、次々に映画に登場してくる事だ。どの作品にもラフ&タフを象徴するような、魅力的なキャラクターが登場する。魅力的な理由の一つは、彼らが暴力的だったり、荒くれ男だったりする割には、チャーミングな一面を併せ持っている点にある。
ウォーレン・オーツがペキンパー組の代表的な役者だと思うが、このドキュメンタリーには、ジェームス・コバーンやアーネスト・ボーグナインといったペキンパー組常連の役者のインタビューを見る事が出来る。
彼らが造形してきたダーティヒーロー的なキャラクターは、ペキンパー自身のキャラクターにも相通じる部分があるのではないかと、この作品で垣間みれたペキンパーの素顔から感じる事が出来た。

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砂塵が舞うペキンパー作品の中でも異彩をはなっているのが、『わらの犬』だ。
英国に移住したインテリ夫婦の災難を描くこのバイオレンスサスペンスについては、このドキュメンタリー映画で、幾つかの興味深いエピソードを知る事が出来た。
主演の若手女優スーザン・ジョージがイジメと思えるくらい徹底してしごかれた事。
アクターズスタジオ出身のダスティン・ホフマンは、ペキンパーの演出を理解出来なかった事。
事前の役作りを重視するアクターズスタジオのメソッドを叩き込まれているダスティン・ホフマンと、役者の現場でのフリーハンドな芝居を重視するペキンパー独自の演出手法は、相容れなかった事が容易に想像はつく。
『真夜中のカーボーイ』『ジョンとメリー』など、次々に名作に出演していたダスティン・ホフマンにとって、この『わらの犬』に出演する事は、かなりチャレンジングな選択だった筈で、若々しい撮影時の彼のインタビューも登場する。
ペキンパーとダスティン・ホフマンの緊張感や、役柄同様にペキンパーに精神的に追い込まれたスーザン・ジョージの演技は、結果的にリアリティのある化学反応となって、映画のテンションを高めていく効果があった。
そして前述したペキンパー作品の特徴である砂塵やチャーミングな登場人物も、この作品には登場しない。
名優ダスティン・ホフマンにとっても、鬼才サム・ペキンパーにとっても、『わらの犬』は、彼らのキャリアの中で、ダークな輝きを持った作品となったのである。
個人的にも初めて劇場で見たペキンパー作品であり、ペキンパーの師匠格であるドン・シーゲルが同年に監督した『ダーティハリー』と共に、映画のスリリングな醍醐味を実感させてくれた映画である。

ダスティン・ホフマン、ジェームス・コバーン、ボブ・ディランといったスターをうまく使いこなすのも、ペキンパーの独壇場だが、彼とのタッグで最も輝いた作品を撮ったスターは、スティーブ・マックイーンではないかと思う。
『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』『ゲッタウェイ』の2本は、マックイーンにとっても、ペキンパーにとっても、代表作になる傑作だ。
個人的にもオールタイムベスト10に入れたい程、好きな作品である。
当時スターとして絶頂期にいたマックイーンが、悪名高いペキンパーと連続してコンボを組んだのは暴挙と考えられていた。
マックイーンの周囲では、反対の声が多かった事も、この作品で初めて知った。
マックイーン自身も別のインタビューでは、このコンビネーションを、厄介者同士の悪のコンボと評している。
実はマックイーンの代表作である『シンシナティ・キッド』は、ペキンパーが監督する予定だった。
しかし例によって製作会社MGMとペキンパーが衝突して、撮影3日で監督を降板する事になってしまったのだ。
後任のノーマン・ジェイソンの端正な演出は、恋人や少年との交流シーンにはやや甘さを感じさせるものの、ポーカーの勝負の緊張感を見事に描き切り、大ヒット作品となった。
しかしペキンパーが監督していたら、きっともっと違う破天荒なギャンブル映画になったのではないかと想像をしてしまう。


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ペキンパー自身は後年降板した事を悔いていたようだが、7年越しにこの二人のコンボが実現できたのが、『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』である。
マックイーンは、自らのソーラープロダクションで製作した『栄光のルマン』が、興行的に失敗に終わり、起死回生の作品が欲しい時期になっていた。
そのタイミングで、『わらの犬』や『ワイルドバンチ』で旬を迎えていたペキンパーの勢いに賭ける気持ちがあったのではないかと思う。
『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』は、マックイーンのキャリアの中では、『シンシナティ・キッド』と同じ系譜に入るテーマの作品である。
『シンシナティ・キッド』ではエドワード・G・ロビンソンが演じた名人的なポジションを、ポーカーからロデオの世界にステージを替えて、マックイーンは演じており、ペキンパーは『シンシナティ・キッド』で果たせなかった事を、『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』で実現させたようにも見える。
ペキンパー作品唯一(?)といっていい、平和で美しいこの映画は、ペキンパー自身の優しさや男としての美学と、マックイーンの個性が見事にマッチングした現代の西部劇であり、ロデオへの素晴らしいアンセムとなっている。

続いて製作された『ゲッタウェイ』は、クールな現代のフィルムノワールだ。マックイーンとアリ・マッグローの交際という話題もあり、ペキンパー作品の中でも、大ヒットとなった。
企画自体はマックイーンが持っていたもので、当初はピーター・ボクダノヴィッチを監督にする予定だったらしいが、マックイーンがペキンパーを監督にしたのは、大正解だった。
初公開以来何回も見た作品であるが、見るたびに新たな発見が出てくる奥行きの深い映画だ。
単なるバイオレンスアクションではなく、マックイーンの髪型や衣装から、クインシー・ジョーンズの音楽まで、見事に計算された娯楽映画の傑作だと思う。
マックイーンとペキンパーは、銃声の効果音についてまで、激しくやり合ったと言われているが、そういった二人のプロフェッショナルな凌ぎ合いが、作品のクオリティをどんどん高めていった作品である。

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また当初はダイアン・キャノンが予定されていた妻役に、『ある愛の詩』でブレイクしたアリ・マッグローが抜擢された事も、マックイーンとのプライベートな関係に発展し、作品の追い風となった。
アリ・マッグロー自身もインタビューに登場し、ガンアクションの指導など当時の思い出を語っているが、『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』を、バイオレンスではないペキンパーの希有の傑作として絶賛しているのが、印象的だった。
マックイーンにとっても、NY出身でモデルあがりの知的な女優、アリ・マッグローとの出会いが、この作品に対するモチベーションを高める一因になった筈だ。
完全なオリジナルと思っていたこの映画だが、マックイーンが当時の肉声で、ハンフリー・ボガートへのオマージュであり、参考にしていた作品があった事を語っている。

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バイオレンス描写がクローズアップされることが多いが、観客の為の徹底したサービス精神に溢れていて、純粋に映画本来の醍醐味であるスペクタクルを追求しているのが、ペキンパーの本質ではないだろうか。
ボブ・ディランの出演で話題になった『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』は、『ゲッタウェイ』の勢いに乗って、彼のサービス精神が最も顕著に現れた娯楽大作である。
伝説のガンマンを新解釈で描くこの映画は、ディランの『天国の扉』という永遠の名曲を産んだ記念すべき作品でもある。
同じくミュージシャンで、主役としてペキンパーに抜擢されたクリス・クリストファーソンもインタビューに登場し、弾き語りまで披露している。

ウォーレン・オーツに、メキシコの砂塵というペキンパーらしい快作『ガルシアの首』以降、ペキンパーは、どんどん自己破滅に邁進していってしまい、それまではコンスタントだった監督作品も減ってしまう。
この作品でペキンパーについて語られるインタビューの大半は、彼の常規を逸したクレイジーな言動についてである。しかしながらその根底には、皆ペキンパーに対する敬愛精神が溢れている。
生活を節制出来れば、もっと長生きし、作品も多く作られたと思うが、これがペキンパーの生き方そのものなのである。
タイトルにもなっている映画への情熱と美学。サム・ペキンパーを表現するに相応しい言葉である。

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サム・ペキンパーを愛している方には、もっとペキンパーを理解して頂く為に、ペキンパーを知らない方には、是非入り口として見て頂きたいドキュメンタリー映画である。
『サム・ペキンパー 情熱と美学』は、現在シアターイメージフォーラム他で公開中である。
尚10月9日までは、初期作品『荒野のガンマン』を、同時上映。
ロバート・アルトマンのドキュメンタリー『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』との相互チケット半券割引も実施中である。

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