偉大なる反逆児ポール・ニューマンの軌跡/Cinema Discussion-48

© 1961 Twentieth Century Fox Film Corporation.

公開映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第48回は、ハリウッドの名優ポール・ニューマンの特集上映≪テアトル・クラシックス ACT.2 名優ポール・ニューマン特集 ~碧い瞳の反逆児~≫です。
ポール・ニューマン50〜60年代の主演作品4本が劇場で公開されます。
『明日に向って撃て!』 
『熱いトタン屋根の猫』  
『ハスラー』  
『暴力脱獄』 
今回も映画評論家川口敦子と、川野正雄の対談形式でご紹介します。

© 1958 WBEI『熱いトタン屋根の猫』

★フランスのベルモンドに続いてアメリカのビッグスター、ポール・ニューマンを銀幕で見られる特集上映です! 4本それぞれの感想からいってみましょう。制作年代順にまずは1958年の『熱いトタン屋根の猫』、テネシー・ウィリアムズの戯曲を映画化した一作でニューマンは初のオスカー主演男優賞候補となっていますが、このニューマンどう見ましたか?

川口敦子(以下A):今回の4本のうち、リアルタイムで映画館で見たのは『明日に向かって撃て』だけで、他の3本は公開時まだ子供で後追いしたものばかり、ニューマンってそういう時代から長くクールにキャリアを歩んでいたんだなあなんて少しまぬけな感慨に浸ったりもしました(笑) 
実際、青い瞳のハンサム・スター、その美しいルックスで輝いた5-60年代の代表作はテレビ洋画劇場全盛期に見て、それからビデオでもと。いっぽうで成熟の域、渋みを全開にしていく70年代以降の公開作でリアルにいい感じに歳をとってく姿を愉しみつつ、若き日の美貌を振り返りああっと惹き込まれる、といった形でポール・ニューマンってスターとは出会ってきたんですね。その意味で大きなスクリーンで美しいニューマンに見惚れるチャンス、改めて貴重な機会に胸躍ります。
 で、テレビ放映で見たニューマン作品の中でも個人的にいちばん好きだったのがこの『熱いトタン屋根の猫』なんです。原作のテネシー・ウィリアムズの戯曲はニューマンにうっとりした後で急いで読んだんですが、そこでは死んだ親友との関係がもっとホモセクシャルの色濃く描かれていて、それはそれでヘッセの「知と愛」とか三島とかが好きだったミーハー女子中学生にとってはなかなかに魅力的だった、でもだからといってその要素が無難にカモフラージュされた映画版に不満だったわけでもなく、松葉づえで不自由な体をもてあましつつ、酔っ払い、ふてくされ、美貌の絶頂期のエリザベス・テイラーにすげなく冷たく接するニューマンの硬質のセクシーさにじわじわ惹き込まれていたなあと、懐かしく思い出しました。
 今回、見直してみると十代の頃にはあまり感じなかったんですが父と息子の関係の部分、地下室での長い対話の部分のニューマンの演技がメソッド俳優の誇りみたいなものを底に秘めて頑張りすぎすれすれ手前で惹き込まれる、ついつい『理由なき反抗』のジェームズ・ディーンのことを思い出し、そういえばその代役として『傷だらけの栄光』でブレイクしたんだったなあ、なんてしみじみしたりもしたんですが、後に自身の息子を不幸な形で失くすことになるニューマンなのだなあなんてことまで思い、そこは、時を経て観ることのよさというか強みのひとつでもあるんでしょうね。

川野正雄(以下M):今回の上映で、唯一初見がこの『熱いトタン屋根の猫』です。
見始めて最初は、やっぱり古いなあ〜なんて印象でした。エリザベス・テーラーの映画というのが大体保守的なハリウッド映画というイメージがあり、またテネシー・ウイリアムの舞台劇を映画化したという舞台的な台詞の詰め込みを感じて、他の3作品に比べると今ひとつかな〜と感じていました。
ところが中盤前あたりから、徐々に隠されている謎みたいなエピソードが明らかになってきて、一気に作品に引き込まれました。
非常に入念に台詞は組み込まれ、ポール・ニューマンの演技もどんどんギアが入っていく感じで、作品全体のテンションも高くなってきました。
ポール・ニューマンの私のイメージは、ハリウッドの良心というか、優等生のようなものなのですが、クールな外見とは裏腹の心の闇という部分を、アクターズスタジオ出身俳優らしくこの作品では見事に表現していると思います。
今回この作品を一番最後に見ましたが、面白かったのは、『ハスラー』『暴力脱獄』と『熱いトタン屋根の猫』がいずれも酔っ払いシーンから始まる点でした。
アル中キャラという些か似合わないキャラクターが共通項になったのは、偶然でしょうか。

『ハスラー』© 1961 Twentieth Century Fox Film Corporation.

★続いては『ハスラー』。スコセッシ監督、トム・クルーズ主演の続編『ハスラー2』(86)にもその後のエディ役で登場、ついにアカデミー賞主演男優賞に輝くことになるわけですが、ニューマン36歳、飛躍の60年代を牽引した快作『ハスラー』(61)の魅力、語ってください。

M:『ハスラー』は3回目くらいかなぁ。最初見たのは随分前で、テレビかもしれません。
『ハスラー2』がヒットした後も、何かで見る機会があって、やはり『ハスラー2』よりも断然クルーでいいなという印象でした。
こういうギャンブラー物の映画はドキドキしますし、映画としても面白いジャンルだと思うのですが、スティーブ・マックイーンの『シンシナティ・キッド』と並んで、60年代アメリカ映画では双璧ではないでしょうか。
で、特に感じるのは敗者のカタルシスですね。常に人生何事も勝てる訳ではなく、負けた時の美学みたいな部分に惹かれるわけです。
特に支えてきた恋人の末路は非情であり、この段階で人生は負けのような状況になってしまいます。
そしてどん底からの巻き返しになっていきますが、その屈しないメンタルは『暴力脱獄』にも繋がっていると思います。
ここで生み出されたポール・ニューマンのキャラクターは、この後の多くの作品にリンケージしているように思います。
そしてニューマンのシンプルなファッションも格好いいですが、正装でビリヤードに臨むミネソタ・ファッツも実に格好いいです。自分の年齢はファッツに近いわけで、見ながらミネソタ・ファッツにも思いを重ねていきました。

A: いやあやっぱりかっこいい! でも暗い。
ハリウッド映画離れしたというのかな、時代の先をいってるような酷薄さにうなりました。
うぬぼれた生意気盛りの小僧、でも才能はあるってエディのやな奴ぶりを容赦なく演じているのに憎めない、ニューマンならではの役作り、いいですよね。
もちろんそこが一番の見所ではあるんですが、周りの面々も見逃せない。とりわけ非情のマネージャー役ジョージ・C・スコットと翳りを独特の魅力にしてもいるような恋人役パイパー・ローリー、しびれます。
脇を固める俳優の深さが映画を輝かせるって今更ながらに実感せずにいられなくなりますよね。
監督ロバート・ロッセンのこともきちんと見直したいと思いました。赤狩りの犠牲者としての不幸についてもですが、最晩年の『リリス』、あとハーレムにキャメラを持ち込んでシャーリー・クラークがドキュメンタリー・タッチで撮った快作『クール・ワールド』のもとになった戯曲を手掛けていたりと気になる存在なんですが、今回、『ハスラー』をまたみてこれまで以上にこの監督の底力に惹き込まれました。

© 1967 WBEI
『暴力脱獄』

★公式ページに寄せられたコメントでピーター・バラカン氏が「困った邦題にまどわされないで」と仰ってますが、原題は「Cool Hand Luke」、67年のこの必見作でのクールでホットな”偉大な反逆児″ぶりはいかがでしょう?

A:まさに懲りないへこたれない反逆魂を体現して、心底みてよかったなと思わせてくれる、そういう快作、そういう快演ですね。
笑顔の美しさ、不敵さ、もう百万遍語られてきたとは思いますがそれだけの価値があるニューマンの間違いなく代表作といっていいしょうね。
記憶が定かでないのでおそるおそるいいますが、昔、テレビで見た時はパーキングメーターを壊す冒頭のシーンがカットされていていきなりあの囚人たちが道路で作業をしている風景で始まったような気がするんですが、勝手な記憶かな。その後もその道の労役の風景は繰り返し出てきて印象的なんですが、これって、監視人のミラー・サングラスへの映り込みと共にコーエン兄弟映画にまさに映り込んでいませんか?
それとルークがテーブルの上に運び込まれてのびてる姿を俯瞰した場面は十字架の貼り付けのキリストにつながっていくようで、その後、神よと天を仰ぐことが幾度かある、そこにも「わが神わが神なんで私を見捨てたのですか」ってキリストが父なる神にささげるいのりの遠いこだまのようなものが感じられて、このルークって打たれ強いキャラクターの根底に犠牲の子羊としてのキリスト像があるのでは――なーんて勝手な妄想をふくらませても楽しめるように思いました。
あ、ニューマンのことに戻ると囚人服のブルーがよく似合う、そこもいいなあ。
この映画も脇役の良さが光りますが、ジョージ・ケネディはいうまでもなく、ハリー・ディーン・スタントンにデニス・ホッパーまでいてうれしくなります(笑)

M:デニス・ホッパーいたのですか?気がつきませんでした。囚人の1人でしょうか?
初めて全作品を観る方は、この『暴力脱獄』を一番好きになる方、多いのではないかと思います。
以前アメリカ人と話した際に、その時代のアメリカ人は誰でも知っている映画で、日本の我々の想像以上にアメリカでは超メジャーな映画だという事を知りました。
バラカンさんのいう邦題の残念さが、日本ではマイナーな存在の作品に追いやっていると思います。
『Cool Hand Luke』の原題も素晴らしく、ラロ・シフリンの音楽も素晴らしい。私が見たのは多分ビデオか、テレビの深夜放映だと思います。その時も作品の魅力に圧倒されましたが、改めて見ても、やっぱりいいです。
先ほども言った敗者の美学、不屈の精神、反逆の哲学が見事にメッセージとして提示されている上に、囚人の作業や食事のシーンなど細かな部分まで演出が行き渡っているので、映画的な魅力が満載の作品になっています。
ポール・ニューマンの出演作品では、トップにくる作品ですね。
後忘れてはいけないのが、刑務所のボス役のジョージ・ケネディですね。角川映画『人間の証明』にも出ていて、親日な俳優というイメージもありますが、ここではルークの良き理解者となるボス役を見事に演じています。
ボクシング、卵、最後の脱獄と、重要な場面で常にルークと関わってくるキャラクターですが、作品の中での存在感も高いですし、受けの芝居が素晴らしいと思いました。

『明日に向って撃て!』© 1969 Twentieth Century Fox Film Corporation

★アメリカン・ニューシネマの代表作にして西部劇の新たな地平を開いたヒット作『明日に向かって撃て』(69)もニューマンの代表作の一本ですが?

A:この頃から反逆児イメージにお茶目な二枚目半要素も積極的に取り入れ始めていましたね。レッドフォードも口ひげでちょっと美貌に汚しをかけてますが、ニューマンもおっさん要素でヨゴシ対決してる。その肩の力の抜け加減が相棒の恋人キャサリン・ロスの心をそわそわさせる、大人の男の磁力(笑)うまく老けていくニューマンの軌跡の第一歩がこのあたりにありそうですね。
監督ジョージ・ロイ・ヒル、そしてレッドフォードと『明日に向かって撃て』のトリオがまた組んだ『スティング』もそういう意味でナイスな方向を探り当てた一作だったと思います。
 アメリカン・ニューシネマ期にはもっとはげしくヨゴシをかけた「ロイ・ビーン」もあって好きでした。
アルトマンとの『ビッグ・アメリカン』『クィンテッド』もありますが、このふたり、アメリカン・ニューシネマの中心世代からいえばちょっと年上の兄貴世代に当たるのに反抗の精神で次世代の新しい映画の波と同調してみせましたよね。

M:この作品は、公開時には間に合っていないのですが、名画座三鷹文化まで、わざわざ観に行きました。今回のラインアップの中で唯一劇場で観ている作品です。
当時は自分の中のベスト1的な存在でした。
改めて観ると、音楽の使い方、写真の使い方など、ニューシネマらしい斬新な演出が際立っていると思いました。
大好きな作品という印象はもちろん変わりませんが、自分の中ではどちらかというとロバート・レッドフォードの作品という気持ちもあります。
レッドフォードも最大の当たり役ですから、当たり前ですが、『ハスラー』『暴力脱獄』とは逆にここではポール・ニューマンが受け役ですね。
この少し前にはフランス映画で『冒険者たち』がありましたが、バディ物や男2人に女性1人の関係性という設定のロールモデルになった作品でもあるのではないかと思います。
写真やストップモーションの使い方含めて、『明日に向かって撃て』に影響を受けている映画は世界中に数えきれない程あるのではないでしょうか。
そういう意味で、映画好きの方には必見の作品です。
音楽やビジュアルの見せ方も素晴らしく、アメリカンニューシネマという時代性もあり、60年代までの映画作りと、70年代以降の映画作りのブリッジになった作品とも思います。
ゴダールの『勝手にしやがれ』が、50年代と60年代のブリッジになったのと似た存在です。

『暴力脱獄』© 1967 WBEI

★4本まとめ見てみてポール・ニューマンの魅力、今、改めてどんなふうに総括したいですか? あるいはまたニューマンはトラッド系の着こなしでも注目されたり、ドレッシング等のビジネスでも知られてますね。監督作もある。今回の上映作以外でもニューマンをどんな存在として体験してきましたか?

A:着こなし面では『動く標的』あたりのスーツ姿やコートのスマートな纏いっぷりが印象に残っています。今回、『ハスラー』でかもを求めて場末のバーに行くときに来ているジャンパー、重ね着的な着こなしが今も使えそうなんて新鮮に見直しました。
スティーブ・マックィーンと共演した『タワーリング・インフェルノ』も話題になりましたが、マックィーン同様、ニューマンもカー・レースに熱中していた、主演作『レーサー』ではスタンド・インなしでレース場面の撮影に挑み、共演した妻のジョアン・ウッドワードのご機嫌を損ねたって、昔翻訳した評伝にあったのを思い出しました。
79年にはル・マンにも挑戦して第二位で完走したそうです。マックィーンと言いベルモンドといいこの時代のスターたちは体を張って挑戦すること好きですよね。
監督ニューマンについては去年、セルクルルージュでも取り上げた『まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響』(72)が予想以上に面白くて、きちんと振り返ってみたいと思ったまままだ果たせてないんですが、きちんと見ようと思います。
ニューマンの存在は同時代で体験した成熟期と初めにもいったような若き日の後追い体験、若き日の方に好みとしては重きを置いてしまう所があるんですね。
それは今回の特集のコピーにもなってる”偉大なる反逆児″の部分にやっぱり惹かれてしまうからなのかもしれませんが、『ハッド』とかふっとみせるやわらかな表情もいいんですよね。
ニクソンのブラックリストにものった活動家としての顔とかもあって、一筋縄ではいかない存在ですがどこをとっても好感度が頭をもたげてくる。クールハンド・ルークじゃないけどそういういい奴としての記憶が刻まれていますね。

M:本当に好きな俳優で、映画を見に行き始めた時期に、『スティング』『我が緑の大地』『デッドヒート』『ロイビーン』など、公開作品を追いかけていました。
敦子さんの言う『動く標的』シリーズの私立探偵リュー・ハーパー(原作はアーチャー)や、『マッキントッシュの男』『引き裂かれたカーテン』のスパイサスペンスも好きでした。
ファッションはブルックス・ブラザーズのモデルみたいなトラッドスタイルが実に似合っていましたね。
活動時期が長く後年の『ノーバディーズ・フール』や『評決』も好きでした。
サンダンス映画祭でプレミア公開されたコーエン兄弟の『未来は今』は、あまりうまくいかなかった所感です。
カタルシスを常に持った俳優というのが、トータルの印象でしょうか。
政治的な活動、エコ的な活動、作品の選び方、全てにおいてです。

『熱いトタン屋根の猫』© 1958 WBEI

★今回の特集は新旧ファンそれぞれに往年の名画を体験する機会をという「テアトル・クラシックス」の第二弾となりますが、今後、こんなジャンルをとか、この人をとか、希望があればぜひ!

A:最初にもふれたようにテレビやビデオの画面でしか見る機会のなかった古典と銀幕で出会えるという機会は今後もぜひ続けていって欲しいと思います。ジャンルとしてはメロドラマ、ベティ・デイヴィスとか大きな画面で見てみたい。あるいは優等生的映画ばかりじゃなくスザンヌ・プレシェトとトロイ・ドナヒューが共演した観光ロマンス『恋愛専科』みたいなものもたまに見てみたいななんて思います。

M:今日本では忘れられている存在のポール・ニューマンにフォーカスしたのは、とても素晴らしいです。
次は当たり前な順番ですが、ロバート・レッドフォードやアル・パチーノに行って欲しいです。或いは監督ですね。アメリカの名監督だけど、日本では今あまり話題にならない監督特集。アーサー・ペンとか、ロバート・ワイズとか、久々エリア・カザンとかでしょうか。
それと一番は、ポール・ニューマン第2弾。話題にもでた『ハッド』『動く標的』『傷だらけの栄光』『我が緑の大地』そして『スティング』、改めて見たいですね。

© 1961 Twentieth Century Fox Film Corporation. 『ハスラー』

≪テアトル・クラシックスACT.2 名優ポール・ニューマン特集~碧い瞳の反逆児~≫ 
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