『モリコーネ 映画が恋した音楽家』巨匠の創作の真実を見つめる/Cinema Discussion-49

©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

公開映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
2023年最初になる第49回は、イタリアが生んだ映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネのドキュメンタリー『モリコーネ 映画が恋した音楽家』です。
モリコーネはすでに亡くなっていますが、貴重なインタビューの数々で、今まで知らなかったモリコーネの素顔が浮き彫りになります。
監督は『ニューシネマパラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレです。『荒野の用心棒』に始まる彼の映画音楽の数々も聞けるエンターティンメントなドキュメンタリーです。

今回も映画評論家川口敦子と、川野正雄の対談形式でご紹介します。

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川口敦子(以下A)
モリコーネと言えばやはりセルジオ・レオーネとのコンビ作、マカロニ・ウエスタンのイメージがまず浮かんでいたんですが、あるいはまた国際的な活躍という面も印象に刻まれていましたが、この映画を観ているとイタリア映画史を音楽でその双肩に担ったといっても過言でないような、イタリア映画における存在の偉大さに改めて気づかされましたね。パゾリーニからコルブッチ、ベロッキオと一筋縄ではいかない面々に一筋縄ではいかない音楽を提供していたんだと。国外での活躍はもちろんですが、むしろ難しそうな自国内でのキャリアの充実ぶりに圧倒されました。才能の幅広さと同時に人と組むその、なんというか間口の広さというとちょっとネガティブな印象になってしまうかもしれませんが、そうではなくてうまく監督の才能を受け容れ活かす柔らかさもまたモリコーネというアーティストの才能だったんだなと、人間的な大きさのことも思いました。

川野正雄(以下M)
モリコーネは好きな映画音楽家で、何枚もサントラ盤を持っていますし、楽曲集も持っています。
フランシス・レイ、バート・バカラック、ミッシェル・ルグラン、ニーノ・ロータといった他の映画音楽の巨人に比べると、一番男性的なテイストを感じるのがモリコーネです。
ともかく作品数が多い印象で、この作品でも日本未公開作品が多く出てきましたが、作品集を聞いても、結構知らない作品も多かったです。
思いや評価という意味では、映画でも出てきた大好きな旋律、メロディを聴いただけで胸が高鳴る作品が、なんと多いのだろうと思いました。
『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『シシリアン』『アルジェの戦い』、いくらでもタイトルが挙がりますね。
それと楽器の繊細かつ念密な使い方。これは映画を観るまでは漠然と聴いていましたが、計算し尽くされているのだなと、改めて感嘆です。

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★映画はモリコーネという人間にも迫っていきますが、その部分で印象に残ったことは?

M:自分の知識的には、楽曲以外の情報はほぼ皆無という状態でしたので、驚きの連続でしたね。特にセルジオ・レオーネが偶然小学校の同級生だったというのは、人間の因縁というか、運命を強く感じました。
最初は彼の中では、映画音楽家になるのは、決して本意ではなかった。更にマカロニ・ウエスタンの作曲家としか見られない事も本望ではなかった。そんな中から、自分の歩むべき道をしっかりと確立していく。これは素晴らしいサクセスストーリーでもあるなと思います。意外とアカデミー賞をすごく気にしていて、そういう俗人的な一面も微笑ましかったです。

A:最初の答えとも通じるんですが少し懐かしいイタリア映画の家族を大事にし、父を尊敬する息子という典型像が重なってくるようで、父の病気で家族を支えるためにトランペットを吹く仕事を心ならずもすることになり――といった若き日の挿話はなんだかデシーカとかズルリーニ、ボロニーニとかの映画になりそうじゃないですか? そこに妙に感動してしまいました。
 そんな印象は何度か登場してくる手書きの楽譜、アナログな作業ぶりとも共振していくんですね。映画音楽の一方で常に師ペトラッシの存在を仰ぎ、古典的音楽世界をもにらみ、そこに身を置く努力を怠らない。そういう真面目さ、勤勉さ、けなげさみたいなものにもついつい目がいってしまいました。何度目かの候補になったオスカーを『ラウンド・ミッドナイト』のハービー・ハンコックや『ラスト・エンペラー』の坂本龍一等にさらわれての落胆ぶり、引退まで考える、そのあたりにも生真面目な性格が窺えて興味深かったですね。そのくせ臨機応変な閃きで型破りな発想もしてみせる。いままで知らなかった人間の部分に映画が光を当ててくれたおかげで、彼の参加した映画音楽の奥行が見えてくるような、そんな印象も持ちましたね。

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★映画音楽だけでない音楽家としてのモリコーネ、その音楽については?

A:正直いって映画音楽以外の彼の活動についてはこの映画で知った部分の方が多いのですが、キャリアの初期にアレンジの才能を発揮して、チェット・ベイカーに指名されたりもしたんですね。ただ個人的にはやはり映画あっての映画音楽、そこで輝くモリコーネ、その音楽という部分がある、そこはこの映画を観るとモリコーネにとっては不本意なのかもしれませんが、なかなかこちらも譲れないなあ、なんて(笑)

M:僕もほとんど映画以外の活動は知りませんでした。本格的にクラシック畑の人だったというのも、初めて知りました。映画の中でも出てきますが、モリコーネの曲自体が100年後とかにはクラシックに必ずなっていると思います。
そういう意味では、ショパンとかモーツァルトとか、現代におけるそういう領域の巨人だったのだという認識も改めて出来ました。
一昨年になりますが、ジャン=ポール・ベルモンドの葬儀が国葬級で、モリコーネが作曲した『プロフェッショナル』のテーマが演奏されていました。日本では馴染みの薄い作品ですので、フランスでの作品の存在感の違いを知ると共に、モリコーネの素晴らしい旋律が焼きつきました。
アーチストとしての格が、私の想像を遥かに超えた位置にあるのだと実感もしました。そういう意味では大河ドラマ『MUSASHI』のテーマ曲をやった事は、NHKとしては、大チャレンジだったのだなと思います。
作品自体の出来も今ひとつで、黒澤作品盗用問題で、大河ドラマの歴史の中で闇に埋もれた作品になってしまったのが、残念です。この作品に参加した考えについて、モリコーネの感想も聞いてみたかったです。

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★スリリングなコメンテイターのスリリングな証言が目白押しですが特に誰のどんなコメントにぐっときましたか?

A:コメントそのものもなんですがモリコーネのこと、彼と組んだ自作について語る時のベルトルッチやタヴィアーニ兄弟の心の底からの笑顔、素敵でしたね。その顔をみると、その映画とその音楽の美しい伴走ぶりをもう一度、確かめたいと、実際、ここに登場してくる映画それぞれを、断片としてじゃなく全編を見直したいと何度もそわそわした、そこがこの映画の一番の魅力ともいえるんじゃないでしょうか。

M:個人的にはクラッシュのポール・シムノンです。クラッシュ日本公演は、『夕陽のガンマン』のテーマ曲をオープニングに使っていました。その選曲はドラムのトッパー・ヒードンだったと読んだ記憶がありますが、ポール・シムノンもモリコーネ好きだとは知りませんでした。同じくロック系ですが、ブルース・スプリングスティーンの登場も驚きました。ただスプリングスティーンの多くの楽曲は、情景が目に浮かびますので、そういう面で大きな影響があったのかなと推察します。タランティーノはわかりますが、ウォン・カーウァイも驚きました。
映画音楽界隈だけではなく、ロックや現代音楽にも影響が大きかったのだなと改めて思います。

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★えっと驚く裏話もたくさん登場しますよね?

A:不勉強で恥ずかしいですがレオーネとモリコーネが小学校の同級生だったって、なんだかうれしくなるような挿話でしたね。もちろんキューブリックの誘いを勝手にレオーネがことわったというのも面白い。でもそれ以上に印象的だったのはレオーネがホークスの『リオ・ブラボー』で使われた「皆殺しの歌」を意識していたってエピソード。あと『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のジェニファー・コネリーのテーマのインスピレーションになったのがゼッフィレッリのというよりブルック・シールズの『エンドレス・ラブ』だったというのには思わずにやり、往年の美少女アイドルつながりだったんですね(笑)

M:セルジュ・レオーネの同級生は驚きました。レオーネは全く英語が出来ず、それで実は活動も狭まった感があると聞いた事がありますが、モリコーネは英語が多少出来た事で世界レベルに広がったのかなとも感じました。
『死刑台のメロディ』はとても好きなサントラでしたが、モリコーネだとは知りませんでした。そういう無知な部分も含めて、この作品もモリコーネなのかと思われる作品が、観客の皆さんにはそれぞれたくさんあったのではないでしょうか。
キューブリックの話も驚きですね。以前キューブリックをこの座談会で取り上げた時にも、彼の完璧主義について触れましたが、実現していたら完璧主義同士の素晴らしいコラボレーションになったと思います。
後当初は西部劇ばかりやっている事に抵抗感あったみたいですね。芸術家志向みたいな面も思ったより強くて、アニメは絶対に仕事では受けないような空気も垣間見えましたね。その辺は今の時代とはやはり感覚が違う世界で生きていたのだなと思いました。

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★改めてモリコーネの映画音楽の魅力、どのように? モリコーネ以外で好きな映画音楽家についてもできればちょっとコメントしてみてください。

A:あまりに当り前なんですが映画があって音楽があるという、繰り返しになりますがその伴走ぶり、それは監督との伴走ということにもなるんでしょうが、そこの関係を美しく貫いている点じゃないかしら。という意味ではちょっと例外というべきなのかもしれないですが久々に『死刑台のメロディ』のジョーン・バエズが歌った「勝利への讃歌」を聴けて懐かしかった。あのメロディは映画のサッコとヴァンゼッティだけじゃなくこちらへの応援歌みたいに映画を離れても当時、耳に残りふっと口を突いて出てくるメロディでしたね。好きな映画音楽家というのはたくさんいすぎですが、映画とのかかわり方、その進行を文字通り歩調を合わせるように支える『暗殺の森』のジョルジュ・ドルリューはすごいと映画を観る度に引き込まれます。トリュフォーとのコンビ作はいうまでもないですが、ゴダールの『軽蔑』もよかったなあ。モリコーネと彼とミシェル・ルグランの合同コンサートというのは聴いてみたかったです。

M:自分の好きな作品ですが、『シシリアン』のテーマに、こんなに深い意図があったのだと、初めて知りました。何気なく聞き流していましたが、『シシリアン』は、全く違う二つの旋律が見事にコンビネーションされて、一つの楽曲として成功しています。そういった細部までの旋律の検証に、楽器に対する拘りやアイデアもすごいですよね。
作曲家の一面とアレンジャーの一面が合わさって、エンリオ・モリコーネという巨人は形成されているのだと思いますし、魅力なのだと思います。ポップミュージックに対する造詣も深く、ロック的なアプローチやラテンミュージック的なアプローチの作品もあります。
この奥深さはとんでもないですね。
他のアーチストは、月並みですよ。ニーノ・ロータ、バート・バカラック、フランシス・レイなどは配信で今もよく聴きます。割と女性的な旋律を多用する作家がいる中で、モリコーネは力強く男性的なエッセセンスが濃く、そこがまた魅力なのだと思いますね。

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★モリコーネ自らの指名でこのドキュメンタリーを撮ったジュゼッペ・トルナトーレの作品としてはどんなふうに評価しますか?

A:必ずしもトルナトーレの熱心な観客とはいえないんですが、やはり『ニュー・シネマ・パラダイス』と通じるような人と人との関係を追う映画になっているように感じました。「私は映画のドキュメンタリーなのに、映像は使用できず写真ばかりに頼らざるを得ないような作品は好きではない。それは、私にとってはとても本質的なことだ。なぜなら、私は最初から実際の映画のシーンを使わずに、『ミッション』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』、それに多くのマカロニ・ウエスタンの音楽の誕生を物語ることなどできないと考えていたからだ」とプレスに発言が引用されていますが、その思いを貫いてモリコーネが関わった映画のシーンをふんだんに映像としても見せてくれるのがいいですね。

M:トルナトーレも、数本の作品だけで、人柄の知識はないのですが、イタリアの監督の中では非常に落ち着いた演出をする監督というイメージがあります。『ニューシネマパラダイス』はもちろんいいですが、ドキュメンタリー『マルチェロ・マストロヤンニ甘い追憶』に仕事で関わったので、ドキュメンタリーも落ち着いた語り口で演出する人という印象があります。この作品もいわば割と自然にモリコーネを語っていて、それがいつの間にか真の姿を浮き彫りにしていますね。『記憶の扉』のような難解な作品もありますが、これはオーソドックスなトルナトーレらしい作品だと思います。

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『モリコーネ 映画が恋した音楽家』

TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ
ほか全国順次ロードショー中

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監督:ジュゼッペ・トルナトーレ『ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』
原題:Ennio/157分/イタリア/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:松浦美奈 字幕監修:前島秀国
出演:エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノほか
公式HP