メイズルス兄弟特別上映/Cinema Review-13

「セールスマン』

シネマ・レヴュー号外編
チャンスはあと3日、下高井戸シネマに走れ!
メイズルス兄弟、必見!!

text by 川口敦子

例えばキアロスタミ、あるいはジャ・ジャンクー、ドキュメンタリーとフィクションの境界線に置かれたスリリングな映画たちに親しんできた私たち21世紀の映画観客だからこそ、彼らに先行したアルバートとデヴィッドのメイズルス兄弟、1969年の傑作『セールスマン』、その日本初上映は見逃せない――と、今どきまれな断言口調でいってしまいたい。
ニューイングランドで豪華版の聖書を訪問販売する4人のセールスマン・チーム。それぞれのニックネームと共にまるでキャストを紹介するように導き出される彼らの日々の売り込み(そして”売り込まれる″富裕とは言えない面々の逡巡、のらりくらり等々の反応)の記録にはハリウッドの脚本家がひねりだしたどんな台詞よりもヴィヴィッドな台詞があり、どんな名優にも勝る演技が染みついていて、アメリカの夢という”物語″、その虚しさを鮮やかに射抜いてみせる。
解説調のナレーションやらインタビューやらを退け、ただただそこに対象と共に居続ける壁の蠅スタイル――等々と紹介される兄弟の属したドキュメンタリーの流儀についての退屈な定義はいっそ脇に置いて、ただ彼らの感傷とは無縁の眼差しと密着の距離に共に身を任せてみる。と、成果の見えない一日を終え、安モーテルの一室でそれぞれに愚痴りたい気持ちをもてあます白い半そでシャツにきっちりとわけた髪の男たちの心がじわじわと他人事でなく迫りくる。モノクロの映像に詩が染みていく。ロバート・フランクに連なるアメリカへの目を思い、ジャームッシュやガス・ヴァン・サントの初期の低予算映画が路上で掬いとったリアルのことも思えば、兄弟の記録/物語の輝き、必見印も大仰ではないともう一度断言してしまおう。
2018年に日本でも公開されたカルト的人気を集める『グレイ・ガーデンズ』。ジャクリーン・ケネディのいとこにあたるリトル・エディとその母、すごすぎるふたりのごみ屋敷の暮らし、そこに息づく過去の残滓と甘苦い夢の欠片、記憶を凝視して兄弟の映画は、ここでもまた記録を超える圧倒的な物語の力を差し出してみせる。『ベニスに死す』の美少年のその後を追った『世界で一番美しい少年』、はたまたアルドリッチの快/怪作『何がジェーンに起こったか?』と3本立てで人生の惨さ、それゆえの美しさを嚙みしめてみたい!

「グレイ・ガーデンズ」

≪メイズルス兄弟とは≫
アルバート・メイズルス(1926 ー2015)、デヴィッド・メイズルス 1931ー 1987)
アメリカ、ボストンに生まれたメイズルス兄弟は、 1960年代に始まるドキュメ
ンタリー映画の潮流“ダイレクト・シネマ”の代表的映画監督。兄アルバートは、
ケネディとハンフリーの大統領予備選を追った Primaryにカメラマンとして参
加などした後、弟デヴィッドと共同での映画制作を始める。二人の代表作には今
回上映される『セールスマン』( 本邦初公開 )、『グレイ・ガーデンズ』の他に、
初訪米時のザ・ビートルズに密着した『ザ・ビートルズ ファースト U.S.ヴィジ
ット』や、コンサート中に観客が刺殺される瞬間も捉えた『ローリング・ストー
ンズ・イン・ギミー・シェルター』、美術家のクリスト &ジャン・クロードを追っ
た『クリストのヴァレー・カーテン』などがある。デヴィッドの死去の後も、ア
ルバートは『アイリス・アプフェル ! 94歳のニューヨーカー』などを発表してい
る。また、アルバートは撮影監督としてオムニバス映画『パリところどころ』の
ゴダール篇にも参加。ゴダールは彼のことを「アメリカ最高のカメラマン」 と
評している。

「グレイ・ガーデンズ」

12月20~24日 18:20~『セールスマン』 20:15~『グレイ・ガーデンズ』、下高井戸シネマにて限定上映