「FEATURED」タグアーカイブ

『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』ゴスペルの神が降臨/Cinema Review-5

Cinema Review第5回は、『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』です。
2018年8月16日、惜しくもこの世をさってしまった「ソウルの女王」アレサ・フランクリンの1972年に教会で行われた幻のコンサート・フィルムが、49年と時を経てついに日本公開されました。1972年1月13日、14日、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われたライブを収録したライブ・アルバム「AMAZING GRACE」は、300万枚以上の販売を記録し大ヒットしています。
監督(撮影表記)は、『追憶』の名匠シドニー・ポラック。
撮影時のミスで、永らくオクラ入りになっていましたが、テクノロジーの進化により作品が蘇りました。
レビューは、映画評論家川口敦子、川口哲生、川野正雄の3名です。

2018©Amazing Grace Movie LLC

★川口哲生

アレサ・フランクリンの1972年1月13日及び14日、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われたライブを収録したドキュメンタリー映画。
アレサは1967年にキャロル・キングの「ナチュラル・ウーマン」1968年にバート・バカラックの「セイ・ア・リトル・プレイヤー」でヒットを放っているけれど、これらもアレサ流に十分ソウルフルではあるけれど、やはり白人層にも受ける、ラジオでもオンエアされる選曲だったのではないだろうか?それに対して、この映画が捉えている音楽はまさにsounds of blacknessという感がする。コール&レスポンスと後乗りの独特のハンドクラッピング、同年リリースのダニー・ハサウェイのライブアルバムでも感じた観客との一体感やサクラなのと思うぐらいの合いの手のかっこよさ。これは彼女が映画にも登場する宣教師の父の元、子供の頃から馴染んできたゴスペル、自分たちの魂の音楽を誰にも遠慮せずに歌う姿だと感じる。
クアイヤ・スタイルのゴスペルを確立したジェームス・クリーブランドのしゃべりや演奏、毛皮やスーツで熱い中でも登場するあの感じ、宣教師の父親のスピーチの独特の抑揚と間、ワッツ・タックスのコンサート映画でも観る今のブラックスタイルとは違うあの頃のキメキメなブラックスタイル、そしてダンス。全てがblack peopleによるblack peopleのための場だ。
それをアポロシアターでジェームス・ブラウン観ていたように、観に来ているミック・ジャガーには脱帽。監督は何故に、シドニー・ポラックなのか?
チャック・レイニーとバーナード・パーディのフンキーリズム隊も渋い。1日目はキャッチーな馴染みのある選曲、2日目はよりディープなゴスペル。どちらも若いアレサ・フランクリンのエネルギーが満ちていて必見!

2018©Amazing Grace Movie LLC

★川野 正雄
ライブ・ドキュメンタリー映画は世の中に数多くある。
好きなアーチストのライブには気持ちが高揚し、知らないアーチストを体験し、発見の喜びを感じる事もある。
同日に公開されたデヴィッド・バーンのライブ・ドキュメンタリー映画『アメリカン・ユートピア』も、感動的な作品である。
監督はスパイク・リー。ここでの感動は、表現者としてのデヴィッド・バーンの完成度の高さであり、そのメッセージに込められた意味合いに起因するものである。
映画の中で観客の存在感は薄い。それは際立っているステージパフォーマンスに、観客の視線を集中させる為なのかもしれない。
『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』から得られる感動は違う種類である。これまであまり感じたことのない強い共感性である。
演者と観客と会場が一体化することによって、大きなバイブスが生まれ、それが観る者の心を揺さぶる共感性に昇華しているのである。
アレサ・フランクリンを知らなくても、70年代のブラックミュージックを知らなくても、この映画のバイブスは、誰もが感じる筈だ。

僕自身は、もちろんアレサの事は知っているが、アルバムを多く持っているわけではない。
ライブ映像を見るのも、今回が初めてであり、このライブを収録したライブアルバムも聴いてはいなかった。
アレサファンというよりも、彼女が活躍した時代、60〜70年代のブラックミュージックファンであり、彼女の所属していたアトランティック・レコードのファンである。
とはいえ、『Think』『Chain of fools』『Respect』など好きな曲は多く、いずれも1960年代にリリースされており、一番好きな『Rock Steady』は、このライブの前年1971年にリリースされている。
アレサ・フランクリン正に全盛期の、教会という小箱のライブである。
監督はシドニー・ポラック。
シドニー・ポラックは、同じ時期に代表作『追憶』を撮っている。
改めて『追憶』を見直したが、完璧な演出のラブストーリーで、ここにも観客の心を揺さぶるバイブスが流れていた。
白人の人気シンガー、バーブラ・ストライサンドを、シドニー・ポラックは見事に使いこなしている。
全盛期同士のカップリング、最強のはずであった。
ワーナーが撮影するというアナウンスが流れるが、音声と映像のシンクロを失敗してしまう。
ライブ盤はコンプリートな物もリリースされているので、アフレコ的に作業を重ねれば当時の技術でも何とかなったように思うが、作品は長年オクラ入りであった。
アレサ自身は完成を望まなかったという話もあるが、現代のテクノロジーで、幻の作品は蘇った。

オープニングに登場したアレサの表情は、緊張しているようだった。
そして1曲目のパフォーマンスは今ひとつしっくりいないように見えた。
いつもと違う教会でのライブ。
しかし2曲目からアクセルが高回転になっていく。
教会でも構わず、どんどんグルーヴも増していく。
そしてアレサの汗もどんどん増えていく。
狭い教会での観客との一体感がすごい。
この時代のソウルミュージックのライブは、こんなにもエモーショナルなのか。
観客のダンスも、バッチリキメたスタイルも、完璧だ。
客席にはミック・ジャガーとチャーリー・ワッツの姿も。
1972年ローリング・ストーンズは、『メインストリートのならず者』をリリースし、ツアーを敢行。更にジャマイカに渡り、『山羊の頭のスープ』のレコーディングに入る。
そんな多忙な1年の初頭に、ミック達はこの場を訪れているのだ。
途中アレサの父親も登場し、このライブの意味合いを誰もが共有する。
益々パワーアップするアレサのパフォーマンス。
狭い教会の中で、アレサの歌は、天使にも神にも聴こえてくる。
アレサの歌に涙ぐむサポートメンバー達。
思い思いの態度で、エモーショナルに感情を表現するメンバー達。
今の時代では体験できない素晴らしい瞬間である。
音楽って素晴らしい。
改めて感じた。
ライブがなかなか体験できない今の時期、ライブの素晴らしさを改めて痛感した。

2018©Amazing Grace Movie LLC

★川口敦子

「この映画を見ることはスピリチュアルな、宗教的な体験だ」(nonfiction.com12/8/2018)――1972年に撮影されてから2018年、オスカーレースをにらんでのNY限定公開、そして翌年4月の米一般公開までほぼ半世紀近くもお蔵入りとなっていた『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』、その内輪向けの試写でホストを務めたスパイク・リーの発言にまさに! と、映画を見ながら味わった興奮を重ねていた。同時にリーが監督作『アメリカン・ユートピア』のコーダとしてデトロイトの高校の聖歌隊の面々の喜々とした歌声をフィーチャーしていたことも思い出され、ゴスペル(福音)のルーツに立ち戻ったアレサ・フランクリンの教会でのコンサートに満ちていく高揚感との共振を改めて嚙みしめてみたくもなった。嚙みしめながらこの圧倒的な快作が日の目をみずに葬られかけたこと、なぜ、どうして? と、その経緯と背景への興味もむくむくと頭をもたげてきたのだった。

まずは時代のこと。72年1月に2晩にわたって行われたコンサート、その会場となったニューテンプル・ミッショナリー・バプティスト教会がLAのワッツ地区にあったという点にはやはり注目してみたい。なにしろそこは65年、白人ハイウェイ・パトロールが黒人青年とその親族を不当に乱暴に扱い逮捕して勃発した一週間に及ぶ暴動の舞台に他ならず、それを端緒として差別に対する火の手が全米に広がることにもなった、要は公民権運動の熱い盛り上がりをリマインドさせずにはいない場所なのだから。暴動の記憶がまだまだ生々しく燻っていたはずの72年、その時空を思ってみるとフランクリンの、聖歌隊の、熱唱に息づく祈りの心が空気を染め上げていく様にいっそう胸打たれる。
いっぽうで、そんな霊的、宗教的イベントにも音楽、映画業界それぞれのコマーシャルな欲望が食い込んでもいたこと、それもまたいつの時代にも共通する苦い現実として見逃すわけにはいかない。ソウルの女王フランクリン絶頂期のコンサートをライブアルバムにするいっぽうで『モンタレー・ポップ』『ウッドストック』と往時、大ヒットを飛ばし、文化的現象ともなっていたコンサートの記録映画、そのアレサ・フランクリン版でまたヒットを、との思惑がハリウッドに渦巻いていたのもまた事実だろう。

フランクリンが移籍していたアトランティック・レーベルを傘下に収めたワーナーの重役テッド・アシュリーが製作を務め、ピンク・フロイドのドキュメンタリーを手掛けたジョー・ボイドが実作面の協力者として名を連ねて始動したフランクリンの映画プロジェクト、その監督として当初、ボイドは二本立上映を予定していた『スーパーフライ』(こちらも当時のトレンドのひとつだったブラック旋風映画の代表格)の撮影監督ジェームズ・シニョレッリ(「サタデー・ナイト・ライブ」に参画、ときくとベル―シ+エイクロイドの『ブルース・ブラザース』のこと、そこにフランクリンも登場していたなあなどとつい、脱線したくなるのだが)に白羽の矢を立てていたという。ところがボス、アシュリーは『ひとりぼっちの青春』でオスカー候補となり、レッドフォード主演の『大いなる勇者』を次回作に控える注目の監督シドニー・ポラックの起用を決めてしまう。『追憶』『コンドル』と続くレッドフォードとのコンビ作、あるいは『ボビー・ディアフィールド』と、ポラック監督作の面白さは今、もっと見直されてもいいと常々思っているのだが、72年の時点でその”話題の人″ぶりに目を奪われたスタジオの製作の判断は些か問題だったかもしれない。
ドキュメンタリーの経験のないポラックの下、集められた4,5人の撮影スタッフは16ミリフィルムを思う存分回し続け、臨場感あふれる映像を掬い取った。が、ロールごとに音声とのシンクロのためのカチンコの目印を入れるのを怠るという致命的ミスを冒してしまった。それでも時間が十分にあれば手作業でシンクロ作業を続けることも不可能ではないはずと、知人の記録映画制作会社元スタッフは語ってくれもしたのだが、それをするより『大いなる勇者』のお披露目上映のためカンヌに行くことをとったポラックにはその後も新作が続き、ボイドとの連絡が途絶え、フランクリンのコンサートを収めたフッテージはスタジオの倉庫で眠り続けることになったのだった。ポラックを責めるつもりはないけれど、俳優修業から監督に進出した彼にはドラマへの興味、その分野の演出力はあっても『ウッドストック』で製作助手のみならず編集も務めたスコセッシの場合のように音楽、そしてコンサート・フィルムに対する意欲や技術を存分に持ち合わせてはいなかった、といった事情もなくはなかったかもしれない。

その後の紆余曲折をかいつまむと、アトランティックでフランクリンのプロデューサーを務めたジェリー・ウェクスラー、彼の下で働いていた青年アラン・エリオットが90年前後、お蔵入りとなった映画のことを聞いて以来、発掘、復活に向け繰り返し私財を抵当に入れての努力を続けた結果、『アメイジング・グレイス』の感動が世界に解き放たれることになる。
その途中で他ならぬフランクリン自身による上映阻止の訴訟が一度ならず起こされもした。それは映画界でもスターにというソウルの女王の夢を打ち砕くことになった撮影後の顛末にフランクリンが深く傷つき怒ったからだろうと、エリオットはコメントしている。いっぽうでがんで逝去する間際、ポラックとコンタクトを取ったエリオットは彼が映画の完成に心を砕き、スタジオと交渉もしてくれた、共に完成に向けてアイディアを練り、女王と聖歌隊をあのワッツ地区の教会に再び招いて映画のエンディングにするといった案も飛び出していたのだと明かしている。極言すれば一度はキャリアのために完成を待たず放り出したプロジェクトへの後悔か、罪の意識か、監督ポラックのクレジットを同作から取り去るようにと逝去後、家族を通じてエリオットに要請されたという。また一時はドキュメンタリー『ブロックパーティ』(スタンダップ・コメディアン デイブ・シャペル発案のブルックリンでのライブ・イベントを記録)の腕を買われた監督ミシェル・ゴンドリーが協力、スケジュールの都合で離れた彼の推薦で編集のジェフ・ブキャナンが完成をめざしての作業で尽力したともエリオットは述懐している。

大急ぎで振り返ってみると映画の復活に向けてのドラマで新たな映画ができそうだが、そんな背景を知るにつけ歳月を経て届けられた映画、銀幕に刻まれたフランクリンの熱唱にいっそう深く神の恩寵とも呼びたいようなものを感じたくもなってしまう。

撮影:シドニー・ポラック『愛と哀しみの果て』 映画化プロデューサー:アラン・エリオット
出演:アレサ・フランクリン、ジェームズ・クリーブランド、コーネル・デュプリー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、ケニー・ルーパー(オルガン)、パンチョ・モラレス(パーカッション)、バーナード・パーディー(ドラム)、アレキサンダー・ハミルトン(聖歌隊指揮)他
原題:Amazing Grace/2018/アメリカ/英語/カラー/90分/字幕翻訳:風間綾平 /
2018©Amazing Grace Movie LLC 配給:ギャガ GAGA★ 公式サイト
5月28日より、全国順次公開中です。

ベルモンド映画の決定版登場『リオの男』『カトマンズの男』/CINEMA DISCUSSION-36

「リオの男」
L’HOMME DE RIO a film by Philippe de Broca © 1964 TF1 Droits Audiovisuels All rights reserved.

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第36回は、昨年開催され大好評だったフランス最強スタージャン=ポール・ベルモンドの旧作特集上映の第2弾「ベルモンド傑作選2」を、ご紹介します。
昨年上映された8本は、日本では見る機会の少ない作品が中心で、いわば裏メニューのようなプログラムでしたが、今回は代表作『リオの男』『カトマンズの男』に、70年代の隠れた名作『相続人』、日本での劇場初公開の後期傑作『アマゾンの男』、『エースの中のエース』の5本が上映されます。
緊急事態宣言で映画館休業問題が生まれていますが、5月14日新宿武蔵野館で、予定通り傑作選2はスタートしました。
最初の土曜日15日は、全回満席との嬉しいニュースを聞いており、作品への期待度を実感しております。

セルクルルージュでは、前回傑作選に続いて、フランスの大スターベルモンドの魅力を知っていただく為に、今回は大々的に応援させて頂きます。

まずは5月より新しいメディアUPDATE TOKYOを立ち上げます。
UPDATE TOKYOは、様々なカルチャー情報を発信するクリエイティブメディアで、映像とWEB SITEの両軸で展開いたします。
映像はYouTubeにUPDATE TOKYOチャンネルを設立し、毎回UPDATE TOKYOのメンバーとゲストのトークセッションにより、映画、音楽、アート、ファッション、ゲーム、食など様々な角度から、UPDATEした情報をお届けします。
WEB SITEでは、動画と連携しながら、トークセッション以外の手法でも情報発信をしてまいります。
UPDATE TOKYOチャンネル第1回は、傑作選の配給プロデューサー江戸木純氏をゲストにお招きし、2回に分けて、ベルモンドの魅力について、たっぷりお話し頂きました。
私が知らない話も沢山あり、ベルモンドファンの方々、また今回初めてベルモンドに興味をお持ちになった皆さんには、絶好のガイドとなりますので、是非ご覧ください。

続いて、ミューシジャンのサエキけんぞうさんに、ゴダール作品『勝手にしやがれ』から、『リオの男』への流れについて、インタビューにて語っていただきました。
サエキさんは、パール兄弟などご自分のアーチスト活動だけではなく、映画芸術での連載など、映画にも深い造詣をお持ちです。また毎年のレギュラーイベントとして、セルジュ・ゲンズブールナイトを主宰され、フレンチカルチャーシーンでのインフルエンサーでもあります。

同じく近日オープン予定ですが、UPDATE TOKYOのWEB SITEでは、『相続人』『アマゾンの男』『エースの中のエース』を、紹介させて頂きます。

セルクルルージュ・ヴィンテージストアでは、ベルモンド出演作品のオリジナルポスターを、特集販売しております。
ベルモンド傑作選2のHPでは、ベルモンドポスターギャラリーとして、紹介頂いておりますので、
合わせてこちらも是非ご覧ください。

前置きが長くなりましたが、今回のディスカッションメンバーは、川野正雄と、映画評論家川口敦子の2名での対談でお届けします。

リオの男ドイツ版ポスタ^

★まずはジャン=ポール・ベルモンドを人気スターとして決定づけた『リオの男』、いかがでしたか? 映画の魅力、ベルモンドの魅力はどのあたりに?

川口敦子(以下A):『リオの男』、心底、楽しみました。この快作、第37回米アカデミー賞脚本賞候補となっているんですね。乱暴を承知でいってしまいますが、その評価の決め手となったのが、アメリカで受けた、大ヒットしたという事実じゃないでしょうか。
ハリウッドの業界人の選ぶ賞とはいえ、否、だからこそ興行成績がオスカーの授賞にはものをいう。もちろん文句なしの快作です、アメリカじゃなくてもヒットしました、でもフランス映画(作家系の作品に限らず、のようです)ってニューヨークとかLAとかごく限られた部分にしか受容されていないという広大なアメリカの一般的観客の現実を思えばこの大ヒットやはり無視できませんよね。あるいはそのヒット、観客の支持がそのまま快作の「快」と重なっていくこと、要はストレートな面白さの勝利――ってまわりくどくなってきてすみません。要するに面白い、四の五の言わずに楽しめる、そんな面白さ、楽しさの源を辿るとベルモンドの魅力はいうまでもないんですが、映画そのものとしての磁力、実力も見逃せない――って肩すかしなコメントになりますが、作り手の底力なしには面白いってなかなか到達できない境地じゃないですか笑
開巻まもなくあっけなくお話がパリからブラジルへとすっとんでいく小気味よさ等々、展開の速さ、効率のよさ、え、え、え、を連発して突っ走りながらも全編を一週間の休暇のできごととして始まりと終わりをきっちりブックエンドにしてみせるとか、これみよがしじゃなく巧いんですね。
冒険活劇にウェルメイドって形容がふさわしいのか、誉め言葉になるのかと、若干、不安になりつつでもそこ、注目したいと思いました。そういう巧さがお得意だったハリウッド映画を振り返ればアメリカでのヒットもよりいっそう納得できる気がします。
監督のフィリップ・ド・ブロカはトリュフォーやシャブロルの助監督を務めていたんですね。ヌーヴェルヴァーグのアメリカ映画志向、ジャンル映画への眼差し、紋切り型の更新といった往き方をにらみ,踏襲しつつも、あくまで娯楽作に仕立て上げるという部分、共著「Midnight Cinema」等で知られる映画評論家J.ホーバーマンが「ソフトコアなヌーヴェルヴァーグ」と彼を評しているのもなるほどと思います。そのド・ブロカとベルモンドは同じ1933年生まれ、映画の新しい波の中で共に育ち、やわらかくそこから巣立っていこうとした兄弟的、同志的関係なのかもしれませんね。
長くなりますがもうひとつ、ド・ブロカとのコンビ第一作『大盗賊』以来、同じ顔触れのチームワークも興味深い。特に『勝手にしやがれ』や『ピアニストを撃て』『黒衣の花嫁』での噛み応えある顔見世も忘れ難い脚本家ダニエル・ブーランジェの冒険また冒険な足跡(神学校で学び、第二次大戦下、レジスタンスに加わって逮捕、収監、労役、脱走、羊飼いとして身を隠し、戦後は世界を股にかけて放浪……)はド・ブロカとのコンビ作にも大いに寄与しているんじゃないでしょうか。彼はアラン・コルノー監督の渋いノワール『真夜中の刑事』の共同脚本も書いているんですね。渋いといえば『大盗賊』以来、製作を務めるアレクサンドル・ムヌーシュキンも要チェック。ド・ブロカ作品以外でもルルーシュのこれまた渋い所、『あの愛をふたたび』(このベルモンドもまた素敵!)『流れ者』『冒険また冒険』お薦めです。あと『愛しきは、女 ラ・バランス』もお忘れなく。あ、もひとつ、『リオの男』の脚本に太陽劇団で知られるアリアーヌ・ムヌーシュキンが参加していて一瞬、?だったんですが、アレクサンドルの娘なんですね。蛇足ですが。

リオの男アメリカ版インサートポスター

川野正雄(以下M):ベルモンドの魅力に関しては、昨年の傑作選1のシネマ・ディスカッションで随分話したので、今回は作品に絞っての話にします。
『リオの男』を初めて見たのは、1980年代後半VHSのビデオで見たと思います。
オープニングのタイトルバックや音楽から素晴らしく、今回人気投票で一位になったのもよく理解出来ます。
ベルモンドのアクションコメディの正に原型になった作品だと思います。
フィリップ・ド・ブロカ監督と組んだ前作『大盗賊』は、コメディ色は薄かったですが、ここでのベルモンドは、アクションに笑いに洒落っ気に旅と、映画の娯楽的な魅力を凝縮していると思います。
64年以前の出演作は、ユーモアはあるけど、ここまでドタバタの物は多分なく(全作品見ているわけではないですが)、ベルモンド自身としてもブレークスルーした作品なのではないでしょうか。
アメリカでのヒットは、敦子さんに聞くまで知りませんでした。
アメリカ版のポスターはデザインが2種類ある為、何故かな〜と思っていましたが、ヒットしていたという事で、納得出来ました。
作品的にもヌーベルヴァーグ直後のフランス映画と言うより、アメリカのアクションコメディのジャンルの方がしっくり来ますね。
この作品は1964年制作なのですが、なんとベルモンドはこの年6本公開されているのです。
しかもブラジルロケの『リオの男』、クリストファー・ノーランの同タイトルを遥かに凌ぐ戦争映画『ダンケルク』、ロードムービーアクション大作『太陽の下の10万ドル』など、いかにも準備と撮影に時間がかかりそうな作品ばかりです。
前年1963年は、『バナナの皮』1本の為、撮影自体は1963年に多くされたと思いますが、すごい本数です。
正に人気スターとして、ノリに乗っていた時期の作品で、すごく勢いを感じます。

「カトマンズの男」
LES TRIBULATIONS D’UN CHINOIS EN CHINE a film by Philippe de Broca © 1965 TF1 Droits Audiovisuels All rights reserved.

★続く『カトマンズの男』も冒険活劇スターとしてのベルモンドの魅力全開の快作ですが、こちらの感想は?

M:前回も言いましたが、この映画が僕の初のベルモンド映画です。確かTBSの映画番組で日本語吹き替え版を見て、すっかりベルモンドのファンになりました。
配給プロデューサーの江戸木純さんに伺った話ですと、この2本はまとめて企画されたのではないかという事でした。
南米と極東という当時ではかなり未知の遠隔地での撮影を軸に計画したのではないでしょうか。
このドタバタ感と、洒落っ気のあるユーモアというのは、多分フレンチコミック的な部分もあると思います。
この作品のベルモンドは、コミックヒーロー的な活躍で、多分これが日本のルパン3世に繋がって行ったのだろうなと、改めて感じましたね。
こちらは1965年制作です。この年の公開作品は『カトマンズの男』と、ジャン・リュク・ゴダール監督作品『気狂いピエロ』の2本となっています。
この弾けたコメディと、ヌーベルヴァーグを代表する1本に同じタイミングで出ているのも、ベルモンドらしいです。
自分として好きな作品というと、エキゾチックで洒落た『カトマンズの男』の方になりますね。
最初に見たという思い入れもあるかもしれませんが。

A: ウェルメイドな『リオの男』に対してこれは走り出したらとまれないマッドマッドマッドワールドな魅力じゃないでしょうか。より不条理にアクションが連発されていく、その身体性を海外紙のいくつかがサイレント映画的と評している、判りますね。
 NYタイムズ紙(66年5月18日)では「ワイルドでファニー」とほめているんですがそれに狂っていてもエレガントと付け加えたい感じ。ド・ブロカは世界的旋風を巻き起こした『リオの男』の後で、ドタバタ・アドヴェンチャー・コメディ映画の監督みたいに決めつけられ、型に押し込められるのがいやでオファーされた『カトマンズの男』を最初は断り、その後、もろに続編というのではなく前作の「魂の相続人」といった形でという条件つきでベルモンドと再び組むことを承諾した、カトマンズのアルチュールのかわりにアーシュラ・アンドレス演じるヒロインがリオでベルモンドが演じたアドリアンの名で呼んで目配せとしている――とundertheradarmag.comが伝えているのも興味深いですね。同じ記事ではド・ブロカが前作よりすべての面で上回ることをめざしている、より壮大なスタント、より高いリスク、よりエキゾチックな舞台…と挙げた挙句にどちらの映画もお馬鹿で素敵だが、リオのひねりと転回に比べより一直線にお馬鹿を究めるカトマンズのほうが好み――と締めくくる、この意見に私もより近いものを感じています笑 といいつつ、こちらもベルモンドの変な前髪(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のパパ役クリスピン・グローバーを彷彿とさせますね)でブックエンド形式を完遂、巧さも軽く継承しています。

カトマンズの男アメリカ版インサートポスター

★『リオの男』はスピルバーグが繰り返し見て楽しんで、『レイダース失われた聖櫃(アーク)』以下のインディ・ジョーンズ シリーズの元になったと認めているそうですが、
60年代日本の東宝映画の能天気な感触とも通じていませんか? ベルモンドの魅力と60年代的なものって関係があるのでしょうか?

A:『カトマンズの男』が大ヒットしたアメリカでライフ誌の表紙を飾り「時の人」となったことを証したベルモンドに同誌は「ニュースタイルのムーヴィー・ヒーロー:セクシー、クレイジー、そしてクール」とのコピーを進呈したそうですが、クレイジーってとこだけに反応するわけじゃなく、白いタキシードやスーツ姿が共に瞼に残るからってだけでもなく、『リオの男』『カトマンズの男』って2本の冒険活劇+コメディの向こうにぼんやりと浮かんでくるのが植木等、無責任男、うはうはお気楽に暴れまくって楽しく前向きに世の中をわたってしまうって、あのシリーズなんですね。
確かに往時、まずは007の成功が生んだヒーロー+美女+世界ロケといった活劇シリーズものの王道もあったわけですがそれを視界に入れつつもっとクレイジーに、だからもっとクールにというベルモンド+ド・ブロカのコンビ作の妙味、外しの技、意外とそれに近いものが植木のシリーズにもなくはなかったんじゃあないでしょうか。どこまでも明日が明るいと信じた時代の能天気さ、そういう60年代の朗らかさの底にはでも、まだ戦争の影が実はあって、ド・ブロカなら『まぼろしの市街戦』を撮ってしまう、実は未来を信じ切ってはいないシニカルさを湛えた眼差しも持っているというような60年代という時代の光と影のことをもしかするとベルモンドも植木もその突き抜けた笑いと裏腹に思わせてくれる部分もあるのでは――なーんて、お呼びでない?…こりゃまた失礼いたしました、なコメントになりつつありますが笑。

M:60年代の東宝コメディはほとんど見ていないので、これは何とも言えません。ただ60年代は、まだまだフランス映画の影響が、日本の映画界に対して大きかったのではないかと思います。
先日対談したサエキけんぞうさんは、ベルモンドと、植木等さんとの類似性をご指摘されていたので、そうなんだな〜と思いました笑。
サエキさんは、50年代の世界的なヒーロー、エルビス・プレスリー、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーンから、60年代のジェームス・ボンドまで、男らしいヒーローの時代が、ベルモンドによって、新しいヒーローキャラクターが生まれたとご指摘されてもいました。
憧れる男性像、ヒーロー像が、1960年代は変わり始めましたね。日本映画も、三船敏郎さん、石原裕次郎さん的なタフガイ映画スターが変わってきて、それが植木等さんや、田中邦衛さんに繋がっていったのでは無いでしょうか。
ベルモンドによって、新たな映画のヒーロー像が作られ、それは続々とフォロワーを生んでいったと思います。
そういう意味でも、ベルモンドの再評価というものを、今正にすべきかと思います。
江戸木純さんは、このままにしておくと、日本でのベルモンドの存在は消えていってしまう危機感をお持ちでした。
今こうして劇場で再公開して、ベルモンドの映画界に与えた影響を、この機会に、より多くの方に知って頂きたいですね。

大盗賊ドイツ版ポスター

★リオ、ブラジリア、香港、カトマンズとロケ地の魅力も満載ですが、印象に残る場面はありますか? 都市の描き方は?

A:ブラジル映画としてはゴダール『東風』に出演もした『黒い神と白い悪魔』『アントニオ・ダス・モルテス』のグラウベル・ローシャを筆頭とするシネマ・ノーヴォの運動も
同時代的にはあったわけですが、それよりは『黒いオルフェ』の影を『リオの男』は感じさせますよね。『インディ・ジョーンズ魔宮の伝説』でヒーローのサイドキックとして活躍する少年ショーティみたいなリオの靴磨きの少年、彼が住む山の上の貧民街というあたりにも『黒いオルフェ』への意識が感じられるような。そこで爆発するフランソワーズ・ドルレアックの土地っ子顔負けのダンスのステップ、必見です!
 あるいはアントニオ・カルロス・ジョビンが手掛けた『黒いオルフェ』のサントラ、なかでもルイス・ボンファが書いた主題曲の出だしの感じを『リオの男』のジョルジュ・ドルリューの音楽はさらりと思わせてくれませんか。同時代ということでいえばアメリカで『リオの男』がヒットしたのと前後してスタン・ゲッツとアストラット・ジルベルト版の「イパネマの娘」がビルボード誌のヒットチャート入りを果たすとか、ブラジルがおしゃれな時代でもあった?
 圧倒的に印象に残るのは1960年に計画都市として完成したばかりの新首都ブラジリアの索漠とした人気のなさとモダンな建築群、それを引きの画で捉えながら車を追って走る走る走るベルモンドを対置するという殆どシュールレアルなチェイスシーンの乾いた感触、グッときます。アントニオーニと比べる評があるのも首肯けますね。
『カトマンズの男』では全編のほぼすべてが屋外撮影というその解放感も魅力的ですね。香港でもネパールでも街頭ロケでエキストラともいえないもろ市井の人々の反応が掬い取られている点もいいですね。ド・ブロカは従軍時代、記録班としてドキュメンタリーを撮ってもいたようですが、その名残か、はたまた「ソフトコア」でもヌーヴェルヴァーグという出自のなせるわざか、ストリートに出た映画としての『カトマンズの男』の楽しみ方もあるように感じました。一方でというかだからこそというのかな、『リオの男』の後半に登場する年増なマダムが仕切る水上カフェの場、ほとんどスキーロッジと笑いつつジャームッシュが「異色の西部劇としてお薦め」と語ってくれた『大砂塵』とも拮抗するような唐突さで往年のセットの映画を全うする部分も好きです。

M:『リオの男』はフランス映画でブラジルというと、『黒いオルフェ』をまずは思い出しますが、そこからもっとブラジルの魅力により踏み込んだ映画でもあるなと思っています。
ブラジルで撮影する娯楽作品のスタンダードになったんじゃないかなとも思います。
『カトマンズの男』は、ほとんどカトマンズは出てきませんね。『香港の男』とか、『アバディーンの男』と言った方がいいように思います。
香港に自分も住んでいたので、幾つかロケ場所も心当たりがあり、面白かったです。
007にも出てくる水上レストランは、残念ながらコロナの影響で、今年閉店してしまいました。
初詣に皆が行く黄大仙も、今と変わらぬ雰囲気で室内で撮影がされていました。
リオのブラジルと同様に、この作品が極東でのロケの先駆者的になったのではないかと思います。
あんなに大胆にカーアクションを香港で撮影した欧米の映画は、それまであまり無いのではないでしょうか。
この流れで『007は二度死ぬ』が、日本で撮影されたのではないかなと思いました。

「アマゾンの男」
AMAZONE a film by Philippe de Broca © 1999 STUDIOCANAL – PHF Films All rights reserved.

  
★それぞれの映画のヒロイン、演じる女優に関しては? 傑作選1の女優たちはたまたヌーヴェルヴァーグ映画の共演女優と比べてベルモンド映画と相性のいい女優ってどんな女優だと思いますか?

M:アーシュラ・アンドレスは、ビーチのシーンが『007ドクターノー』へのオマージュで、面白かったです。
その後ベルモンドと交際しましたが、こういうタイプがお好みなのかなと思ってしまいます。
彼女は007では台詞を全部吹き替えられてしまったのですが、リオのフランス語も吹き替えかもしれませんね。
フランソワーズ・ドルレアックは、ジャングルでのサファリ的なスタイルなど、おしゃれで素敵でした。『袋小路』や『ロシュフォールの恋人たち』より前の作品ですから、初々しさもありました。
妹のカトリーヌ・ドヌーヴとも共演していますが、ベルモンドに似合うのは姉のドルレアックですね。

ムッシュとマドモアゼル ドイツ版ポスター

A:アーシュラ・アンドレスとは『カトマンズの男』での共演がきっかけで私生活でも確か7年間くらいステディな関係だったんですよね。60年代後半のスクリーン誌のスターのスナップショット欄みたいなページで手をつなぐふたりとか、ベルモンドが大好きなサッカーチームを応援にきたふたりとか見た覚えがあります。『ムッシュとマドモアゼル』のラクウェル・ウェルチとかこのアンドレスとか大型(体のサイズのことだけでもなく)グラマー女優、半分いかついほどの肉体美、怖いくらいの(なんてひがんでいってるわけではないですが)ボディの起伏、そこだけではもひとつ良さが判らないというのが正直な感想なんですが…、でも気はいい、頭もいいというのが一見、体だけみたいなヒロインをめぐる常道的展開、黒縁眼鏡の知性アピールもお約束な転回法だったりするわけでアンドレスにもこのパターンが踏襲されている、でももひとつそこはピンとこないんですね。大きすぎるのかな各パーツが??? そういえば女優としても人としてもなんだか謎な存在としていつももやもやしてしまうのが『アマゾンの男』でヒロインを演じるアリエル・ドンバールなんです。ブロンドの白痴美女優の伝統を全うしながら一方でロメールからアラン・ロブ=グリエ、近くはスペインの気鋭ホセ・ルイス・ゲリン等々の作家の映画でも大活躍、その振幅の広さにいつもぽかんとしてしまう。でもベルモンドはこの系統の女優が嫌いではないようですね笑
 かたや『リオの男』のフランソワーズ・ドルレアックは小気味いいコメディエンヌとしての面白さをここでは全開にしてくれていますね。下手をしたら添え物的なヒロインとなりかねない役どころなのに、興味をそらさず存在し続ける。誘拐犯に盛られた一服のせいでパリからリオへ、朦朧状態で移動する、その硬直とふにゃふにゃとを体現する身体性はベルモンドのアクションに匹敵するセンスといってもいい。この映画の後、わずか数年で事故死してしまうのですが、今も存命だったら妹ドヌーヴとはまた別の輝きをさらに輝かせていたんだろうなと、惜しまれます。

「相続人」
L’HERITIER a film by Philippe Labro © 1972 STUDIOCANAL – Euro International Films S.p.A All rights reserved.

★『カトマンズの男』はベルモンドのフレンチ・トラッドなおしゃれにも注目だと思うのですが、いかがでしょう?

M:品よくカジュアルウェアを着こなしていますね。
ノワールな色彩のイメージが強いアラン・ドロンとは対照的に、ベルモンドは赤いセーターなどをサラッと着るのがうまいと思います。
帽子とコートの着こなしも、素晴らしいです。スタイルの良さもあり、何着ても似合いますね。
『カトマンズの男』の序盤の漫画的な前髪も面白かったです。
傑作選1の70年代後半以降の作品では、ハードボイルド〜タフガイ的なスタイルが多く、ファッション的な見どころは少ないのですが、60年代のベルモンド作品は、カジュアルの着こなしが洒落ています。
60年代中期は、メンズファッションもデザイン性が増していく時期ですが、ベルモンドのスタイルは、トラッドベースで、とても好感が持てます。
『勝手にしやがれ』のヘリンボーンジャケットから、ずっと首尾一貫しています。
『リオの男』の白いスモーキングジャケットなんかも、実にさりげなく着こなしてうまいです。

A:異議なしです! 実は海外メディアでこの映画の評者としてマット・ゾラ―・サイツの名前を発見しておおっと膝を打ったんです。「ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル Popular Edition」等の素敵にヴィジュアルな著作をものしているアンダーソン研究の第一人者ですが、その彼が『カトマンズの男』を評するって結び目に気づくと、もちろんタンタン―ド・ブロカ―スピルバーグって繋がりは無視し難いのですがその先にもうひとりアンダーソンが浮かんでくる。で、彼の映画のおしゃれのインスピレーションとしてベルモンドのここでの服装術、絶対、好きだろうなあと確信せずにはいられなくなります。
 とりわけ気にしてみたいのはネパールへの旅でネイビー・ブレザー(これもかわいいい)の下に直用のラコステ白のポロ。提灯袖が二の腕の逞しさを引き立てて、この筋肉美あってこそのポロと改めて思いつつ、でもカーク・ダグラスのムキムキには陥らないおぼっちゃまな雰囲気の仕上がりがまたいいんですね。ぼたんをきちんと襟元まですべてかけて着る上品さも見逃せません。大富豪としての役作りには違いないし、そこは衣装担当のジャクリーヌ・モロー(『女は女である』『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』『薔薇のスタビスキー』等)の腕のみせどころでもあるのでしょうが、何を着ても様になるベルモンドの強みも忘れるわけにはいきませんよね。役作りという意味ではヒマラヤ行きにLV印のバッグふたつ、テニスラケットと赤が効いてるブランケットをくくりつけてという旅支度の優雅さも要チェックです。いっぽうでこの自殺志願のお坊ちゃまのエキセントリックな部分、ナードな部分も衣装はきちんと押さえていて例えばグリーンのジャケットにピンクのシャツ、金のカフリンクスという合わせ、ベルモンドだからシックに成功しているけれど一歩間違うと色とりどりの危険な組み合わせともなりそうですよね。そのあたりのすれすれなおしゃれに熱い視線を注いでいるのがウェス・アンダーソンって気もするわけで、セルクルでもとりあげた『グランド・ブダペスト・ホテル』でも上手にすれすれ素敵なおしゃれを究めていました。
 もうひとり、忘れてはいけないのが従者役のジャン・ロシュフォール、『大盗賊』でも今回の傑作選第二弾に登場する『相続人』でもいい味を出していて見直しちゃいましたが、『カトマンズの男』で彼が着ているサーヴァント用の縞々のジャケット、印象的ですね。あれ、昔、アニエスbが本来の役割分担を外したおしゃれ着として打ち出していませんでしたか? 確か80年代、パリのサマリテーヌの作業衣売り場で物色したような気もします。
 何はともあれ、映画をおしゃれで見るって楽しみのことも思い出させてれる『カトマンズの男』なんですね。

パリの大泥棒アメリカ版ポスター

★『リオの男』はベルモンド総選挙で1位、『カトマンズの男』は4位に輝きました。映画ファンの支持を集める秘密はどこにあると思われますか?

M:先にも言いましたが、娯楽映画の魅力が凝縮されている点です。
ベルモンドの作品でいうと、『リオの男』『カトマンズの男』は、絶対に外せない鉄板です。
ともかく面白い。
笑えて楽しく、観光気分もあり、ヒーロー、ヒロインが素敵。
傑作選3も開催される事を期待したいです。

A:これは川野さんも仰るように娯楽映画のエッセンスを射抜いている点、そこでしょう。
見終えてすぐまたもう一度、また一度と見たくなる、そういう映画、昨今ではなかなかめぐりあえませんよね。それだけに今回の上映、映画のお愉しみを味わい尽くす貴重な機会だと思います。

ラ・スクムーンドイツ版ポスター
「エースの中のエース」
L’AS DES AS a film by Gerard Oury © 1982 / STUDIOCANAL – Gaumont – Rialto Films GmbH All rights reserved.

ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2上映作品】※全作品、松浦美奈さんによる完全新訳日本語字幕版となります。

『リオの男』 (1964年/フランス・イタリア合作映画) 総選挙第1位
監督:フィリップ・ド・ブロカ(「大盗賊」) 共演:フランソワーズ・ドルレアック(「ロシュフォールの恋人たち」)
※パリからリオへ、冒険、冒険、また冒険!ベルモンド×ド・ブロカ監督コンビによるベルモンド映画の決定版にして最高傑作!
★HDリマスターによる57年ぶりの劇場公開

『カトマンズの男』 (1965年/フランス・イタリア合作映画) 総選挙第4位
監督:フィリップ・ド・ブロカ(「大盗賊」) 共演:ウルスラ・アンドレス(「007 ドクター・ノオ」)、ジャン・ロシュフォール
※香港、マレーシア、ネパール…、さらに危険で過激な大冒険の連続! ベルモンド×ド・ブロカ・コンビのもう一つの最高傑作!
★HDリマスターによる55年ぶりの劇場公開

『相続人』 (1973年/フランス・イタリア合作映画) 総選挙第9位
監督:フィリップ・ラブロ(「危険を買う男」) 共演:カルラ・グラヴィーナ、シャルル・デネ、ジャン・ロシュフォール
※スリリング&スタイリッシュ! 巨大財閥の相続人ベルモンドが闇の謀略に挑むクライム・サスペンスの傑作!
★未DVD&ブルーレイ化 ★HDリマスターによる48年ぶりの劇場公開

『エースの中のエース』 (1982年/フランス・西ドイツ合作映画) 江戸木純セレクション
監督:ジェラール・ウーリー(「大頭脳」)共演:マリー=フランス・ピジェ(「真夜中の向う側」)
※1936年ベルリン五輪の真っ只中、ユダヤ人少年を救うべくベルモンドがナチスを相手に大活躍する戦争アクション超大作!
★未DVD&ブルーレイ化 ★HDリマスターによる<日本劇場初公開>

『アマゾンの男』 (2000年/フランス・スペイン合作映画) 特別プレミア上映
監督:フィリップ・ド・ブロカ(「大盗賊」) 共演:アリエル・ドンバール(「海辺のポーリーヌ」)
※『リオの男』から36年、南米アマゾンを舞台にベルモンドが再び大暴れ!ド・ブロカ監督との最後のコンビ作!
★国内未ソフト化 ★HDリマスターによる<日本初公開>

5/14(金)より新宿武蔵野館にて待望のロードショー!

他、テアトル梅田、名演小劇場にても上映決定! 以下、全国にて順次上映。