新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
2022年の第1回目が第42回目となります。
今回は新作ではなく、巨匠ルイス・ブニュエルの後期作品をデジタルリマスター版で特集上映に登場する6作品を紹介致します。
ルイス・ブニュエルは1900年スペイン生まれ、そして20世紀を代表する巨匠です。
今回は1964年の『小間使いの日記』から、遺作となった1977年の『欲望のあいまいな対象』までの作品です。
カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モロー、モニカ・ビッティなど当時のヨーロッパを代表する女優たちが出演しています。
『小間使の日記』
『昼顔』
『哀しみのトリスターナ』
『ブルジョワジーの秘かな愉し
『自由の幻想』
『欲望のあいまいな対象』
今回は映画評論家川口敦子と、川野 正雄の二人の会話でお届けします。
★今回の特集上映は70年代の作品にフォーカスしたものですが。公開時、リアルタイムで経験したものはありますか? 当時、監督ブニュエルや彼の作品をどのように受け止めていましたか?
川野 正雄(以下M):『ブルジョワジーの密かな愉しみ』は、確かATG配給日劇文化でロードショー公開したと思います。その時に観に行きました。
上映終了後わけがわからないと、一緒に行った友人たちがブーイングだった事を、よく覚えています。
高校1年生には理解しにくい映画でしたが、自分自身はこのついていけない感じを楽しんでいました。
後年DVDで見返して、面白さの本質をようやく理解する事ができました。
不条理劇ですが、根底に流れる性欲や食欲、快楽の追求といった人間の本質を茶化したシニカルなユーモアは、ブニュエルならではのものですね。
また今回の特集上映では、一番起用されているのが、フェルナンド・レイだと思います。
その後『欲望のあいまいな対象』も、リアルタイムで見ていますが、『ブルジョワージー〜』ほどの強烈なインパクトはなく、ほとんど記憶がなかったので、改めて今回見直し、二人一役の攻める演出を堪能しました。
川口敦子(以下A):私も『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』が公開時に見た初めてのブニュエルだったと思います。大学に入った年かな。それ以前、中学、高校時代に愛読していた映画誌で『哀しみのトリスターナ』が高く評価されていて、脚フェチの巨匠みたいなこともいわれていて好奇心を募らせつつ、実際に、スクリーンで見たのはずっと後になってでした。
改めて振り返るとシュルレアリスム以来の巨匠として名前としては親しんでいたけれど実際に映画として親しんだのはメキシコ時代の作品がまとめて公開された80年代末だったのかなあと思います。
そういえば今回、ねずみをめぐる場面が『小間使いの日記』や『欲望のあいまいな対象』に出てきて思い出したんですが、川野さんと哲生くんとチェルシーホテルに泊まってねずみが部屋に現れてポーターのお兄さんを呼んで退治してもらうって事件があったじゃないですか(笑) で、その晩だったように記憶しているんですが、なぜかブニュエルの話になって、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』の名前も出たんですが、私がマルコ・フェレーリの『最後の晩餐』とごちゃまぜにしていて、それを川野さんに違うって叱られたなあ(笑) と懐かしく思い出したりもしました。まあお恥ずかしい限りなんですがその程度の不熱心なブニュエルの観客だったわけですね。
★改めて今、往時のブニュエルを見てどんな感想を? 70年代当時に感じていたこととどう違いましたか?
A:というわけで不熱心な観客だったので気づかなかったんだと思うのですが、アルトマン――すみません、どこでもドア的にいつでもどこでもつい引っ張り出したくなるんですが――ブニュエルを見ているし、好きだったんだろうな、と今回、いきなり確信したくなりました。『自由の幻想』のあのとりとめもなく脱線して続いていく挿話、その落ち着かなさの感触は『ナッシュビル』と結ばれていきませんか? 「無神論者でいられることを神に感謝」みたいな発言からも窺えるブニュエルの挑発的な権威への突っかかり方ひとつとってもアルトマンと通じてますよね。『三人の女』が夢から生まれたって挿話にしても、ブニュエルの影を感じるし、今回は上映されませんが『ビリディアナ』でレオナルドの「最後の晩餐」をパロディにした、アルトマンが『M★A★S★H』でそれをしたのもどこかで意識していたからじゃないかと、そんなふうに妄想を膨らませる愉しみ、これもまとめてブニュエルを見た成果かもしれない(笑) そうそう『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』のポスター、唇に脚がはえてるって図柄、これは逆に『M★A★S★H』のピースマークに脚ってポスターからヒントを得ていなくもないようで、ブニュエル自身はあのデザインをあまり気に入っていなかったというのも、流行りものを意識した宣伝の態勢に苦虫かみつぶしたのかなと、なんだかナットクできる気もしてきますよね。
もうひとつ、『昼顔』もオリヴェイラが”その後″を夢も妄想も駆逐した現実の地平を守って撮った『夜顔』を見た今、改めて見直すと謎の小箱とか娼婦の部屋の裸体画とか懐かしい記憶の往還が成り立って奇妙に面白みの奥行が増幅する快感を味わえました。ぜひ2本立てでの公開もお願いしたいですね。
M:他の作品は、当時は見ていないですね。『哀しみのトリスターナ』は、タイトルから違った印象を持っていて、対象外と思っていました。
その頃60〜70年代のキネマ旬報ベスト10をともかく見るという目標を立てていました。またパゾリーニ、アントニオーニなどと並ぶ名監督として、ブニュエルの映画を見たいと思っていたのですが、ともかく機会を見つけられませんでした。その頃見たかった『ビリディアナ』『皆殺しの天使』『アンダルシアの犬』といった作品は、未見のままです。
今回の中では『昼顔』は、いつという記憶は曖昧ですが、メジャータイトルでもあるので、『ブルジョワジーの密かな愉しみ』に続いて見たブニュエル作品です。
夢と現実が途中で混在したり、時間軸が一気に飛んだりするなど、どの作品でもブニュエルは観客を翻弄するのが、この6本全部を見てわかりました。
またすごく前衛的なアート作品監督というイメージを持っていましたが、『さらば友よ』『乱』のセルジュ・シルベルマンがほとんどの作品のプロデューサーである事も、今回初めて認識しました。
フランスの娯楽大作プロデューサーのシルベルマンが続けて製作しているという事で、芸術性と商業性の両立を目指していたという点も理解出来ました。
また今回の資料を見て、原作ものとオリジナル脚本作品では、かなり違うなとも感じました。
『ブルジョワジーの密かな愉しみ』と、『自由な幻想』は、オリジナルならではの破天荒さがありますね。
『小間使いの日記』など何度も映画化されている原作あり作品は、性的なテーマが本質として潜み、それをどうブニュエルが料理するかがポイントなのではないかと思います。
★わかりにくいものが受け容れられにくい今、どんな反応を期待していますか?
M:説明が難しかったり、観客に判断を委ねる部分はありますが、決して難解だったり、退屈な映画ではないと思います。
説明がつかないだけで、テンポも良く、エンターティンメントな要素もある面白い作品ばかりなので、決して現代で受け入れられない作品ではないと思います。
その辺はプロデューサーのシルベルマンの功績でしょうか。
何だかわかりにくいけど、面白い映画だった、女優が綺麗な映画だった、そんな反応を期待します。
A:川野さんも仰るようにわからないけど面白い、エンターテインメント作品ですよね。
もちろん、宗教、同時代の政治、社会への眼も見逃せませんが、付け焼き刃な主張でなく1900生まれ、20世紀の歴史を生き、そこで磨いた反骨精神を逞しく備えているから『小間使いの日記』のエンディングにしても『自由の幻想』や『欲望のあいまいな対象』にある往時のヨーロッパのテロへのブラックな風刺も浮ついていない、だから愉しめます。
★6本の上映作の中で特にお勧めしたいのは? それはなぜ?
M:カトリーヌ・ドヌーブの2本『昼顔』『哀しみのトリスターナ』と、ジャンヌ・モローの『小間使いの日記』の3本は、女優も素晴らしく美しい作品です。
いずれも原作もので、難解さというよりも、女性の毒性が光る作品です。
特に『小間使いの日記』は、今回の中では唯一のモノクロ作品ですが、全編が見事にストイックな演出で見せる作品と思います。
時代背景の理解は必要ですが、右派の描写など、政治的な意味合いも強いので、その辺はもう少し学習が必要でした。
でも今回一番おすすめなのは、一味違う毒性の『哀しみのトリスターナ』ですね。
この映画のフェルナンド・レイとドヌーブの関係の異常さは、ブニュエルならではの欲望とストイックさが同居する不思議な世界です。
A:『小間使いの日記』、いいですね! 森の少女のタイツに這うカタツムリとか、モノクロの峻厳にひきしまった画調に艶かしい危なさが食い込んで、うっとりと見惚れてしまいます。少女への暴行とかをそこだけ取り出して殊更に問題視する昨今の短絡的な傾向からして映画が断罪されないか心配になる部分もありますが……。神を否定しながら神のことを人一倍深く考えていたアーティストの世界、そこに描かれた罪、背徳、悪/善といったことを考える、感じる機会として受け容れたいと思います。
★上映作の女優達、俳優たちの魅力は? それぞれ様々な監督作で活躍している俳優たちですが、ブニュエル映画ならではの魅力はどのあたりに?
M:ブニュエル作品では、本質がエロ親父の紳士役が多いフェルナンド・レイですが、この当時は『フレンチ・コネクション』の悪役のイメージが強かったので、ちょっと意外な印象だったこともよく覚えています。
カトリーヌ・ドヌーブ、ジャンヌ・モローといったスター女優起用は、シルベルマンの方針かなとも思いました。
ジャンヌ・モローのメイドもすごく美しく驚きましたし、二人一役の『欲望のあいまいな対象』の入れ替わる二人の女性も美しいです。
『昼顔』のドヌーブは、サンローランの衣装が素晴らしく、モロッコにあるサンローランのミュージアムで展示されていたドヌーブの写真を思い出しました。
改めて見てみると『昼顔』の時の写真もあります。
またドヌーブに限らず、今回はどの作品でも、男性女性に限らずのファッションの見どころも多い作品だなと感じました。
A:これまた微妙にあぶない発言になってしまいますが『小間使いの日記』のジャンヌ・モローにしても『昼顔』『哀しみのトリスターナ』のドヌーブにしても、黒に白い襟の修道女見習い的な、制服にも通じる禁欲のエッチ感が冴えて素敵。特に仏頂面にエロティシズムが映えるんですね。フェルナンド・レイ、ミシェル・ピコリの紳士の風体の裏面をにやりと思わせる佇まいも凄い! ちょっと外れますがそういう人々が生息する欧州のブルジョワ階級の環境、居場所、これはヴィスコンティの映画にもいえますが、日本映画にああいう真の有産階級ぶりがなかなか描けない残念さをなんだか改めて感じてしまいました。といいつつ個人的に好きなのは『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』のビュル・オジェのイエイエ娘感ですね(笑) これも『夜顔』の彼女、あとピコリと見比べてほしいなあ。
ルイス・ブニュエル特集上映 デジタルリマスター版 男と女
2022 年1 月21 日(金)~2 月10 日(木)、角川シネマ有楽町にて開催中。
公式HP:bunuel-filmfes-japan.com