ディランのローリング・サンダー・レヴューの全貌

ボックスセットインナースリーヴ

これまでの歴史的なコンサートツアーで、一番見たかったライブは何か?と問われたら、迷わずに1975年に行われたボブ・ディランのローリング・サンダー・レビューと答えるだろう。
ディランのローリング・サンダー・レビューは、1975年10月〜12月が第1期、1976年4月〜5月が第2期、2年に渡り北米〜カナダを回ったコンサートツアーである。
但し第1期と第2期は、大きく内容が異なり、どんどん進化〜変化していくディランらしいもので、全く違ったサウンドとなっている。
このツアーは正に伝説的なコンサートで、特に第1期に関しては、長い間実態を私は把握することが難しかった。
『レナウドとクララ』というディランがツアーに合わせて製作した映画があるが、4時間の長尺で、評判も散々だったらしい。日本でも限定的な公開はあったようだが、当時の私は上映情報すらキャッチする事が出来なかった。

https://youtu.be/JlaWhoQjfCg

ところが今年に入り、なんと第1期の音源を集積した14枚組CDのボックスセット『ROLLING THUNDER REVUE 1975 LIVE RECORDINGS』がリリースされ、合わせてNETFLIX限定でマーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー『ローリング・サンダー・レビュー』が配信開始となった。
2002年にブートレッグシリーズとして、初めて『ローリング・サンダー・レビュー』ライブ2枚組+DVD(2曲のみ)が発売され、ようやく生の音を耳にする事が出来た。初期のセットには『レナウドとクララ』から2曲の映像が収録されており、ようやくその姿を映像で確認する事が出来た。
ただあくまでもそれは一部のフッテージであったが、ようやく今回映像を含めて、その全貌を把握する事が出来たので、少し前後関係を含めて紹介させて頂きます。

個人的な話になるが、当時私は高校生で、ザ・バンドとの復活ライブ版『Before the Flood/偉大なる復活』の圧倒的なスピード感に魅了され、すっかりディランのファンになっていたところであった。
そこに聞こえてきたのが、ローリング・サンダー・レビューの情報で、必死に日本版ローリングストーン誌に掲載されていたツアーレポートを読み、頭の中でイメージを膨らませていた。
74年にリリースされた『血の轍』は、ローリングストーン誌では絶賛されていたが、高校生の私には少しばかり難解なアルバムだった。
翌年にはローリング・サンダー・レビューが開始され、第1期ツアーが終わると、大傑作アルバム『欲望』がリリースされ、全米1位となった。

アルバム『欲望』

日本のみシングルカットされた『ONE MORE CUP OF COFFEE/コーヒーもう一杯』は、バイオリンがフューチャーされたジプシーサウンドが素晴らしく、一度聞いたら忘れられなくなるメロディで、ラジオでもヘビィーチューンとなっていた。
この曲に表現されている緩やかかつエキゾチックな旋律は、ローリング・サンダー・レビューのコンセプトが具現化された曲のように聞こえてきた。
実際ローリング・サンダー・レヴュー第1期は、それまでのディランにはなかったバイオリンなどエキゾチックなサウンドを取り入れ、旅芸人一座のようなユニットでツアーをしていたのだが、ローリングストーン誌のレポートで想像する以外は、ライブのサウンドを聴く術を、当時の私は持ち合わせていなかった。
当時は西新宿に行くと、海賊版(ブートレッグ)を扱う輸入盤屋が数件あったが、値段も高く、クオリティもわからず、ギャンブル的な買い物であった。
同じ時期ローリング・ストーンズが、ロン・ウッドを加えた最初のツアーを行なっていて、私はローリング・ストーン誌にレポートの出ていたツアー初日のバトンルージュのライブ海賊版2枚組を購入したのだが、音質も演奏もクオリティがひどく、海賊版には二の足を踏むようになっていたのだ。

そんな中、第二期ツアーのライブ盤『激しい雨(HARD RAIN)』がリリースされる。更に同内容のライブドキュメンタリーが、突然確かテレビ東京で日曜の午後オンエアされ、必死に見た記憶がある。
今なら地上波でディランのライブがオンエアされるなんて考えにくいが、当時でも驚きであった。ライブの内容は、同じエキゾチックでも、イメージしていたジプシーサウンド的な演奏ではなく、どちらかというとアメリカ南部やメキシコなど中南米の香りがするものであった。曲によっては、当時流行りつつあったレゲエビートを取り入れており、それはそれでとても格好いいのだが、何か違うな〜という印象であった。
20年以上その映像を再見する事はなかったが、今ではYOU TUBEで、他のライブ映像も併せて見る事が出来る。

マーティン・スコセッシは、2005年にディランの60年代を描いたドキュメンタリー『NO DIRECTION HOME』を製作している。ディランのドキュメンタリーはかなりの数があるが、この映画は出色かと思う。

そのスコセッシのディランドキュメンタリー第2弾が、『ローリング・サンダー・レビュー』である。
NETFLIX限定という環境だが、内容は素晴らしい。
まず何と言っても「40年前で覚えていない」と言いながら、ディラン本人がツアーを振り返るインタビューが貴重である。
映像も、当時売り出し中のパテ・スミスのパフォーマンスが危なっかしいNYでのキックオフパーティや、なぜかユダヤ人主婦の麻雀大会で行われるリハーサル、フランスで訪問したジプシーキャンプなど、見たこともない貴重なフッテージばかりだ。

ディランだけではないツアー参加者の素顔も垣間見れる。
メインの出演者だったジョーン・バエズとは、ありがちな元カップルの会話をしている場面がある。
3時間のパフォーマンスという事で参加したアレン・ギンズバーグは、客が帰ってしまうという理由で、懇願した5分も許可されず、2分しか持ち時間が与えられない。
ジョニ・ミッチエル、ロジャー・マッギン、ミック・ロンソン、Tボーン・バーネットなどツアー参加者の姿も興味深い。
しかし何といっても強烈なのは、バイオリンを持って歩いていたらディランに声をかけられたという女性バイオリニスト、スカーレット・リヴェラの姿が印象的だ。彼女のジプシーバイオリンが、サウンド全体にエキゾチックな空気を生んでおり、『アイシス』などで、ディランとガチンコで対峙するステージ上でのパフォーマンスも素晴らしく力強い。
彼女自身のキャラクターも特異で、メイクも怪しいが、部屋にも怪しげなナイフや蛇。他のドキュメンタリーのインタビューでは、カナダのライブで誰かにドリンクにドラッグを混ぜられ、ステージで大変なことになったと語っている。
ミック・ロンソンは、デビット・ボウイのスパイダー・フロムマースからの参加で、『激しい雨が降る』では、素晴らしいグラムギターを演奏している。
映像も音源も無かったが、記録を見ると、ミック・ロンソンは前座的なソロの時間ではボウイの『LIFE ON MARS』を演奏している。

14枚組ボックスセットには、4箇所5回のライブ録音に加えて、前述の麻雀大会など、リハーサルなどのレアな音源がたくさん入っている。そこからは、楽曲がどのように成熟していったのかを、窺い知る事も出来る。
特にリハーサルだと思うが、ディランには珍しいソウルミュージックのカバー、インプレッションズの『PEOPLE GET READY』や、ミラクルズの『THE TRACKS OF MY TEARS』は、ここでしか聴けない貴重な録音である。
ライブ楽曲は当然被ってくるが、それぞれが表情を持っていて、微妙に違ったりする生き物である。

40年経過して、改めてローリング・サンダー・レビューの実態を理解する事が出来たが、それは想像以上にクリエイティブかついい加減に緩い運営で、とても魅力的なツアーであった事を知る事が出来た。

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