モノクロームで描かれるパリの現在地『パリ13区』/Cinema Discussion-44

©︎ShannaBesson ©PAGE 114 – France 2 Cinéma

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
第44回は、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞『ディーパンの闘い』、グラ
ンプリ受賞『預言者』など数々の名作で世を驚かせてきた、今年
70 歳を迎える鬼才ジャック・オディアール監督の最新作『パリ13区』です。
ここのところ旧作名作の特集上映を続けて取り上げていましたので、久々の新作ご紹介です。
ジャック・オディアールは、『燃ゆる女の肖像』で一躍世界のトップ監督となった現在43歳のセリーヌ・シアマと共同で脚本を手がけ、“新しいパリ”の物語
を、洗練されたモノクロの映像美で大胆に描き出しています。
コロナ禍で撮影期間が限定されたために、クランクイン前のリハーサルに力を入れ、今までにない濃厚な作品づくりが行われたという本作は、021 年第74 回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でお披露目されました。
今回も映画評論家川口敦子と、川野正雄の対談形式でご紹介します。

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★原題「オランピア―ド」と名付けられた『パリ13区』は、1970年代の再開発によって生まれた高層ビルやマンションが連なる地区を舞台としています。パリのイメージを覆すこの地区を舞台にしている点、どう見ましたか?

川野正雄(以下M)
随分パリに行っておらず、13区のイメージは正直出来ないので、13区が舞台という点のコメントは難しいですね。
あくまでも想像ですが、2024年オリンピックに向けて、パリの街もどんどん進化はしていると思います。
その中で13区はどんな存在のエリアになっているのか、
70年代にパリはかなり変わったと想像していますので、オディアールがこの街を選んだ理由なども気になっています。

川口敦子(以下A)私もコロナ以前からもうしばらくパリに行っていないので、しかも行ってた頃にも13区の辺りにはあまりなじみがなかったので、あくまでこの映画を見て受け取った印象に基づくコメントになってしまいますが、やはりいわゆる古き佳きパリのルックをはみ出す界隈として、そのはみ出し感が映画が描く人々の同様の感触をこれみよがしではなく、しっくりと裏打ちして、物語りを支えるバックボーンとして機能していますよね。そうした環境のさりげない活かし方に監督ジャック・オディアールの話術が光っていると思います。
で、そのおなじみのパリとは別の――って印象は台湾系移民の祖母所有の部屋に住み、そこを間貸しして生活費を得ようというエミリーのマンションをはじめとする高層建築、その高さから望まれる街や空や川の印象だったりもする。それは、13区で撮ったわけではないかもしれないけれど、ジャン=ポール・ベルモンド特集で上映されたアンリ・ヴェルヌイユ監督作『恐怖に襲われた街』で使われた高層のビルがもたらした印象とも通じているようにも感じました(ちなみにヴェルヌイユはジャック・オディアールの父、名脚本家として鳴らしたミシェルとのコンビでも知られています)。多分、あの映画が撮られた70年代半ばにはパリ再開発によって誕生したそうした高層建築が新しかった、だからクライマックスのアクションにも活用されたりしたんでしょうね。そんな新しさが半世紀を経た今、かつて新しかった分、古ぼけて見える、それが逆に映画に新鮮な雰囲気をもたらしている、そんな逆転現象はまあ、どんな都市にもはたまた流行現象にも見出されるとは思うのですが、ともかくそれは長らくこの13区に住んでいたという監督オディアールだからこその実感としてこの映画に面白味と厚み、深さをもたらしているようにも感じました。

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★ストーリーは日系アメリカ人4世のグラフィック・ノベリスト エイドリアン・トミネの短篇集3篇に着想を得ているそうですね。また監督脚本のジャック・オディアールに加えて『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマとやはり注目の新鋭レア・ミシウスという女性ふたりが脚本に加わっています。そうした要素が完成作にどんなふうに影響していると感じましたか?

M:まず女性脚本家が二人入っている事は、非常に大きいですね。
主要登場人物は3人が女性、男性1人で、性的な事を含めて、女性のメンタリティを時には荒々しく描く事に、共同脚本家の存在は大きいと思います。
先日紹介したパゾリーニは『テオレマ』で、女性の潜在的な性欲を、衣服の上から視線を通して描いたが、ジャック・オディアールは肉体を通して、オープンかつミステリアスに描いています。
オディアール70歳ですが、演出の切れ味は冴え渡っていると感じましたが、脚本家2人の力は大きいと感じています。
感染対策でリハーサル時間をたっぷり取り、撮影自体は短期集中型だった効果があるのでしょうか。
今では懐かしいクラブでの密集熱狂シーンは、コロナへのアンチテーゼかとも思いました。
ただ前作などは見ていないので、原作の短編との持続性などについては、何とも言えないところです。

A: トミネの作品はニューヨーカー誌の表紙で目にしていたかもしれませんが、その程度の知識しかなかったので、今回、にわか勉強でいくつかの記事に目を通してみたんですが、カリフォルニア郊外を舞台に「誰の心の中にもいる”負け犬″に訴える」ような作風という点でレイモンド・カーヴァ―と比較されることも多いとあって、そういえばそのカーヴァ―の短篇を縒り合せたアルトマンの『ショート・カッツ』とトミネの短篇3作を編み合わせた『パリ13区』と、少しだけ通じている感じもなくはないかもしれませんね。といいつつアルトマンの目の辛辣さと比べるとオディアールの眼差しはもう少し柔らかいかもしれない、彼のこれまでの作品を振り返ると監督デビュー作の『天使が隣で眠る夜』以来、きんと青く醒めた冷たさのなかにゆらゆらとやわらかなリリシズムが立ち上ってくるような部分があって、そのふっとした揺れ、陽炎みたいなやさしさが彼の映画の磁力みたいにも思います。
そのデビュー作が差し出した”男の世界″は監獄の中でのし上がっていく青年をスリリングに追う快作『預言者』の核心として息づいてもいましたよね。いっぽうで『リード・マイ・リップス』とか『君と歩く世界』とか、ヒロインもまたタフにハードボイルドな世界を闊歩していた気もします。今回、ふたりの女性脚本家が加わったことでそんなオディアールの世界が覆されるほど変わったということはないように思う。ただとりわけ『燃ゆる女の肖像』の画家とモデル、女性同士の眼差しの交換、その官能をじわじわと掬い取ったシアマを得てトミネの原作に基づきつつもノラとアンバー・スウィートの見る見られる関係が醸すロマンスの温かな肌触りが映画にもたらされたんじゃないかなとは思います。親密さの描き方のレイヤーが増したといったらいいのかな。

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★4人の主要キャラクターに関して、個々の面白さ、関係の面白さ、どんなふうに見ましたか? 必ずしもサンパなばかりではない人々とも見えますが?

A: 特にエミリーとカミーユの関係に関してその必ずしもいい人じゃない部分が面白さとしてゆっくりと効いてくるんですよね。施設にいる祖母の世話もそっちのけで自分勝手に出会い系サイトで性の”冒険″を楽しみ、実は何も満たされないままに独りでいるエミリーにしても、ちゃらんぽらんに女友達との関係を渡り歩いているような高校教師カミーユにしても、家族との時間にいつもは見えない何か、心の奥底の癒えない傷のようなものが垣間見える瞬間があって、そういう瞬間をこそ、現代のSNSやウェブサイトに撮り囲まれた人間関係の希薄さの向こうに映画は見出しみつめようとしている、そこがいいですよね。
 13区という周縁的なパリを舞台にした映画は人に関してもこれまでのオディアール映画同様、マージナルな場所に身を置く存在への慈愛を芯にしているなあと、そこにも惹かれます。

M: どの人物も決して完ぺきではなく、特に男性のカミーユには殆ど共感出来ませんでした。
しかしカミーユのいわば自己矛盾的な行動と、敦子さんの指摘する傷みたいなものは、どこかでシンクロして、それがノラやエミリーを振り回す事につながっているのではないでしょうか。
皆完ぺきではなく、精神的な欠陥も抱えながら、必死ぽくはないんだけど、必死に生きている。そんな感覚が胸に迫りますね。
共感という意味では、アンバー・スウィートに一番好感が持てました。
もっと彼女のバックボーンを知りたくなりました。

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★キャスティングに関しては?
M:初見参の役者ばかりでしたが、ミュージシャンでもあるアンバー・スウィート役のジェニー・ベスはとても魅力的でした。
ノラ役のノエミ・メルランも、ちょっとアンバランスな女性としての見え方が素晴らしかったです。
人生の時計が少しずつ狂ってくる、そんな女性がノラだと思いますが、最後に自分の道が見えてきて、多分一気に時計の針もブレなくなったのではないでしょうか。
繰り広げられる男女を中心にしたやりとりは、ホン・サンス作品にも通じる部分もあると思っています。

A: 『燃ゆる女の肖像』でも寡黙さの中に我が道を往く強さを研いでいるような画家を快演したノラ役のノエミ・メルランの魅力ももちろん見逃し難いですが、彼女と愛を育むアンバー・スウィートを演じたジェニー・ベスには私も惹き込まれました。見る/見られる関係が(言葉・心を)聞く/聞かせる関係へと深化していく過程で彼女の声がひりひりと傷ついてきたノラの救いとなっていく、その感触をすんなりと納得させてくれますね。主要キャストはもちろんなんですが、不動産物件内覧の場で再会するカミーユの教え子とか、彼の父、妹、亡き母の車いすを買いに来たマダム等々、脇のキャスティングもぬかりないですね。

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★モノクロで撮られている点についてはどう見ましたか?
A: パリ13区を舞台にした映画として『パリ、ジュテーム』のショワジー門、クリストファー・ドイル監督編がありましたが、中華街に迷い込んだシャンプーのセールスマンの白昼夢を描く不思議な映画の色色色の印象と対照的なこのモノクロの世界の底に、澄んだ寂寥感が漂って、映画をいっそう忘れ難くしていると思います。リアル過ぎないリアルを世界に纏わせる効果も感じられますよね。

M:モノクロである事により、性的なシーンが美しくなり、生々しさが薄まったと思います。
映像も綺麗ですが、2021年にモノクロで撮影した事の意味、それをもっと知りたくなりました。

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★おすすめのポイントをあげるとしたら?
M:これが今のパリ、コロナ下で作られた映画、パリの現在地の映画と思って見ると、感じる部分も多くなるのではないでしょうか。

A: 人と場所、時代と時空、その親密な織り上げ方!

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『パリ13区』
2021 年/フランス/仏語・中国語/105 分/モノクロ・カラー/4K 1.85 ビスタ/5.1ch/原題Les Olympiades 英題:
Paris, 13th District/日本語字幕:丸山垂穂/R18+ ©PAGE 114 – France 2 Cinéma
提供:松竹、ロングライド 配給:ロングライド

監督:ジャック・オディアール 『君と歩く世界』『ディーパンの闘い』『ゴールデン・リバー』
脚本:ジャック・オディアール、セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』、レア・ミシウス
出演:ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン『燃ゆる女の肖像』、ジェニー・ベス
原作:「アンバー・スウィート」「キリング・アンド・ダイング」「バカンスはハワイへ」エイドリアン・トミネ著(「キリング・アンド・ダイング」「サマーブロンド」収録:国書刊行会)

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