stile latino (スティレ ラティーノ)

左からヴァンチェンツォ、息子のチェザレ、有名なエージェントのプリモ
左からヴァンチェンツォ、息子のチェザレ、有名なエージェントのプリモ

stile latino(スティレ ラティーノ)はイタリアはナポリにおいてヴィンチェンツォ・アットリーニが2004年に立ち上げたスーツ、ジャケット、コート等のブランドです。アットリーニ家は1930年代から続くサルト(テーラー)であり、現在もそのクラシックなメインストリームはattoliniというブランドで展開されています。私はヴィンチェンツォが関わってきたSartorio(サルトリオ)、Eligo(エリゴ)といったブランドの頃から、彼の作る服にとても引かれてきました。今回BEAMSで彼のトランクショーが開催され、本人とお会いできたこと、そしてstile latinoのウエッブが立ち上がったこと、この2つの機会を捉えここでstile latinoをとりあげてみたいと思います。まずはその世界観を、新しく立ち上がったサイトでご覧ください。

stile latino(スティレ ラティーノ)

ヴァンチェンツォのつくる服の魅力は、クラシックなテーラードから発しつつ、そこに安住していない、同時代感を感じさせるパターンやコンパクトなサイジング、そして何より他ではなかなか見ない生地により醸し出されています。ブランドのネーミングの「ラテンのスタイル」からは派手で明るいイメージを連想される方もいらっしゃるかと思いますが、予想を裏切る一見地味ながらラテン的渋さを感じさせるオリジナリティあふれる色味と素材感が特徴的です。

シングル三つボタン、ノーパッド、ノープリーツのパンツというミニマルな仕様のスーツ。上襟から肩にかけての吸い付きやアームホールの攻め方が秀逸。ブルー(実際は写真ほど青くない)のモヘア&シルクのシャリ感と渋い光沢がお気に入り。濃い色のポロをインナーに着てもいいが、白シャツ、紺タイ、黒靴のストイックな合わせで着たい。
シングル三つボタン、ノーパッド、ノープリーツのパンツというミニマルな仕様のスーツ。上襟から肩にかけての吸い付きやアームホールの攻め方が秀逸。ブルー(実際は写真ほど青くない)のモヘア&シルクのシャリ感と渋い光沢がお気に入り。濃い色のポロをインナーに着てもいいが、白シャツ、紺タイ、黒靴のストイックな合わせで着たい。
夏物のベージュのコットン・ウールのスーツ。背抜き仕様だが、内ポケット脇のライニングもセンスを感じる。V(ヴィンチェンザ)A(アットリーニ)での表記。
夏物のベージュのコットン・ウールのスーツ。背抜き仕様だが、内ポケット脇のライニングもセンスを感じる。V(ヴィンチェンツォ)A(アットリーニ)での表記。
大きくカーブを描く幅広の襟がクラシックでエレガントなチョークストライプフランネルスーツ。身幅のジャストさ、着丈の短さ、ノープリーツのパンツのタイトさが現代的なバランスをもたらしている。もちろんウールタイ、スエードの茶靴で素材のウエートをそろえたタイドアップがベストだが、タートルで気取るのもいい。
大きくカーブを描く幅広の襟がクラシックでエレガントなチョークストライプフランネルスーツ。身幅のジャストさ、着丈の短さ、ノープリーツのパンツのタイトさが現代的なバランスをもたらしている。もちろんウールタイ、スエードの茶靴で素材のウエートをそろえたタイドアップがベストだが、タートルで気取るのもいい。

 

パッドなし、背抜き,膝上丈のダブルブレステッドコート。ニットやシャツの上にジャケットを挟まなくても着れるジャストなサイズ感。
パッドなし、背抜き,膝上丈のダブルブレステッドコート。ニットやシャツの上にジャケットを挟まなくても着れるジャストなサイズ感。
コートの素材はヴィンテージのTAYLOR&LODGE。スパー150のカシミア混。輪磯ヘリンボーンが渋すぎる。
コートの素材はヴィンテージのTAYLOR&LODGE。スパー150のカシミア混。ワイドヘリンボーンが渋すぎる。
そして正に嗜好品としてのスーツと言えるベビーアルパカ混のブラウンプレイドスーツ。地色がシルバーグレイなのが都会的でモード的にも見える。さてどんなコーディネートを考えますか?
そして正に嗜好品としてのスーツと言えるベビーアルパカ混のブラウンプレイドスーツ。地色がシルバーグレイなのが都会的でモード的にも見える。さてどんなコーディネートを考えますか?

世の中のカジュアル化、気候の変化、ファストクローズ化の中で、こうした重衣料は限りなく『嗜好品』化しています。このサイトを訪れる方の多くも、スーツを着る必要のない方々かも知れません。しかしそうした中であえて嗜好品としてのスーツを、ジャケットを、コートを着たくなる人も増えているように思います。

そしてそうした嗜好品としての選択をするとき、その作り手がなにを見、何を聞き、何を感じて生きているかが重要になるように思います。そこでの作り手との共感性がとても大切になるのです。

お会いしたヴィンチェンツォは、服に対しての提案では大変エネルギッシュでしたが、本人はこちらを許容する懐の深い、渋さを感じさせるすてきな方でした。チャーリー・ワッツが彼の服を着ているとの話をしていたとき、ロックバンドでも活躍中の息子さん(チェザレは自分のCDをくれました)とロンドンのストーンズのコンサートに行った話もしてくれました。ロックを感じる服かい?と聞くと「ラティーノはブルーズだな」といっていたのがなるほどなという感じでした。grazie mille!

 

 

 

 

Cinema discussion/ “Un monde sans femmes 「女っ気なし」シネマ・ディスカッション

Cinema discussion/ “Un monde sans femmes 「女っ気なし」シネマ・ディスカッション

投稿日時: 2013年10月20日 投稿者: 川野 正雄

セルクル・ルージュでは、新作映画についてセルクル・ルージュのメンバーが語り合いながら紹介する”シネマ・ディスカッション”を、今後不定期ですがアップします。今ある批評の形に囚われない映画評論というものに、これからチャレンジしていきたいと考えています。
第一回は、フランス映画の新星ギョーム・ブラック監督の「女っ気なし」「遭難者」です。
今回の参加メンバーは映画評論家の川口敦子さんをナビゲーターに、名古屋靖、川口哲生、川野正雄の4名です。

ギョーム・ブラック監督
ギョーム・ブラック監督

川口敦子(以下A) 最近映画批評のあり方を考えていて、座談会をやりたかったのは、それぞれが違うけど、共通の部分があるメンバーが見て、それぞれがどう感じたのかがわかりあえると、一人で見て一人の意見を書くのとはまた別の面白さがあるかなと思ったから。批評とはまた別の映画の取り上げ方を、ここではできたらと思います。
川口哲生(以下T) 映画を見終わった直後にメンバーで話した時、それぞれがそれぞれの経験や視点に基づいて、同じ映画を見ているのに映像やストーリーの違う部分を指摘をしていたり、違うものを見ているのが面白かった。そんな違いから皆がそれぞれ色々な所に行きつつ、色々な映画を見ている事がよくわかる。
『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

川野正雄(以下M) 中編で退屈だったらどうしようかと思っていましたが(笑)、思ったより遥かに良かった。昔ながらの定番バカンスものというシチュエーションで、今の人が作った印象です。オタクの主人公のキャラクターとか今時な感じで面白かった。
尺が短いけど、ラストのサプライズで、もっと見てみたい気持ちになりました。
A 「遭難者」は長めの短編、「女っ気なし」は中編、長編というにはちょっと短い。どちらも中途半端な長さで、これから何があるんだろ〜な?ってところで、終わりますよね。
名古屋靖(以下N) 好きなフランス映画。フランス独特の可愛さがあった。イギリスだとクールだったり、イタリアだったら情熱的。フランス的にライトで、出てくる人が間抜けで、そういう部分が好きなフランス映画の可愛さ。プリティではない、フランスや日本人にしかわからない可愛さがありますね。
A  メルヴィルが日本で人気があるのと通じるのかな。アメリカではそこまで受けないかもというかんじ(笑) ギヨーム監督の2本もアメリカではまだ映画祭位でしか上映されていないようです。バカンスもの(だけじゃもちろんないですが{笑})が得意だったエリック・ロメールも一般のアメリカ人にはそれほど知られてないと思うけど、日本人にはもう少し人気がありますね。
T 全てを言い尽くさない感じが良かった。尺も含めて、人間の不器用さを言い尽くさないのがいい。余白が残っている感じが、日本人にはいいのかもしれない。いわゆるフランス映画的な格好よさは全然ないんだけど。
A  監督はジャック・ロジェが好きで彼の「オルエットの方へ」は間違いなく映画を撮るきっかけを与えてくれた一本といってました。そのロジェの初期の短編「ブルー・ジーンズ」なんて、カンヌで歩いている女の子たち、追いかける男の子たちを撮ってるだけだったりして、でもそれがすごく格好いいんだけど、ブラック監督の映画からはそういう格好よさは抜けちゃっていますね。というか、カッコよさは追求していない。
M  フランス映画好きの人には、好まれると思います。
N  フランス映画ではカメラワークとか、テクニカルな部分に凝る作品が多い印象があるんだけど、これは色にはすごく気を使って撮っている。でもそれ以外には殆どこれみよがしなテクニックを弄していないのが、逆に新鮮だった。その辺の割り切りの潔さが、起伏がない映画を際立たせてるって面があるのかな。
A  ヌーヴェルヴァーグも元々は理論ばかりを振り回すのでなく、屋外に出て普通の人を普通の光の中で撮って、それが素敵だった。後から祭り上げられちゃって、何か小難しい感じのものになってる部分もあるけれど、最初は単に格好よかった、シンプルに撮ることのよさ、潔さが新しい波だった。そのシンプルさとギヨーム監督の映画は通じているかもしれない。
『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

N アメリカンニューシネマの匂いもしますよね。
M 「イージーライダー」、タランティーノ、ディランなどを、アイコン的に使って、キャラクターを表現している。
監督が生まれたのが1977年だから、部屋に飾ってあった「イージーライダー」や、ボブ・ディランの「欲望」は、監督の生まれる前ですね。
A 下ネタ満載のジャド・アパトーみたいなアメリカの変なコメディも好きみたいだし、アメリカ文化への共感はあるみたいですね。
N  キャラクターの作り方は絶妙ですね。「遭難者」という短編があっての、「女っ気なし」って作品になってますね。
『遭難者』 © Année Zéro - Kazak Productions
『遭難者』
© Année Zéro – Kazak Productions

A  登場人物が監督の分身だったりする感じもありますね。お母さんのキャラクターなんて、ちょっとイラッとするタイプだけど、うまく表現されていると思います。
T はじめ主人公にイラっとさせられた人たちが自分の中に抱えているイラっとを吐き出してピースになっていく。その展開もいい。
M クラブに慣れていない人がクラブに行った時の所在なさとか、すごくうまく描いていると思う。台詞がない場面で、語るのがうまい監督ですね。
A さり気なく引きずり込むのはうまいですよね。微妙なタイミングのずれとかは、ジム・ジャームッシュに近いかもしれません。でも、インタビューでジャームッシュの話にはあまり乗ってこなかった(笑)
なんだかバカンスらしくないバカンス映画という点では、ホン・サンス監督の「3人のアンヌ」を思い出す部分がありますね。ホン・サンスの名前はブラック監督の口からも出ました。
『女っ気なし』 © Année Zéro - Nonon Films - Emmanuelle Michaka
『女っ気なし』
© Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka

T 「女っ気なし」というタイトルだと、男性向きにも感じられるけど、女性が見ても色々感じられる作品だと思う。男性、女性、それぞれの視点で楽しめるじゃないかな。
N  長編も見てみたいですね。
A  主役のヴァンサン・マケーニュがロッカーを演じる「TONNERRE」も完成しているので、日本でも早く公開されるよう期待したいですね。
『遭難者』 © Année Zéro - Kazak Productions
『遭難者』
© Année Zéro – Kazak Productions

人はそれと知らずに、必ずめぐり会う。たとえ互いの身に何が起こり、どのような道をたどろうとも、必ず赤い輪の中で結び合うーラーマ・クリシュナー (ジャン・ピエール・メルヴィル監督「仁義」*原題"Le Cercle Rouge"より)

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