Cinema Discussion-34 蘇った伝説のカルトロードムービー『ヒッチャー』

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2021年が明けました。昨年からエンターティメントやファッションを取り巻く環境は大きく変わってきています。セルクルルージュのサイトの更新も昨年は滞りがちでしたが、今年は我々なりのnew normalを考えながら、新たな情報や価値観を皆様に伝えていきたいと考えておりますので、本年もお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。
2021年のスタートは、映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッションです。
34回目になる2021年最初のCinema Discussionは、36年ぶりにニューマスター版で公開される伝説のカルト作品『ヒッチャー』(The Hitcher)です。
1986年製作された『ヒッチャー』は、『ブレードランナー』で注目されたルドガー・ハウアーが、恐怖のヒッチハイカーを演じたサイコ・サスペンス作品です。
私自身は公開当時ノーマークな作品でしたが、伝説になる事が納得のカルトムービーでした。
ディスカッションメンバーは、川野正雄、名古屋靖、ナヴィゲーター役の映画評論家川口敦子の3名になります。

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★まずはご覧になった感想を。怖かったですか? 余りの怖さに笑っちゃいましたか?

名古屋靖(以下N):僕は1986年公開時に劇場で観てました。当時は『ブレードランナー』で気になった役者が主役級の映画という理由で観に行った覚えがあります。当時もそうでしたが「怖い」とか「笑っちゃう」映画ではなかったです。シンプルなストーリーに、これでもかなの惨忍の繰り返しはまるで70年代アメリカン・ニューシネマを彷彿とさせてくれて、ぞくぞくするかっこよさがありました。今観直してみても「ルトガー・ハウアーいいなあ。」と思います。

川野正雄(以下M):全くこの作品の事は知らなかったので、驚きました。ヒッチコックではよくある巻き込まれ型のストーリーですが、逃げ場のない状況に追い詰められる心理的な圧迫が怖かったです。最初はどうかな~と思いながら見ましたが、直ぐに引き込まれました。

川口敦子(以下A):ひとつのジャンルに押しこめるのが難しい映画という気もするのですが、ホラー、サイコスリラー、その極限を超えてコメディの域に踏み込んでいく、というか踏み込ませることで逃げても逃げてもやってくる不条理な殺人鬼からの逃げ道にするというような見方をしているように思います。無理やり笑うしかないような、つまり理由も動機もないものに対する答えのなさの怖さを、しかめつらしく語るのでなくアクション活劇として成り立たせている点が、面白かったというんでしょうか。ちなみに今回、お休みした哲生くんにどこがダメだったのと訊いたら、もともと怖いもの、痛いもの苦手なので、もう目をつぶってないとダメみたいな感じになちゃったのだそうです。血のりぐちゃぐちゃみたいなホラーというんじゃないですが乗せたら最後なサイコを相手にじわじわと追いつめられる感じは確かにすごい。

★86年の公開当初はあまり高い評価を受けたわけではなかったのに、じわじわとカルト的人気を獲得していった一作です。どこが人気の秘密と思いますか?

N:しつこく冷酷な殺人鬼とは対照的な、観ているこっちがイラつくほど純朴な被害青年がどんどんワイルドに変貌して行き、後半クレージーな相手と意識を共感できるまでに成長していくところはこの映画の魅力のひとつですね。 カルト的には、答えや理由が語られることなく全然ハッピーエンドじゃないところ。

A:すみません! 公開当初、試写では見逃しました笑
私もルトガー・ハウアーが気になっていて、だから見たいという気持ちはあったのですが、つい後回しにするうちに公開も終わってしまって結局、ビデオでチェックということになりました。カルト化したのは感想の所でもいったことと重なりますけど、一見そうはみえない実存的恐怖をテーマにしながらBムービー的チープな雰囲気(爆発とか炎とか、パトカーのつぶし方とかけっこう派手に、湯水のような大金ではないにしても予算をかけてる部分もありそうですが)を前面に押し出していくセンスが、特にマイナーメジャーがより広範に受けていった80年代にマッチしていたからかしらなんて思います。

M:『激突』的な感じかなと思って見たのですが、よりエグいですよね。一度見たら忘れないというか、記憶に長く残る映画なのかなと思います。サイコホラー的な映画ですが、荒唐無稽ではなく、かと言ってリアルではないんですが、ダークファンタジー的な要素も感じました。いわゆるB MOVIEになるのかもしれませんが、タランティーノなど、その後の映画への影響もしっかり感じました。超低予算と思って見ていましたが、思ったより空撮やアクションなど、お金もかかっていて、エンタメ要素もしっかり高いなと思いました。製作費は600万ドルで、公開時の配給は松竹富士、製作はトライスターでしたから、超インディーズ作品という事でもなく、敦子さんのいうマイナーメジャー作品だったのですね。人気の秘密は、やはりルドガー・ハウアーのキャラクターの強烈さではないでしょうか。

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★86年というと『ターミネータ―』の2年後、リンチ『ワイルド・アットハート』は90年、タランティーノが出てくるのはもう少し後の92年ごろになります。暴力描写、サイコなキャラクター、ロードムーヴィーの要素等々、アメリカ映画の流れの中で今、見直すことの面白さはどのあたりにあると思いますが?

N:日本と違ってアメリカでは70~80年代恐怖映画は、映画館でポップコーン食べながら爆笑大騒ぎで観るのが本当の楽しみ方だと聞いた事があります。『ターミネーター』なんかも正直笑っちゃう要素はたくさんありました。90年の『ワイルド・アットハート』もそうですが、タランティーノ作品で残酷&爆笑のスタイルは日本でも確立された印象です。 この『ヒッチャー』はそれらとはちょっと違う路線な気がしていて、どちらかというと『激突!』や『バニシングポイント』に近いと勝手に思っています。

A:後出しみたいな答えになりますが笑 キャメロン『ターミネータ―』、リンチの『ワイルド・アット・ハート』そしてタランティーノという流れの中でこの映画を見ることができるというのが、今、見ることの面白さのひとつといえるんじゃないでしょうか。ぐっと洗練度は上がりますがトム・フォードが06年に撮った『ノクターナル・アニマルズ』――20年前に離婚した夫から唐突に送られてきた小説「ノクターナル・アニマルズ」、妻と娘を乗せて深夜のハイウェイを走る学者トニーがならず者たちとのいざこざの末、被った悲劇とその顛末をひもときながら、現実と小説と回想の世界を往還するヒロインをじわじわと包み込む恐怖――なんて快作のことも合わせて思い出してみるといっそう楽しめるように思います。
もちろん名古屋さんが挙げられたスピルバーグ『激突!』からの流れもありますね。あの映画との比較は公開当時、ニューヨーク・タイムズ紙始め、多くの評で指摘されていてなるほどと思います。

M:見終わって、すぐイメージしたのが、タランティーノへの影響です。『デス・プルーフ』なんかは、すごく影響を受けているのではないかと感じました。それこそカーアクション、ロードムーヴィーの要素、暴力的なキャラクター、男尊女卑的な視線など、まんま受け継がれていると感じました。
それからサム・ペキンパー的なホコリっぽいロードムービーの雰囲気もありますね。ハンバーガードライブインや、ガソリンスタンドの雰囲気がすごく良かったです。

★ジョン・ライダー役ルトガー・ハウアーの魅力も甚大ですが、彼については?

A:『ブレード・ランナー』の時にも感じさせることですが、非常に暴力的な悪役を演じているのにどこか高貴で超越した、言葉にすると陳腐になってしまいますが哲学者めいた生/死への想いのようなもので役に深みを与えてしまう。本人の文学的な、浪漫派的なものへの嗜好もあるようにも思うのですが、それが映画に寓話的ともいえる陰翳を付加しているんじゃないでしょうか。
その出で立ちも勤め帰りのサラリーマンみたいな、普通のよき家庭人みたいにみえなくもない。それが凶暴な殺しをしてきたらしいとあっけらかんと正体を明かしていく、その落差。薬指に結婚指輪があって、このままお家に帰ればよき夫、よき父ともなるのかもと一瞬思わせるけれど、その指輪が実は犠牲者のひとりの指にあったのかも、で、もしかしてあの……と想像させる怖さ笑 仔羊をいたぶるようにどこまでも凡庸なアメリカ青年を玩ぶ様も存在の格上感満載で素敵です。唐突ですが少し前、井口昇監督作『悪の華』で玉城ティナが見せたキレ方の魅力とも通じる紙一重の無邪気と狂喜と凶暴さの領域というんでしょうか。ファンなのでつい話があちゃこちゃとんでしまってすみません。

N:『ブレードランナー』の後なので、同じ路線で突っ走ってる感じ。痛そうな演技はもちろん、シリアルキラーの代名詞「俺を止めろ」のセリフなどクールでありながら悲哀も感じて、いい意味でハマり役かと。

M:とても怖いですし、見事なキャラクター作りだと思います。実は『ブレードランナー』にあまり魅力を感じていないので、1度遥か昔に見ただけで、ルトガー・ハウアーも、全く知らない役者でした。

★元々、ライダー役はテレンス・スタンプにオファーされていたそうです、また脚本のエリック・レッドはシリアル・キラーのヒッチハイカーを歌ったドアーズの”Riders on the Storm”にインスパイアされたそうで、また執筆中には骸骨めいたルックスの、ストーンズのキース・リチャーズみたいな奴を思い描いていたそうですが、スタンプ版やキース版だったらどうだったでしょうね?

N:テレンス・スタンプの作品をそんなに観ていないので何とも言えませんが、80年代はそんなに目覚ましい活躍はしていなかった印象ですし、もしそうだったとしたら少々地味で重すぎ? キース・リチャーズだったらもっと爆笑できたかも?ですがルトガー・ハウアーくらい演技力がないと冷酷な中にも哀愁滲み出る魅力的なキャラクターにはならなかったとは思います。

M:見た感じはテレンス・スタンプを彷彿させますね。彼が演じたら、ちょっとハマり過ぎですかね。車とテレンス・スタンプというと、『世にも怪奇な物語』のフェリーニ編『悪魔の首飾り』のトビー・ダミットを想像してしまいますが、彼が出ていたら見ていたと思います。
雰囲気的には『欲望』のデビット・ヘミングスでも良さそうですが、年齢的にルドガー・ハウアーが良かったと思います。
テレンス・スタンプは名古屋君も指摘しているように、80年代は目立った活躍が全くありませんでした。確か89年だったと思いますが、ある英国の国立美術館のメンバーと話していた時、英国俳優の話題になり、テレンス・スタンプが好きだと言ったら、あんなに最悪な人はいないと言われました。レセプションに来て、酔っ払っていなくなり、当日の役割も果たさなかったそうです。80年代のテレンス・スタンプは、そういう時期だったのかもしれません。90年代に入り、雑誌エスカイヤのインタビューで、堕落の日々について語っていたことを思い出しました。
キース・リチャーズはちょっといかにもで、怖さは半減しそうです。
ドアーズの「Riders on the storm」はいい曲ですので、劇中でも使って欲しかったですね。ヒッチハイカーを歌った曲とは知りませんでした。

A:テレンス・スタンプ、そうだったんですか……87年にチミノの『シシリアン』に出てましたが…。スタンプ版はまた別の映画になっていくでしょうが見てみたかった気はしますね。『テオレマ』の正体不明さ、『コレクター』のサイコ演技、その先にジョン・ライダーを思い描くとぞくりと興味が募ります。でも、監督はもっとアート系の人選を望みたくもなりますね。ハウアーの欧州出身という要素がヒッチハイクというアメリカンの典型みたいな部分に突き刺さる違和感、その絶妙な塩梅で成功している点を考えるとやはりヨーロッパ、あるいは英国を出自とするスタンプだったらと思い描くのもなかなか楽しい作業です。リチャーズ版はわりにありきたりかな笑
ドアーズとの、というかジム・モリソンとのかかわりでは彼が脚本・監督、ヒッチハイカー役で主演もした“HWY:An American Pastoral”(70)という50分強の短編映画との関係もスリリングです。70年にヴィレッジ・ヴォイスとのインタビューで明かした所に拠れば映画は50年代の連続殺人犯ビリー・クックをヒントにしているそうで、そのクックといえば女優で女性監督の先駆としても知られるアイダ・ルピノが撮った『ヒッチ・ハイカー』のモデルでもある、連続殺人犯と知らずにヒッチハイクする彼を乗せたふたりの釣り好きが人質状態でメキシコの荒野を逃走につきあわされるという、このルピノの映画、UCLA映画科でコッポラと同級だったモリソンならきっと見ていたと思われ、その彼が歌った歌とエリック・レッドの絆は『ヒッチャー』とルピノの映画のそれへと繋がっていくんですね。『ヒッチャー』が『ヒッチ・ハイカー』のリメイクとする説もあるようですが、見比べると実録的タイトな語り口のルピノ版、片目が閉じないシリアル・キラーの寝姿の不気味さに詩が漂う部分がなくもないけど、ハウアー演じる悪の化身的寓話性とはむしろ違いの方が感じられるようで、それがまた面白い。

★アメリカの景観、それを背景にした悪夢、あるいは独特の残酷さを備えたおとぎ話と見ることもできそうですが、いかがでしょう?

M:ジム・モリスンとそういう因果関係があったのですね。悪夢である事は間違いないですが、このストーリーも想像以上に練られていたのでしょうね。この残酷さや、ヒッチハイカーによる突然の恐怖は、アメリカ人には誰にでも起こりえる災難であったり、恐怖なのかもとも思います。重要な要素として、警官による恐怖も並行して描かれており、冤罪の恐怖を味わえるハイブリッドな恐怖感が、ファンタジーなんだけど、リアルに怖い映画になっている要因と思います。
むしろヒッチャーより、警官の方が恐ろしいと思える場面もありました。

N:今となっては少々テキサスをバカにしすぎなところもありますが、当時のアメリカ南部を誇張した表現や人物像なども含め、特に後半はおとぎ話的なノリもあるかもしれませんね。主人公達を追う警官隊を撃退するあたりは『ブルース・ブラザース』的で笑えたし面白かったです。そんな派手な追走シーンもあってか、シリアスとエンタメの両方いいとこ取りな印象もあり、結果どっちつかずなジャンルになっているのは良くも悪くも80年代的な映画だと思います。

A:ヒッチハイクといえばビート、ケルアックなんて単純な連想だけでなくアメリカ文学やアメリカ映画のひとつの景色ともいいたいモチーフですよね。ルート66でアメリカ大陸を横断してみたいとぼんやりとした憧れのようなものもあったりするわけですが、それはともかく、青年の大人へのイニシエーションをふまえた悪夢の物語――と、あからさまにお説教臭く作ってはいませんが、そう見ることもできますよね。あるいはジム・モリソンにこだわるわけじゃないですが、ハートならぬ煙草に火をつけて始まる映画はマッチを擦って灯ったあかりの束の間を照らすおとぎ話、ママの言いつけを破った男の子の受難の物語とも見えるのかな。こじつけめきますか??笑

★ジョン・シールの撮影に関してはいかがですか?

A:今回のリマスター版公開にあわせた特別映像でシールは「砂漠を美しく撮りたい、狂気が続く場所を」といっていますが、最近では『マッドマックス怒りのデスロード』も手がけた彼、監督のマーク・ハーモンは全くノーチェックだったが、脚本のエリック・レッドが推薦したと同じ映像でプロデューサーがいってますね。オーストラリア以来のピーター・ウィアー監督とのコンビ作、『ピクニックatハンギング・ロック』や『刑事ジョン・ブック 目撃者』のやわらかな色調もいいんですが、『ヒッチャー』でのそれとはまた別の派手派手しいアクションと自然の美しく大きな切り取り方、両者の並び立て方も要チェックじゃないでしょうか。

N:単純な背景の連続、砂漠の乾いた空気感などはそのままに、たまに登場するガソリンスタンドなど建物のデザインや撮影アングルなども何気にお洒落に撮られていて、80年代の新しいアメリカン・ニューシネマな映像に感じました。

M:空撮やいきなりの展開の恐怖、そしてカーアクションはうまく撮っていますね。600万ドルという予算の中で、、カーアクションの臨場感などは、見事だと思いました。名古屋君の指摘のように、ガソリンスタンドの空気感は、うまく撮っているなあと思いました。

★女嫌いの映画、ホモ・エロティシズム的描写といった評価もありますが、その点はどうですか?

N:ダイナーの娘の扱い方で「女嫌いの映画」と言われそうですが、逆にラストシーンで二人抱き合ってキスで終わるような映画だったら、カルト化はしなかったでしょう。

M:これはこの質問で初めて意識しました。女性への残酷さは感じましたが、ホモの要素は見ていてあまり感じませんでした。最後に両者がシンパシーを感じているのかどうかも、観客の判断に委ねる感じだと思いました。
根底に流れる精神は怒りなのか、悲しみなのか、愛なのか、難しいですね。

A: この点でもルトガー・ハウアーの資質がものをいってる気がします。吐きかけられた唾をなでくりまわす様とか怪しくも妖しい彼の美貌あっての見どころかも笑

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『ヒッチャー』 ニューマスター版
2021年1月8日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
配給:アンプラグド
出演:C・トーマス・ハウエル、ルトガー・ハウアー、ジェニファー・ジェイソン・リー、ジェフリー・デマン
監督:ロバート・ハーモン(「ボディ・ターゲット」)
脚本:エリック・レッド(「ブルースチール」)
撮影:ジョン・シール(「マッドマックス 怒りのデス・ロード」)
音楽:マーク・アイシャム(「ザ・コンサルタント」)
1986年/アメリカ/97分/カラー/シネスコ/5.1ch/日本語字幕:落合寿和(2019年新訳版)

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