「Cinema discussion」カテゴリーアーカイブ

CINEMA DISCUSSION-24/バスキア NYロワーイーストサイドの異端児

©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
LICENSED by The Match Factory 2018 ALL RIGHTS RESERVED
Licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
またまた半年空いてしまい、2018年3回目の作品になる第24回は、70年代末のニューヨークに忽然と現れたアーチスト、バスキアをとらえたドキュメンタリー『バスキア、10代最後のとき』です。
監督はCINEMA DISCUSSIONお馴染みのジム・ジャームッシュのパートナーであるサラ・ドライバー。ジャームッシュも作品には登場するとの事で、今回取り上げる事にしました。
メンバーは映画評論家の川口敦子をナビゲーターに、いつものように名古屋靖、川口哲生、川野正雄の4名です。

★まずはこのドキュメンタリーをどんな期待をもってご覧になりましたか?
その期待に映画は応えてくれましたか?

川口敦子(以下A): 川野さんからサラ・ドライバー+バスキアのドキュメンタリーがあるからセルクルでもやりましょうと聞いて、ずっと追いかけてきたニューヨーク・フィルム・インディのこと、その背景にあった70年代後半のダウンタウンのことを、それも内側から描いてくれるのだろうなと期待が募りました。
開巻間もなくジャームッシュの『パーマネント・バケーション』のエンディング、パリへの(実はスタテン島へのフェリー)船出、波の道の向こうにマンハッタン島が浮かぶ場面が出てきて、期待通りの映画になりそうと身を乗り出しました。

川口哲生(以下T):自分たちにとって、様々な興味とインスピレーションの対象となるカルチャームーブメントが生まれた時代がありますね。ヌーベルヴァーグやスウィンギングロンドンやCD対象として取り上げてきたビートや、敦子さんにとってはロシアンアヴァンギャルドだったり、様々な時代が。
その中でも、この映画の描きとっているであろう70年代後半から80年代初めというのが自分にとって「遅れてきていない初めてのドンピチャな時代」だと思います。ニューヨークでおこっていたその時代を確認・再発見できる期待感がありました。

名古屋靖(以下N):このメンバーの中で一番年齢が若くまだ子供だった自分にとって、70年代終期~80年代初頭は、音楽やファッションをはじめ日々更新される刺激的すぎるニュースにただただ振り回されていた時期でした。まさに川口さんのおっしゃる通りそんな「ドンピシャな時代」について、当時の自分にはまだ理解不能だった真意や真相を再認識できたことは期待以上でした。

川野正雄(以下M):サラ・ドライバー&バスキアという事で、期待を持っていました。
フォーカスする瞬間がピンポイントで、驚きましたが、時代の変わり目の熱気を感じました。構成もうまいですね。
この手のドキュメンタリーは、監督が後追いフォロワーで、歴史的価値を再発見しながら制作していくものと、監督自身がそのムーヴメントの中にいて、実際に自分がフィジカルに感じた事を軸に構成していくタイプがありますが、今回は後者で、実際に自分がそのシーンの中にいたリアリティがうまく整理されて押し寄せてくる印象を持ちました。
いい作品だと思います。

©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
LICENSED by The Match Factory 2018 ALL RIGHTS RESERVED
Licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan

★映画はバスキアに関する伝記的事実、出自や家族や家庭環境のことなどにはふれず、またアート界の寵児となりドラッグの過剰摂取で27歳で早逝する最期についても描かずに、ブレイク寸前のバスキア、カリスマ的ストリートキッドとしていろいろ模索していた頃にフォーカスしていますが、この点はどう見ましたか? これ以前のバスキア映画と比べていかがですか?

T:その夜明け前から太陽が昇り始めた時まで、のようなピリオドの捉えかたはCDで前に取り上げたジミヘンのバイオグラフィ映画に通じますね。
監督サラ・ドライヴァーはバスキアという象徴を通じて『その時代のイーストヴィレッジ、ローワーイーストサイドといったニューヨーク』を描き止めたかったのでは。

N:個人的趣味の問題なのですが、僕自身ストリートやプリミティヴな作品にアートな魅力を感じなかったのもあり、バスキアを追求することはありませんでした。正直言えば、その時代の寵児として「上手くやりやがったな。」くらいの感覚しか持っていませんでしたし、この映画を観終わった後もその気持ちはあまり変わりませんが、本人のチャーミングなキャラクターには魅力を感じました。とてもハンサムだし、外見も含めて彼の人間性はスターになるための大事な要素だったんじゃないかと想像します。ジュリアン・シュナベール監督のスタイリッシュすぎる『バスキア』より、今回のドキュメンタリーの方が彼の魅力が溢れています。

A:寵児になる以前のバスキアに絞り込んで映画くことで時代と場所こそを浮き彫りにしようという、撮りたいことへの徹底的に頑固な姿勢が、さすがにジャームッシュの映画を支えてきた人らしくていいですね。
シュナーベルの『バスキア』も彼がコメンテイターのひとりとなっているタムラ・デイビスの『バスキアのすべて』も80年代スーパースターとなってから最期に至るまでをカバーしていて、ありがちな興亡の物語に収めつつも温かい眼差しが感じられ、中でもウォーホルとの関係とか、やはり興味深くて惹き込まれるのですが、そういう”物語”をあえて紡がずにほとんど淡々と10代の、多分、いちばん幸福だった時代の彼を祝福するスタンスが素敵だと思います。

M:ジュリアン・シュナーベルの『バスキア』は、かなりスタイリッシュな作品でした。ボウイがアンディ・ウォーホルだったりして。
音楽の使い方も象徴的で、サントラもよく聞いていました。
今回の『バスキア 10代最後のとき』は、よりプリミティブな姿勢のバスキアが描かれていて、そういうオシャレ作品とは違いますね。HIP HOP前夜でもあるNYのマグマみたいなものを、すごくダイレクトに感じました。
バスキアの近年のイメージは、Tシャツが街に溢れたりして、妙なメジャー感が生まれたりしていたのですが、この作品で改めてバスキアというアーチストの本質を知る事が出来て良かったです。SAMOとか、グレイとか、マンメイドとか、アンダーグランドな活動についてはよく知らなかったし、すごくかっこいいとも思いました。

A:もう一本、今回のドライバーの映画でも謝辞が捧げられている故グレン・オブライエンが脚本・共同製作で参加した『Downtown81』って、バスキアが主演したおとぎ話仕立てで70年代後半のダウンタウンを検証する一作も音楽的にも見ごたえあって、2本立てで見るとさらに愉しめるんじゃないでしょうか。

★印象的なコメントは? 同時代の友人、知人、恋人の声を熱心に拾っているのに、バスキア自身の肉声はない。映像と作品に語らせるような選択に関してどうですか?

A:今言ったオブライエンの映画や往時のスーパー8でささっと撮ってクラブで上映していたようなインディもインディのインスタントな映画とか、抜粋されているいくつもの映像が十分に語ってくれているので、むしろ本人の声は余計な感傷を付加していまうようにも思え、そこを敢然と切り捨てるところが繰り返せばいいなあと。

M:割と身近で、無名な人も拾ってインタビューしていますね。間接話法なんですが、外側からバスキアの人物が見えてくる印象です。
この手法は、ボブ・ディランを描いたスコセッシの『NO DIRECTION HOME』の前半を、思い出しました。時代は違えどNYの夜明け前的な描写を、証言で表現した結果でしょうか。
グレイでは、ヴィンセント・ギャロが一緒にバンドやっていたなんて、知りませんでしたし、JAZZをやっていた事も知りませんでした。
自分でペイントした服=マンメイドとか知っていたら、きっと絶対に欲しかったと思います。

N:僕もみなさんと同じく、本人のプライベートに近かしい、名もなき人々のコメントに現実性を強く感じましたし、どこまで本意か今では確認できないであろう本人の肉声より説得力があったように思います。

T:みんなが一様に、彼の人間的魅力、一種の人なつっこさを語っていたけれど、登場する彼の映像からそれが伝わってくるような気がしました。
誰の言葉か忘れたけれど、当時アパートメントの入り口に座り、日長ハイにきめて話をして過ごすような、誰かの家に転がり込んで居候して過ごすような、そんな時間の流れを共有するボヘミアンなコミニティがうらやましくまた懐かしく感じました。

©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
LICENSED by The Match Factory 2018 ALL RIGHTS RESERVED
Licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan

★バスキアを素材にしながら監督サラ・ドライバーは彼女自身もそこにいた70年代末ニューヨーク ロワーイーストサイドのスリルこそを描いているように見えますが、真の主役ともいえそうなそんな時代と場所の面白さについていかがでしょう?

T:先に監督のファーカスした部分のところでも触れた様に、正にそれを感じる映画ですね。
この時代のニューヨークってこの映画にも登場する様に音楽的にもパンク、ニューウェーブ、インダストリアルなノイズ、フェイクジャズ、黎明期のヒップホップと混沌としていてその関わりやキーパーソンが誰かといった所も興味深いですね。
グラフィティというとWILD STYLEとかHIPHOPとかにストレートに結びつけがちだけどファブ5フレディのビバップの話とか、バスキアはラジカセでいつもインダストリアル聞いていたとか、アートイベントでのプレイでHIPHOP側も新鮮なオーディエンス得たりと混ざり方が面白いですね。
バスキアのGRAYの音楽も聞き直してみたけれど、いろいろな要素だね。ステージ写真とかフェイクジャズみたいだけど

A:「78年にひとつの頂点を迎えた音楽シーンで私たちは知り合った。あの頃はだれもがギターを試し、その後はみんなが画家をめざしてた」と、86年PFFでニューヨークのインディ映画を特集した際、来日したドライバーは語ってくれましたが、実際、何かをしたいと思う人々が、健やかな野心だけを芯にうろうろしていた時代と場所は、素敵に輝いて見えましたね。ロシア・アヴァンギャルドとかダダとかシュルレアリスムにしてもジャンルを超えた大きな創作の力が不思議に同じ所に同じ興味を持つ人を集めるっていうのがある、その力に私はまあロマンチックに惹かれてしまうんですね。

M:これはワクワクした感じでした。懐かしさも含めてです。70年代末は、ロンドンでパンクも生まれ、世界中で新しいカルチャーが生まれてきた時代ではないでしょうか。
音楽的には70年代後半に、レゲエが英国も米国も認知され始め、ホワイト&ブラックのカルチャーがミックスされ始めたと思います。多分それまでの時代は、ミックスカルチャーになる土壌は無かったと思います。バスキアが世間に受け入れられたのも、そんな時代背景もあったと思います。
映画に登場する人々も、思いのほか白人が多く、バスキアを正当にバイヤスかけずに評価していたんだなと思いました。
出演者では、やはり『ワイルドスタイル』の出演者でもあるファブ・5・フレディや、リー・キュノネスは、印象に残りました。
バスキアとヒップホップって、自分の中ではちょっと距離感がある印象でしたが、この作品を見て、改めてそのベースにあるであろう関係性を認識しました。
個人的には、やはり『ワイルドスタイル』の池袋西武でやった出演者によるイベントが最初の実体験でした。超満員で、何とか裏から入れてもらい、その場で見たパフォーマンスの強烈さは、忘れられません。
会場でグラフティアーチストのFUTURA2000にサインをしてもらったのですが、今見るとバスキアにつながるエッセンスがあるのがわかります。
FUTURA2000は、クラッシュと一緒にレコーディングしたり、ツアーをしています。そのクラッシュは1978年〜79年とニューヨークでライブをやり、アンディ・ウォーホルも楽屋に訪れたりしていましたが、クラッシュにとってもバンドの方向性を決めるような刺激を当時のニューヨークで受けたといいます。
後々のジャームッシュとジョー・ストラマーの関係性含めて、その時代のニューヨークに行った事が、大きな転機になるようなスリルがあったのではないかと思います。
バスキアの周りでも、様々な出会いが化学反応を生んで、新たなアートや、スタイルがどんどん生まれていくすごい環境だったのではないでしょうか。

FUTURA2000のサイン。1983年10月10日にもらったもの。

N:白人層の郊外への移住、治安の悪さや不景気等が重なったその時代のニューヨーク、ローワーイーストサイドの実情を知ることで、なぜその時その場所で様々な事柄が突発的に次々と発生して行ったのか?またストリート・カルチャーとは?など興味深く観ることができました。

©2017 Hells Kitten Productions, LLC. All rights reserved.
LICENSED by The Match Factory 2018 ALL RIGHTS RESERVED
Licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan

★クラブ・カルチャーや音楽、映像、アート、詩等々がストリートと一体になり境界を超えてひとつのシーンを作っていく、70年代末ニューヨークは80年代東京と通じていなくもないように思いますが自分自身の体験と比べて見る部分もありましたか?

A:70年代後半の名残りがまだあった84年のニューヨーク――ドライバーは今回の映画のプレスでレーガン、黄金流入、エイズ、麻薬対策が81年以降、全てを変えてしまったと述懐してるんですが――でもそれでもまだまだ余熱は感じられたそこに行ってみて、それから80年代末にジョン・ルーリーとか取材すると、家の床で寝ていたバスキアとかいってるその感じ、それは80年代東京でジャンルが違ういろんな仕事をしている人が集まったオフィスに夜な夜ないろんな人が来ていろいろ試そうとしていた頃とやはりちょっとだけ通じてきてしまうんですね。

M:個人的な体験の話になってしまいますが、どうしても哲生君や敦子さんと一緒に初めて行ったNYを思い出しますね。あの時はまだバスキアもウォーホルもまだNYでは健在で、今考えると結構すごい時代だったんだなと思います。
チェルシーホテルの近くの銀行に行ったら。顔見知りだったワールズエンドにいたジーン・クレールに偶然会ったし、キッド・クレオールもホテルの前でバッタリでしたね。PIZZA AU GO GOという水曜夜だけクラブになるピザ屋には、フランク・ザッパやスクリッティ・ポリッティのグリーンがいたし、クリシー・ハインドもリッツにいた。
ともかくすごい体験というか衝撃的でした。HIP HOPカルチャーも、多分そういうカルトな人物が近くにウロウロしているNYの日常的な世界を原動力として、当事のバスキアがいた世界の周辺あたりから沸いてきて、それが80年代になり大きく発達したのではないかと思います。ただバスキア自身はそういう世界とは、一線を引いていたようにも思います。
ちょっと距離感がある孤高の存在です。逆にウォーホルは意外と距離感は近いのではないでしょうか。

T:東京はロンドンでパンク、ニューヨークでのパンクやニューウェーブやヒップホップとまだまだ情報を誰が一番先取りするかみたいな時代だった気がしますが、それでも潜在的無意識としてはそうした気持ちを共有していた人たちもいたんだろうし、少なくても世界同時多発な気分はありました。

N:NETのなかったその頃、桑原茂一氏など諸先輩の方々が独自のルートで仕入れた、ある程度バイアスがかかっていたであろう情報しか知ることが出来なかった自分にも、世界で初めてパンクが登場したニューヨークはユース・カルチャーの震源地であり、様々な尖った情報の発信源の一つでした。その後もそれまでの価値観を打ち壊されながら新たな何かが雨後の筍のように続々と登場してきた刺激的な時期、東京に住む若い僕らにとっても常にアンテナを張って走り続けなければ、何だか分からないけど乗り遅れてしまいそうな、エネルギッシュな毎日だったように思い出されます。

★この時代と場所から生まれたもの、サブカルチャーのメジャー化というお定まりのルートを辿る一方、現在のSNS環境の中で誰もがアーティスト化がいっそう進んで来ていますが、その今と10代のバスキア、あるいは彼をスターにした時代との繋がりを感じますか?

N:そのやり方・方法は違えど若きバスキアの時代も、SNSな現代も、どうやって来た波に乗るか?が大事なコトなのは同じような気がします、良い悪いは別として。 アンディ・ウォーホルがその約10年前に予言した「未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう」は、バスキア自身はもちろん、現代にも通ずる光であり忠告でもあると思います。

T:人間の体温を感じるコミュティレベルからこうしたサブカルチャーのムーブメントが発生し突き抜けていく熱量みたいなところ、そこがsnsとの違いかなと思います。

M:SAMOもCOLABも、SNSがあったら、当たり前のように一躍大人気になったと思います。バスキアの平凡さと天才さの境目とか、すごくわかりにくくて、実は誰にでもチャンスはある。そんな事もサラ・ドライバーは伝えたかったのではないかと感じました。

A:触知できる何かがあった閉じられた世界を甘ったるく懐かしむのではない、でもそこを機能させていた程度の規模というのかな、それを自分では守るというドライバーの現代(バスキアをスターにしたもの?)との切断の仕方が見終わった後、しばらくした今もなんだか胸に迫ってきています。

『バスキア 10代最後のとき』
12月22日(土) YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

Cinema Discussion-23/ソウル発カンヌ行きホン・サンス便

「それから」© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

新作映画を複数の視点からとらえ、映画評論の新しい手法を考えようとしてスタートしたセルクル・ルージュのシネマ・ディスカッション。
半年空いてしまい、2018年2回目の作品になる第23回は、初の韓国映画です。
6月より連続公開されているホン・サンス監督の4本『クレアのカメラ』『それから』『正しい日 間違えた日』『夜の浜辺でひとり』です。
メンバーは映画評論家の川口敦子をナビゲーターに、いつものように名古屋靖、川口哲生、川野正雄の4名です。
今回は川口敦子以外はホン・サンス初体験とあって、初心者の座談会になりましたが、それぞれホン・サンス作品には強く魅力を感じたようで、熱い座談会となりました。

「正しい日 間違えた日」© 2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

★6月初めから『それから』『夜の浜辺でひとり』『正しい日 間違えた日』と上映されてきたホン・サンス監督の近作、その最後を飾るのが『クレアのカメラ』ですが、4本を見比べてみてどんな感想をもちましたか?

名古屋靖(以下N):興味深い才能の持ち主が出てきたなと。アート系ですが楽しんで最後まで観られる難しくなさが、ちょうどいい作風。ほぼワンカットで延々と続く男女の会話も、難しいフランス映画よりも魅力的な要素でした。

川野正雄(以下M):今まで見逃してきたホン・サンス作品を集中して見れたので、根底のテーマや特徴がよく理解出来ました。また再発見というか、元々の認識でもありますが、日本よりも韓国の方が、グローバルな作品を生みやすいという事を、改めて感じました。ちょっとクールな眼差しは、とても気に入りました。

川口哲生(以下T):一本一本すごく面白く見ましたが、今回4本を続けてみて、繰り返される男と女のテーマやすべてに登場するミューズ、キム・ミニ等々、何回も描いては消し、また描き続ける画家の習作のような感じでクラクラしました。笑

川口敦子(以下A): ホン・サンス監督に出会ったのは2004年の『女は男の未来だ』の時で、その時点で遡りデビュー作から追って見たのですが、最初の『豚が井戸に落ちた日』にあるドラマドラマした要素が、払拭されていくのが面白かったですね。で、04年作の時点では反復とずれという形式的な面のこれみよがしではないけれど見逃せない実験性のようなものと酔っ払いのお喋りと男と女のお、あるあるな風景という原型ができてくる。ただこの頃は唐突なセックス場面も省かず描き出し、妙に人間臭い生々しさも映画の一部となっていましたね。
それと比べると今回の最近作4本はさらなる洗練を感じさせる。時系列でいうと15年の『正しい日 間違えた日』の折り返し点で二度同様の設定を反復し、ずれの面白さが浮かぶってあたりは以前からの撮り方がまだ濃厚ですね。その代わらなさの部分がこの一作に至るちょっと前のあたりで少しマンネリかなあと、一瞬、心が離れそうになったりもした。そこに救世主的に表れたのがキム・ミニともいえるのかな。
彼女を得たことで洗練がいっそう加速されているのと同時にシンプルで正直な自分との向き合い方をホン監督が確信をもって差し出すようになっているように感じました。以前にあった日記とか映画内映画とか脚本の習作といった物語の枠組みをとっぱらった率直さ。確かに『夜の浜辺でひとり』とか、黒い男をめぐる夢なのか、ヒロインの心象なのかといった仕掛けもあるし、ハンブルグからカンヌンへって折り返し構造の名残もありますが、『3人のアンヌ』につづいての女性の側の視点で進行される大きな物語のつかみとり方は新鮮でした。
カンヌでささっと撮れたから撮ったという中編『クレアのカメラ』のさらさらとした感触とそれでも浮上する感情の機微、そしてモノクロの端正な映像に掬い取られたかっこの悪い人の心の悲しさをすっきりと見せ切る『それから』の無駄のない語り口。どんどんよくなっているなあとうれしくなりますね。

★強いて順番をつけるとしたら4本のうち、いちばんのお気に入りはどの映画でしょう? その理由は?

M:どの作品もいいのですが、『正しい日 間違えた日』かな。キム・ミニとの初タッグ作品という事もあるのでしょうが、4本の中では一番濃い目の味付けに思いました。エンターティメントとしての完成度は、一番高いと感じました。
二つの寓話の迷走ももちろん面白いですが、上映後の閑散としたティーチイン。多分監督も似たような経験があったのだと思いますが、自分の中での冷や冷やしたティーチインの記憶ともオーバーラップして、実にリアルでした。
『それから』のちょっとオフビートで、ジャームッシュ的なモノクロ画面にも魅かれましたし、60年代前半のフランス映画の心象風景のような『夜の浜でひとり』のザラッとした感じも好きです。

N:『それから』です。ハーフトーンが綺麗なモノクロの映像で場面や人物も簡素化されて、全てが記号のようにシンプルでした。カットアップ的な観せ方も合わせてモダンな印象もありました。

T:とても難しいですね。4本のいろいろなシーンが混ざり合わさって大きな一本の映画を形作っているような気がします。『それから』の映画としての完成度、『クレア〜』のミステリアスな余韻、『夜の浜辺の〜』の果てしない寂寥感、そして一本の中に人生の不確かさを実験性もって描いた『正しい日〜』。強いて言えば『正しい〜』かな?

A:今もいったようにどんどん良くなっている感じでいずれも好きなんですが、波打ち際に横たわったヒロインの孤独の大きなつかみとり方がぐっと迫ってくる『夜の浜辺でひとり』が好きという意味ではいちばん好きかもしれない。

「正しい日 間違えた日」© 2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

★いずれもホン監督と私生活でもパートナーとして韓国のメディアを騒がせたという女優キム・ミニなしでは成立しない映画となっていますが、彼女の魅力については?
また、彼女の演じた女性の魅力については?

T:女性としての普遍的な強さや、したたかさが儒教的長幼の枠をこえて表出される時の感じが魅力的でした。映画自体フランス映画みたいな魅力があるのだけど、そこにこの監督の独自性がありますね。

M:非常に魅力的で素晴らしいと思います。美人だけど、割とその辺にもいそうな女性。でもとてもスタイルがいい。昔のananに出てきそうな美人。
時に感情的になるシーンの演技が特に素晴らしいです。
『正しい日|間違えた日』は、ホン・サンス監督作品初とあって、飲み屋での長回しや友人宅での飲み会、必殺の演技で監督の演出に応えていたと思います。
細かい表情による感情表現が特に素晴らしいと思いました。

A:彼女の代表作の一本、『オールド・ボーイ』や『乾き』のパク・チャヌク監督が撮った『お嬢さん』を見てみたのですが、パク監督ならではのおどろおどろしい世界の中で懸命に、というか演出されるままに裸も辞さない熱演を見せている、いるにはいるけど熱の度合いがまわりと、敢えて決めつければ韓国映画的な熱さとなんとも食い違っている。その浮遊感がホン・サンスの世界にはぴたりとはまるんですね。
昔の今井美樹とか小林麻美とか、キム自身意識しているかもしれない若き日のジェーン・バーキンとかモデル出身女優独特の細長くて、風になびいているみたいな肢体のよさももちろん大きな魅力ですが、頬づえのつき方とか、カップの抱え方とかおぼつかなさ、さりげなさをしっくりと身につけていて、これは演技なのかと思わせる。”自然さ”をものすごいエネルギーで形にすることを要求される現場と『自由が丘で』で取材した時、加瀬亮さんは述懐されていましたが、そういうプロセスがあたかもないようにスクリーン上にいられる、その浮遊感が素敵だなと、素直に巻き込まれます。
そういう人が川野さんも仰っているようにくいっと感情の高まりを放り出すその潔さも面白いですね。決して単なるニュアンス演技の人でない所がいいと思います。

それは彼女が演じる女性像にも通じていて、ふわふわと自分探しをしているような昨今のありがちな若い女性像と近そうで近くない、明解で明確な覚悟をもって毎日を生き、探すことを放棄していない。4作それぞれでさらりと哲学的な台詞を口にしますが、それが監督自身の信念でもあり、彼がキム・ミニの生き方に見ているものでもあるのでしょうね。

なんだか女性誌的な言い方になっていやですが女優である以前にひとりの女性、人間としていい在り方をしていそう。それが映画をクリアに活気づけている気がします。

N:現在のホン監督作品で彼女は必要不可欠な要素ですね。 監督の作品に好感が持てない観客は多くはないと思いますが、同じような主題やストーリーに混乱したり退屈することも無きにしも非ず。「でも、彼女が出ているなら観てみようかな?」と思わせる魅力を持った女優だと思います。

★いっぽうホン監督が描く(ダメ)男の面白さは? 対する女たちについては?

N:(ダメ)男たちの表現もそうですが、その他の女性も含めて登場人物はみんなシンプル。簡素化されていてとても分かりやすい。逃避、下心、虚勢など、男独特?の「くだらなさ」もよく表現されています。まるでホン監督自身のことのように。

A:正直ですね。
女の人たちは『正しい日 間違えた日』のお母さん、演じる常連ユン・ヨジョン共々、大阪のおばちゃんみたいなリアルさがおかしい。先輩たちや『クレアのカメラ』の女社長もいかにも感がほんわりと出ていて、そういう所が映画の錘として効いているんだと思う。

M:男性には監督が自分を投影しているのか、何ともいえない哀しさがありますね。ちょっとお気楽なのが、いいスパイスになっています。
長回しの中、飲み屋で徐々に酔っていくのをワンテイクで撮っているのも、リアルで面白かったです。
常に男性はそれなりの名声を得たクリエイティブな人ですが、実に何とも人間的で、いきなり酒に飲まれてしまうのが、おかしいです。
女性は『それから』の愛人キム・セビョク、『クレアのカメラ』の社長チャン・ミヒもいい味出していたと思います。

「夜の浜辺でひとり」© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

★『クレアのカメラ』では『3人のアンヌ』に続いてイザベル・ユペールがホン監督と組み、映画に対する不思議なアウトサイダー的役割を快演していますが、このキャラクター、彼女のカメラ(とる写真)をどう見ましたか?

N:カメラのくだりなどこの映画にファンタジックで不思議な魅力を纏わせながら、彼女のちょっとしたその仕草は、まるでフランス映画の1シーンを観るような雰囲気ももたらしてくれています。

T:このキャラクターはとてもミステリアス。写真を撮った人は前と違う人間になる?!
『正しい〜』ほど明確でないけれど、一瞬一瞬の選択で人は今という時点にたどりついている。写真を撮るということは、日常無意識に生きている一瞬を恣意的に意識すること。

A:トリックスター的な存在。恋人に死なれたばかりとか詩の朗読とか、実力派女優ユペールが色付けをしているので実在する人感もあるけれど、いっぽうでトレンチコートに帽子でピンクパンサーのピーター・セラーズ/クルーゾー警部みたいにも見える。その非現実的、映画的なキャラクターは『夜の浜辺でひとり』の黒い男ともどもホン監督が探り始めた新たな部分なのかなと興味深いです。あまりそっちの方向に行き過ぎないでほしいけど笑
写真に関しては哲生さんのいう通りだと思います。
あとゆっくり見ないと見えてこないという所は影響関係はないと思いますが『スモーク』のハーヴェイ・カイテルの毎日定点観測的にとっている写真のこともちょっと思い出しました。変わりなく見える毎日を生き続ける勇気というのは坦々と連なっているような一瞬をカメラで切り取る、その瞬間を意識することはもうそれまでと同じでないということと通じて、それはまた変わりなく見えるホン・サンス映画のこととも響きあうのでしょうね。

M:最初は、余計なお世話というか、急に干渉してくる映画的なキャラクターに思えました。何かを求めてカンヌ映画祭の最中町には色々な人が集まります。その中の一人という設定で、彼女の干渉癖はある時は迷惑でしょうが、実はとても重要な影響力を持つ役割でした。フワーっとしてるからわかり難いのですが、そこも魅力の一つですね。

★ユペールの他にも『へウォンの恋愛日記』のジェーン・バーキン、『自由が丘で』の加瀬亮と、ホン監督作に出演したいと願う俳優がいて、また国際映画祭でももてもてのホン作品ですが、韓国の外でのこの評価の高さはどこから来ると思いますか?

N:先にも述べましたが、アート系ですが楽しんで最後まで観られる難しくなさが、ちょうどいいからじゃないかなと。興行的にも成功する可能性はあるかもしれません。

M:最初にも少し言いましたが、かねてよりグローバルな領域での韓国の監督の強さを実感していました。ホン・サンスは自然に海外の空気を使うのがうまいですね。作品全体を見て感じましたが、そもそも作品制作時に、韓国内だけを対象にして予算設計するのではなく世界レベルの視点で目論んでバジェットを組んでいるかと思います。
評価の高さは、政界中の誰でもわかりやすい、やや普遍的な作品を常に供給するからでしょうね。
それから当たり前ですが、演出力の素晴らしさです。
脚本が無いという話ですが、多分プロットはしっかり組んでいるのではないかと思います。
毎回お馴染みの飲み屋の長回しですが、あの台詞は全て本があるのか。或いは主旨を伝えて、俳優が考えて、台詞を発しているのか。とても気になりました。

A:ハリウッドが韓国映画に注目してリメイクもされる流れがありましたが、きちんとそのあたりフォローしていないので心苦しいのですが、どぎついくらいにドラマチックだったりジャンル映画だったりする、そういう流れと違う所にありますよね。アメリカでもニューヨーク映画祭でまず支持されるような。結局、監督が何を見て来たかってこととやはり無縁ではないでしょうね。
以前、特集上映が組まれた時、ブレッソン『田舎司祭の日記』、ドライヤー『奇跡』、シュトロハイム『グリード』にヴィゴ『アタラント号』、そしてロメールの『緑の光線』と、バリバリ、シネフィルなお気に入り映画のリストがチラシに載っていましたが、そんな監督のロメールをめぐる言葉――「彼は、ただその時、自分の隣にいる俳優たちの表情や仕草、自分が暮らしている空間、自分の周りの空気や天気、それから、人々が取り交わす小さな感情などを映画に盛り込んだ人です。ロメールの映画を見ていると、僕もその空間で一緒に呼吸しているような感じがします」がそのままホン・サンス映画も射抜いてしまっていませんか?

ホン・サンス監督

★カンヌ国際映画祭ディレクターのティエリー・フレモーは「韓国のウディ・アレン」と評したそうですが、この意見に賛成?

A: 人生のハッピーエンドと悲劇が選択ひとつで転がっていくと示す『メリンダとメリンダ』みたいな映画がアレンにもあるのでちょっと比べたくなるのは判ります笑 あと、すごいペースで新作を放つところとか、タイトルバックがいつも変わらないとか――でもそれだけのことですよね。つい比べてしまうのが映画評論家の悪い癖で反省しないと『正しい日 間違った日』の上映会の司会者みたいに監督におもいっきり毒づかれてしまいそうですね・・・。

T:無類の女性好きを、インテリジェンスと自虐性の鎧で包んだウディ・アレン。
ホン・サンスは映画監督や文芸評論家と言ったインテリジェンスと言った武器と老いと言った弱みをセットで語りつつ、もっと自分の弱みに真っ向から向き合っている感じがするけれど。

M:僕はウッディ・アレンとは、ちょっとイメージ違いますね。初期ゴダールには、女心を描くオフビートな感覚の作品もあるので、少し似ている部分があるとは思います。ウッディ・アレン的ではなく、ホン・サンス的でよいのではないでしょうか。
唯一無二の存在感があると思います。

「それから」© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

★ホン・サンスは同じひとつの映画を撮り続けている――との評価もあり、監督自身も登場人物にしろその職業にしろ筋にしても新しさを求めるのは自分の性格に合わない、既に自分のよく知ってるものをとりあげ、そこにふと新しさを見出すことが自分の気質に合っていると述懐しています。繰り返しのように見える映画、そのスタイルに関してどうですか?

M:これはもう監督の特質の領域で、4本見て、すっかりその術中にはまっているので、良いのではないかと思います。。これはこれでスタイルとして成立していますし、作品的にも成功しているので(配収は知りませんが)、この範囲の中で進化していってくれればよいのではないでしょうか。実際今回の4本の中でも進化していると思います。

A: 男(ほとんどがあんまり売れていない映画監督だったりする)がいて女たちがいて、おいしい食事と酒とおしゃべり――と、相変わらずな展開、大事件も大仰なメッセージもないままに淡々と活写される人の営みのリアリティ、そんな実感の隙間に奇妙な反復とズレを置いて、突き放して見た現実を支配する素敵におかしな様式性を思い起こさせるような同じひとつの映画を撮り続けている、それは確かかもしれない。そこで実験の心を、研ぎ澄ませて、でも過剰な深刻さや生真面目さ、鈍重さへの道をすっぱりと退けて、軽やかさ、あるいはたらたらな脱力感とみまがうばかりの飄々、要は洗練と成熟を手繰り寄せている。
その独自のスタイルを今回の4本では生きることをめぐる清潔な覚悟がいっそう堅固に裏打ちしていて映画を強くしていると思います。

もうしばらく前になりますが監督の初期作品を集めた仏製DVD所収のインタビューでホン自身がセザンヌの風景画、その具象性と様式性の並立を自作のめざす所と述懐しているのを見て成程と思いましたが、自然を写し取っている風景画が離れてみると形式こそを浮上させる、自然の模写と不自然な様式の拮抗が生む力を、同じひとつの映画を撮る中で美しく研ぎ澄ませてきていますよね。

T:川野君や名古屋君の幅の広さとは違って、私が選曲するときにホン監督のような抜けられないテーマやコンセプトや「黄金の選曲(MIX)」が存在します。繰り返し繰り返し習作を続けているような感じですね。すごく自分の中での完成度が高まっているのだけれど、途中の一曲を違う選択をすることで、また違う展開に発展する発見もあります。ホン監督の4本を続けて見た時に重ね合わせたのは、自分のそんな体験です。
服や着こなしも私の場合、ホン監督的ですかね。笑

「夜の浜辺でひとり」© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

★シンプルだけれど率直で含蓄のある台詞、その向こうに浮かぶ人について、その生き方についてホン映画が語ること、あるいはそこに浮かぶホン自身に関してどのようなことを感じますか?

M:監督の韓国でのスキャンダルやその影響について、全く知識がないので、ノーコメントです。また監督の言葉も、資料から深くは理解できていないです。

T:どんなにダメダメでも、どんなに女々しくても、昨日の連続である今日を生きるということ。したたか飲んだ翌日に頭痛とともに感じる感覚に近いです。

A:「欠点だらけのダメな男女のグダグダ話」とも映るホン監督作だけれど「そういうところが本質ではない気がする」と『自由が丘で』プレス所収のインタビューで看破している加瀬さんの言葉をもう一度、引かせてもらいますね。
「主人公たちの多くは、メインストリームの世間的な価値観にうまくなじめず、どこかいつも孤独や違和感(不安)を感じている人のように」感じられる。「たくさんの嘘に傷ついたり戸惑ったり疲弊したりしてきた人たち」かもしれない。「ある時期に、ホン監督は世の中に嫌気がさし、またそんな中で塞いだり苛立ったりしている自分自身にもほんとうに嫌気がさし、本気で、考え、めざしはじめた」のかもしれない。「快く生きるということを」。あるいは信ずるに足る「等身大」のことを「映画を通し客観的に探究」し始めた。「自分の弱さ、愚かさ、世界からどこか置いていかれたような寂しさ、欲、嫌な部分」をも「受けとめ、正直に描き始めた」「自分をまるごと知ることから始めた気がするのです」――4作にある台詞はそのことを深く思わせますよね。

★おかしさと寂しさ、悲しさのバランスについては?

A: ものすごくおかしい。でも寂しく悲しい。月並みですがどれが欠けても世界が成立しない感じですね。ただ悲しさや寂しさがどんどん明度をあげてきているようにも感じます。
洗練というのはそのあたりのことかもしれないですね。

T:私は寂しさを寒さと一緒に一番感じたかな。

M:ここが絶妙にうまいのではないでしょうか。長回しの効果か、男性がどんどん惨めになっていったり、怒りが沸いてきたりしています。脚本が無い中、男女バランス含めて、どのような構成にするのか、監督の中では常に全てイメージされているのだと思います。

N:過激や下品の一歩手前で寸止めしてる感が絶妙です。

★グラマラスなスターやパパラッチのいない海辺のひなびた町としてのカンヌ――といったホン監督の場所の切り取り方については?

N:チャンスがあるならとりあえず撮っちゃう? その時々のインスピレーション? インタビューによれば、監督が映画を作り始めるのに必要なのは「脚本なしで、撮る場所と数人の俳優だけ。」とのこと。別にそれがベネチアでもベルリンでもよかったのかな?とも思ってしまいます。

A:カンヌは駅に近い、坂の上のムールのお店とかがあるあたりの小路の感じが映画祭の裏側としてありますね。あと、人に譲らない車とか寝そべっている灰色の大きな犬とか。そういうディテールの選び取り方も侮れない。場所ではありませんが雪もしばしば映画の感情の要として忘れ難いです。

M:自分はカンヌやベルリン映画祭に、セラー/バイヤーとして行った経験があるので、カンヌの部分は、とてつもなくリアリティがありました。打ち合わせをするカフェ、ラストのパッキングなど、一度経験した人には、にんまりとする場面が満載でした。

『クレアのカメラ</a>』『それから』『正しい日 間違えた日』『夜の浜辺でひとり』の4本は、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー中。
この機会に、是非ホン・サンス監督作品を集中的にご覧になってみては、如何でしょうか。